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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 16節  オ父サン。

「なに? なんなの? 常盤先生は何を言ってるの……?!」

 女郎花さんが再び怯え始める。それは繋いだ手から伝わる。

 私は走りながら背後を振り返った。追いついてきてはいない。ヤツは何者だ。私は必死に考える。

 1、影人。

 2、シャドウ・コンダクター。

 3、生け贄制度の真のボス。

 4、狂った。

「3だろ」

 私たちと併走しながら、道化師が言う。

「お前……さっき隠れたな」

「言わずもがな」

「どうして?」

「この事態の収束に俺は手を貸さねぇ。俺がやるべきことは、後始末だけだからな」

「……わかった。でも、生け贄制度の真のボスって……どういうこと?」

「そりゃ本人に聞け」

 道化師は再びいなくなる。校舎の正面玄関まで辿り着いた私たちは、共に後退った。

「かっ、怪物がっ……」

 女郎花さんが私の手を強く握る。痛い。

 正面玄関には、待ち構えていたかのように食人型がずらりと並んでいたのだ。周辺には、他の場所以上に骨が散らばっている。どうやらこいつらは、外へ出ようと近づいてきた生徒たちを、まるで蜘蛛の巣の如く捕食していたようだ。……なかなか頭が回る。

 私1人の力では正面玄関を突破出来ない。背後からは常盤先生が迫っている。ならば。

 私は歯を食いしばり、苦肉の策を吐き出した。

「女郎花さん! こっち!」

 私は誰もいない廊下を選び、走った。そしてとある部屋へ入り、無駄だとわかってはいてもしっかりと施錠した。

「どうして保健室なんかにっ……?」

 女郎花さんが問う。

「……生け贄はね、どうやらここから放り込まれるらしいの」

 開け放たれた、地下学校への扉。呪われた第一桜木高等学校。怖い場所ではあるが、今となっては安全性が一番高い、と思う。皮肉な話であるが。

「怪物たちは、飢餓で苦しんでいた地下学校から人間を求めて外へ這い出したから、ここへ戻ってる怪物はいないと思うんだ。いたとしても、私1人で倒せる数だと思う」

「倒す?! あの怪物を?!」

 そんなの不可能よ、と首を振る女郎花さんに私は微笑む。

「私、常人よりはちょびっとだけ強いらしい」

 さぁ、入ってと促した時、裏庭が望める保健室の窓に、叩きつけるような音と共にぴったりと貼りつく人間の顔が見えた。……常盤先生だ。私は焦り、地下学校へ入ることを渋る女郎花さんの頭を押さえ込み、無理やりに突き落とした。

「そもそもの疑問なんだが……梨椎、お前、どうして生きてるんだ? 俺の可愛い娘の餌になったんじゃないのか?」

「…………」

 常盤先生が、窓から器用に身体をくねらせて侵入させる。私は地下学校への扉を閉じた。下から女郎花さんが私を呼ぶ声がする。必死に呼んでくれている。……嬉しかった。

「梨椎こそ餌に相応しいと思ったんだよ、私は。本当に餌になったのは予想外だったけど。ん……でもなんか違うな。うん、違う。今の梨椎は、生け贄になる前の梨椎とは違う」

 こいつはまず、第三者だと判断して良いのだろうか。影人なら私の本能がこいつを生かしておかない。生かしているということは、こいつ自体の存在は世界に対して害が無いということになる。第三者なら私は勝てる。でももし、シャドウ・コンダクターだったなら……。

 世界を救うことを使命としたシャドウ・コンダクターも、その使命に背く者がいることを道化師から聞いた。こいつが、それとは全く関係が無いことを願う。

「梨椎の中で何かが変わったのかな? 生け贄になる前のお前は、私の好みだったよ。戸無瀬こ制度に脅え、操られた人々に脅え、それでも改変を望み、弱いながらも強く逞しく生きていた。私のことをね、脅えながらも信じようとしてくれた梨椎の表情……まるで桜のように美しかった」

「…………」

「梨椎、答えてくれ。お前は今、何故そのような表情をしている? 私が好んだ表情ではない。餌に相応しい表情ではない。桜のように美しくない。その、私を敵と判断し、どうしてくれようかと目論む、底知れない悪意のある表情は」

