3節 ソノ理由。
「世槞は?」
「ん?」
「世槞が司る属性とシャドウの名前は? 答えたんだから、教えてくれよ」
「あー……」
本当は、自分でも本当に自身がシャドウ・コンダクターなのかわからない。道化師はそう断言していたし、自分の普通ではない身体能力がそれを暗示しているけど、実際に魔法みたいな技を使えないしシャドウも召喚出来ない状態では、胸を張ってシャドウ・コンダクターですとは名乗れない。だから。
「わからないわ」
としか言えなかった。
「姉さんは違うよ。無力な第三者だよ」
訂正するように紫遠が言い張ったのは、相模くんが去った後だ。私は紫遠と2人、枯れ木を見上げていた。
「別にどっちでもいいんだけどね……私は。ただ本当に力があるなら、使いたい……いえ、使うべきだと考えているのよ」
「姉さんはわかってないようだから教えてあげるけど、シャドウ・コンダクターの世界は生半可なものじゃない。戦死したり、自身が影人化することによる死亡もある」
「知ってるって」
「知ってるならっ……」
「でも紫遠は、その世界に身を置いてるんでしょ? 私が知らない間に」
「……まぁ、ね。たまたま覚醒したから……」
「なら、今後たまたま覚醒するであろう私もその世界に身を置きたい。世界を、崩壊させない為に」
「……はっ、幼稚な正義感だね。そのせいで君は、自分を犠牲にするという愚か極まりないことを仕出かしたんだよ、忘れたかい。そんな君が戦場に立つことを、僕が許可すると思ってんの?」
「んー……でも、私の命が危なくなったら、絶対に駆けつけてきてくれるでしょ? 紫遠は」
「は」
「それを期待して、危ないことでもなんでもしまくるの」
「ちょっと……」
「世界平和なんてどうでもいい我が弟くんは、私の命が懸かっている時は全力を出すシスコン野郎なのです。それを知ってしまったからには……利用をしない手はないよなぁ?」
「よくも手の内をペラペラと……」
紫遠はそれ以上なにか言う気を失ったらしく、手を団扇代わりにして暑そうに扇ぐ私に直径10センチほどの氷の塊を無言で差し出した。冷たい。……こんなの、どこに隠し持ってたのかしら。
「氷に空いた丸い穴、覗いてみて」
言われるまま、私は自身の両手の平の上に鎮座する氷のその穴を覗き込んだ。
「な……なぁあ?!」
穴の中は一面の銀世界であった。氷の内部なのだから当たり前なことを言うなと思われそうであるが、私が言う銀世界とは“街が雪に埋もれた様子”である。つまり小さな氷の塊に空いた穴の中には真冬の街並があり、更に冷たい風がこちらへ向けて流れていたのである。
「涼しいでしょ?」
「すっごい! どういう原理なの?!」
「去年、大晦日に大雪が降ったの覚えてる? そのとき雪に埋もれた月夜見市を切り取って氷の中に閉じ込めてある」
「よ、よくわからないけど……魔法だわ」
「氷は僕の下僕だから、ある程度のワガママは自由だ」
「すごいわぁ、すごいわぁ。私も頑張れば、こんな魔法が使えるようになるのかしらぁ」
「さぁ、どうだかね。姉さんは何をするにも落第点レベルだから」
「…………」
相変わらず一言多い紫遠を殴ることは保留し、私はもらった氷についてだけ礼を言った。
さてさて、昼休み時間も残り僅かです。私は朝霧先輩に言われた通り、咲かない桜についての物語をノートに書き記さねばならないのです。それにはまず、どこから書き始めるべきなのか。
「ねぇ、紫遠」
「なんだい」
「親にとって子供は、とても大切なもの?」
「なんだい突然」
「うん……私に親がいたのは、ほんの5歳までの頃だったから、よく覚えていないのよ」
「それは僕も同じさ。けど……大切なんじゃないかな。そう願いたい」
「そうよね。じゃあ、第1の催眠『散らない桜』についての物語は、こう」
常盤先生はあの時、私からの最後の質問には答えてくれなかった。
――常盤先生は、一体誰の記憶を持っているのか。
だから答えは勝手に予想するしかない。捏造の物語なんて、許してもらえるだろうか。わからないので、これは解釈の1つとして大目に見てもらおう。
20年前、常盤先生は偶然に地下学校で国松陽菜子と出会ったの。飢餓に苦しむ姿が可哀想で、こういう状態に陥った経緯もわからず、とりあえず食堂でランチセットを購入して持っていってあげた。でも最初は警戒され、食べてくれなかった。困った常盤先生は、やがて地下学校の様子がおかしいことに気がつく。辺り一面に飛び散った血、食い荒らされた後のような骨の散乱の仕方。――先生は悟った。
食堂のご飯を差し出すようになって数週間、陽菜子は怯えながらも食事に手を出した。やっと自分を信じてくれた、と先生は喜んだ。
先生は言った。
『君が望む食べ物は、本当はこっちなんだろう?』
己の顔を指差す先生を見て、陽菜子は頷いた。そこから契約はスタートした。
常盤先生は国松陽菜子を大切に守りたいだけではなく、共に生きた記憶さえも共有しようとした。――本当の父娘になる為に。だから、国松陽菜子が変貌してゆく過程を全て知っており、尚且つ桜木から戸無瀬に変わってもずっと勤めている人間の記憶を催眠術で自分に刷り込んだ。
――どうして『散らない桜』なのか。
これには最大の謎がある。オカルト研究部の部誌から読み解くに、人々の目に桜が散らないと認識され始めたのが戸無瀬開校とほぼ同時期である。これは40年前。しかし常盤先生が催眠術を利用した生け贄制度を確立させたのが20年前。つまり、第1の催眠『散らない桜』は常盤先生が現れる更に20年前から使用されていた計算になる。常盤先生はそれにヒントを得て、第2の催眠を作り上げたに過ぎないだろう。つまり、二番煎じ。
ならば第1の催眠は一体誰が、と犯人探しをしたくなるところだけど、おそらく、もう死んでいる。その犯人こそが、常盤先生が自分に刷り込んだ記憶の持ち主だと私は考えているから。犯人は記憶をコピーされた時点で用済みとして殺されていると思う。だから犯人の身元は不明だけど、でもこれだけはわかる。
その犯人にとって、国松陽菜子こそが散らない桜……絶対に散らせたくない桜だった。
私はそう解釈している。その思いは記憶のコピーと同時に常盤先生へと受け継がれ、おぞましい生け贄制度が開始された。
「そして」
私は桜の木を見上げ、メインとなる物語を綴る。
――桜は何故、咲かないのか。
第一桜木高等学校の名の由来とまでなった桜の大木は、まさに桜木の象徴であり、しかし桜木封印と同時に咲かなくなった。……とするなら、咲かなくなった理由は1つだろう。
桜の木は、第一桜木高等学校と命運を共にした。つまり、桜が咲くことは、もう二度と無い。
ここまで書いて、私は興奮の為かペン先が震えていることに気がついた。今回の事件を記者の如く追い、自分なりに解釈する。そして導き出された答えに身震いを覚えたのだ。所詮は解釈の1つに過ぎないけれど、私は自分の考えに奇妙な自信を持っていた。
だって……私、事件には記者よりも深く関わっていたし。
「なるほどねぇ、君はなかなか複雑に考えるね」
いつの間にかノートを覗き込んでいた紫遠は、鼻で笑いながら私を褒めた。……馬鹿にされている。
「じゃあ紫遠の解釈は? 国松陽菜子はどうして食人型になったのか、常盤先生はどうしてこんな残虐なことを仕出かしたのか、桜はどうして咲かないのか、その他いろいろ!」
当事者が全て死んでしまい、想像するしか手段の無いこの謎の答えを、紫遠はさして悩むことなく、この真夏の陽の下――涼しげな表情で言い表した。
「天秤が傾いているから。――以上」
は?
心の声が聞こえたのか、紫遠は小学生相手に話す時のように噛み砕いて説明をする。
「今、世界のバランスを保つ天秤が傾いているんだよ。そりゃ桜の1つくらい咲かなくなるだろうし、意味のわからない犯罪を繰り返す狂人だって、現れるさ」
そういえば紫遠は、これと同じことを以前にも私に教えてくれたことがある。しかし2回言われたところで、あっさりと納得なんて出来ない。だって、私が一生懸命に考えたこの日々は何だって言うの?!
「あのさぁ、姉さん。天秤が傾いている今、この世界では、いつ、どこで、何が起ころうが決して不思議ではないんだよ。だから、桜が咲かない程度の不思議でいちいち無駄な時間を過ごしてられないよ」
達観したその言い方が腹立たしく、でも確かにその通りだと納得している自分もいた。
「んー、じゃあ、記録は修正しようかな。簡潔に、簡潔に……」
私はそれまでに書いていた走り書きの文字列の上から大きな×記しを書き、次の真っ白なページの真ん中に大きく、こう書いた。
戸無瀬高等学校七不思議。
1番目、桜が咲かない。
2番目以降については、現在調査中。
「それでいいんじゃない?」
紫遠は笑いながらOKサインを出した。
「奇妙な物語を綴るのは、やつに任せておけばいいさ」
紫遠は桜の巨木を見上げ、「でも」と惜しいそうに呟く。
「僕も一度、見てみたかったな。満開の桜を」
そうか。私は催眠術のせいで入学してから嫌というほど見てきたけれど、催眠にかかっていない紫遠の目にはずっと枯れ木しか映っていなかったのだ。満開の桜は素晴らしかったよ、と教えてあげたい。けど、所詮は催眠術の産物。偽物なんだ。
私は紫遠に同意した。
「私も見たかった」