「……常盤先生」

「ん? 答えてくれるのか」

「答えます。でもその前に、私の質問に答えてください。先生に聞きたいことが、きっと、たくさんあるので」

「構わないよ。私の質問に答えてくれるのならね」

 私は深く呼吸をした。深く、深く、これ以上深く呼吸出来なくなるまで。

「――桜は、どうして咲かないんですか?」

 常盤先生は眉を少し上げ、反対に肩をがっくりと落とした。

「いつの間に第1の催眠まで解けていたんだ」

「常盤先生」

「いや、すまない。それは私にもわからないんだ。約40年前、桜木を封印することとなった年の春を最後に咲かなくなったことは覚えている。なにぶん、その頃私は忙しくてね。桜木に閉じ込められてしまった陽菜子を生かす為、生け贄制度の継続に加えて大きく修正を加えたり、催眠術というものを覚えたり、月夜見市内の警察署やありとあらゆる情報機関の要人に覚えたての催眠をかけたりね。毎日が必死の連続だった」

「……陽菜子? 食人型発生の原因となった影人?」

「影人? なにを言ってるのかは知らないけど、陽菜子は国松陽菜子だ。私が第一桜木高等学校に新任教師として赴任してきた時に見つけた、美しい桜の花。第一桜木高等学校は、その桜の美しさに感銘を受けた当時の創立者が付けた名前らしいが、私にとっての桜は陽菜子だったな」

「……人を喰らう人間を、よく美しいと感じましたね」

「ずばり表情だよ。そう、陽菜子は私に脅えながらも、生け贄を必ず捧げるという確証の無い約束を信じてくれた。その表情を守りたくてね、20年間ずっと頑張ってきたんだけど……何がどうしてこうなったやら」

「……なんだ。ただの狂人の戯れ言か。狂人の掌上で踊らされ続けていた戸無瀬と生け贄たちが本当に可哀想。仇を取らなくちゃ」

「ん? 何か言ったかね?」

「いえ、なんにも。それより常盤先生、国松陽菜子を探し出して、これからどうするんですか? まさか、他の学校へ移ってまた同じことを繰り返すつもりですか」

「あ、それ良いねぇ。アイデアの提供ありがとう。とりあえず新たな餌場が見つかるまでは、適当に人間を捕食させるよ。でもその前に梨椎を食べさせる。陽菜子が喜ぶ顔が目に浮かぶなぁ」

 常盤先生は笑顔だった。いい笑顔。父親が子供に見せる時の、優しくて温かい笑顔。

「そうですか……相当狂ってんな、お前。影人にならなかったことが不思議なくらい」

「こら、梨椎。小声でブツブツと言うのは今後禁止だぞ。せっかくの悲鳴や命乞いの言葉が聞き取れなかったら先生、一生後悔するから。ほらほら、下にいる女郎花のように、友の名を呼んで泣き叫んでみなさい」

「先生は叫ばないの?」

「? 何を?」

「命乞いの言葉」

 もう我慢の限界だった。聞きたいことはまだあったけど、全ての質問に対する答えにたまらなく虫酸が走ったから、もう聞きたくなくなった。私は薬品棚に並んでいる瓶を無造作に掴み、投げつける為に構えた。

 でも、そんな行動は意味が無かったのです。

 しっかりと閉めたはずの地下学校への床扉。内側からの開閉は不可能なその扉が勢いよく開き、留め具が外れて吹っ飛び、天井にぶち当たって変形したまま落下。開いた空間から姿を現した私そっくりな男の子は、片手に握っていたあるモノを「プレゼント」と称し、常盤先生の腹へ向けて投げつけた。

「ヒッ、ヒなっ……っっ………こォォォォおお!!」

 投げられたものを受け止めきれず、常盤先生はプレゼントと共に保健室の扉を破って廊下へ転げ出た。私は瓶を握ったまま呆然と成り行きを見守ることか出来なかったけど、私そっくりな男の子――梨椎紫遠の呼び掛けにより、我に返る。

「紫遠……あんた、性悪」

「それ朝霧って人にも言われた。自分でもそう思う」

「! 朝霧先輩、生きてるの?!」

「やつは死なないよ」

「良かった……。つーかお前、なんでここにいんの」

「姉さんを助けに来た」

「聞かずともわかっていたけど、1パーセントでも違う可能性に賭けて聞いてみたけど、やっぱりそうだったか」

「その1パーセントっていう、あるか無いかわからない確率の予想って何さ」

「紫遠が、私じゃなくて戸無瀬の皆を助けに来た……っていう確率」

「ああ、じゃあ0パーセントに修正しといてくれるかな。というか統計的に考えたら、その1パーセントの確率に賭けるっていうのは如何なものかな。さすがの僕でも99パーセントの方になんの迷いもなく賭ける。つまり1パーセントに望みに託したさっきの質問は全くの無駄」

「うるせぇ」

 どういった経緯で食人型の始祖が始末され、今、常盤先生の腹にめり込んでいるのかは知らないけど、私は今とにかく、やるべきことを紫遠に告げた。

「紫遠。私を助けたいなら協力して。食人型を全て始末するの!」

 紫遠はそう言われることをわかっていたかのように、地下学校から女郎花さんを引き上げた。

「朝霧蒼夜が姉さんにさせようとしていたことは、これか……。あいつ、姉さんの幼稚な正義感を見抜いてやがった」

 保健室へ戻った女郎花さんは、廊下で人間の生首を抱きながら頭を垂れている常盤先生を見て、小さな悲鳴をあげる。

「どうなっているの……」

「口ほどにもない“お父さん”が黒幕だっただけさ」

 紫遠はヤレヤレと肩を上下させながら、視線を落とす。――自分の影を見下ろしていた。何をするのか察した私は、素早く「待った」をかけた。

「なんだい?」

「常盤先生、死んだ?」

「いいや、僕は本気で投げていないから。まぁ身体は動かせないだろう」

「じゃあ頭と口は動くんだな? 死んでもらう前に、やっぱりちょっと聞きたいことがあるんだ」

「早くしてね。帰りたいから」

 いつも一言多い紫遠から離れ、私は廊下の壁にめり込むように倒れている常盤先生の元へ走り寄った。先生は、おそらく国松陽菜子であろう頭に、必死に話しかけている。

「常盤先生」

 呼び掛けても、常盤先生は気づいているのかいないのか、ずっと生首へ話しかけ続けている。私は構わず質問をした。

「常盤先生、言ってましたよね。桜木を閉校したのは40年前だって。でも先生が生け贄制度に対して尽力を尽くしたのは20年間。桜木閉校から戸無瀬開校まで、単純に20年間の空白があることになります。先生の年齢から考えると、桜木の教師をしていた時代があるわけありません。だってその頃、先生は10にも満たない子供だったでしょう? 私が予想したのは――桜木が閉校した直後に戸無瀬が建てられたが、生け贄制度は引き継がれなかったということ。20年後、戸無瀬の教師になった常盤先生は何らかの理由で飢餓に喘ぎながらも死ねずにいた国松陽菜子に出会い、特別な感情を抱いてしまう。そして催眠術を用いて生け贄制度を再開させた」

 常盤先生の体勢は先ほどと変わらない。

「常盤先生……お前さ、一体誰の記憶を持ってんの?」

 およそ決定打と思われる質問にも、常盤先生は先ほどと変わらない体勢を貫いたままだ。私は溜め息を吐いた。

「……壊れんの早すぎ。今まで散々死ぬ必要の無い第三者を生け贄にしてきた野郎が、たかが義娘の生首を見た程度でよ」

 私は先生の右肩を掴み、最後に悔いが残らないように伝えた。

「そういえば私、常盤先生の質問に答えてなかったですね。覚えてます? 私の表情が何故、生け贄決定前と後で変わったか、の質問の答え。――変わったんじゃなくて、元に戻っただけなんです」

 残念でした、とも付け加え、私は肩を握った手に力を込め、左側の廊下へ先生の身体を滑らせた。ぐちゃ、という音がすぐさま耳に届く。理由は見なくてもわかっていた。だって、私は左方向から食人型が迫っていることを知っていたから。まぁ幸せな最期なんじゃないかな。国松陽菜子の後を追えて。

「姉さんも十分、性悪だよ」

 一部始終を見ていた紫遠が、女郎花さんの両目を手で隠しながら感想を述べた。

「自分でもそう思う」

 私は両手をパン、パン、と払って立ち上がり、下半身だけになっている常盤先生に群がる食人型たちを見渡した。さて、どうやって始末をしようかなと考えた時、視界を黒くて大きな人間が遮った。

 あ、紫遠のシャドウだ。

 このとき私は眼前に現れた死神に対し、もう驚くことなく納得したように頷いていた。

「氷閹、命令だよ。戸無瀬に潜む食人型を全て始末しろ」

“承知した”

 夕方には私を護る為の嘘だった命令は、夜には私を護る為の真実の命令となっていた。

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