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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 15節 誰カイマセンカ?

「誰かいませんかー? 助かりたかったら、返事くらいしてよ! 私は人の肉なんて食べないからー!」

 必死の呼び掛けもむなしく、自分に返ってくるだけ。

 食人型の解放時間が夕方だったから、すでに帰宅している生徒も多いと前向きに考える。でも、せっかく力があるっぽいのに生かせないまま終わるのは、深い後悔が残りそうだ。

「でもさ、たとえ食人型を全て始末出来たとしても、この学校はどうなるの? もう生け贄制度がどうとか催眠がどうとか、もはやそんな問題は些細なことだ。――多くの人間が食べられてしまった。この事実。これをどうやって世間は理解する? まず戸無瀬からは転校生が続出するだろう。バケモノが潜む月夜見からは人がいなくなってしまうかもしれない。そうすると混乱は月夜見だけにとどまらなくなる。そんな事態を私は予測していなかったわけじゃない。予測していても、どうしたらいいかわからない。影人って存在は、世界を混乱に陥れてしまう危険因子だ……」

 譫言にようにブツブツと言っていると、道化師が手にはめているボリューミーな手袋で私の頬を平手打ちした。

「痛っ……くない! なんだよ突然」

「いやぁ、テメェ結構可愛いところあるなって」

「ああ?」

「そんな真剣に考えるな。真剣に不安になるな。どんな影人が現れ、どんな被害が発生しようが問題無い。その為に俺たち組織はある」

「……さっきからちょくちょく話に出てくるけど、組織って」

「シャドウ・システムのことを通称としてそう呼んでいる。シャドウ・システムとは世界中のシャドウ・コンダクターが集まる総本部であり、この表世界を裏から管理している」

「なにその陰謀説みたいなやつ……」

「よく考えてみろよ、ん? 第三者から見れば、影人のヒューマン型は普通の人間だ。そいつをテメェが殺すと、世間ではテメェは殺人犯になる。テメェにしちゃ世界の為に影人を殺してんのによ、酷いってことになるだろォ? そういう時、俺たちが世間の記憶・情報・思考を操作し、そのヒューマン型が突然消失するについて都合良く且つ自然な理由を作り上げる」

「どんな理由?」

「そうだなァ、例えば、そんなやつは最初から存在していなかった、又は交通事故で死んだ等、架空の情報を第三者共に刷り込む」

「……そういうの、お前がやってるのを何度か見たことがある」

「知ってんじゃねーか」

「じゃあ安心していいんだな? この事件が収束したら、戸無瀬も月夜見も元通りになる。最初から事件なんて何も起きていない。私が望むなら、生け贄制度そのものが最初から無かったかのように操作可能。催眠にかけられた生徒や教師たちも本来の性格に戻る。死んだ人間は戻らないけど、それに対して不振を抱かせない処置が施されると」

 道化師は頷いた。大きく、自信たっぷりに、当たり前のように。

「それが組織の常套手段――“後始末”だ」

 この世界はどうやら、シャドウ・コンダクターが“影人狩り”をしやすい世の中に作られているらしい。

「いや! 私を食べないで!」

 半ば諦め気味に生存者を探していた時のこと。開こうとした美術教室の扉が硬く、無理やりにこじ開けた結果、内側から扉が開かないように細工がしてあることが判明した。そしてこの悲鳴である。

「怪物! 怪物!」

 悲鳴をあげ、必死に私を罵る少女は間違いない。

「紅っ……女郎花さん!」

 名前を呼ぶと、女郎花紅羽は隠していた顔をあげた。私はゾッとした。おそらく極限の恐怖が彼女の顔をここまで歪めたのだろう。目はぎょろりと見開かれ、その周囲は浅黒い。頬はげっそりと痩せ、青白い顔でガタガタと震えていた。

「……梨椎、さん?? 生け贄になったはずじゃあ……」

 私は言葉に詰まったが、すぐに女郎花さんの元へ駆け寄った。

「女郎花さんっ、良かった。生きてたんだな!」

「……友達が……食べられている隙に……逃げたわ。私……最低、ね」

「……。そんなことない。私は嬉しいよ? 女郎花さんが生きてくれていて」

 私は女郎花さんの身体をそっと抱きしめて、「大丈夫」と何度も繰り返して背中を叩いた。

「その人……誰」

 女郎花さんが私の背後に立つ道化師を指差す。なんて説明したら良いかわからない。

「えーと……その。今、この学校にいる怪物たちをやっつけに来てくれた、スーパーヒーローだよ」

 プッと盛大に吹き出す笑い声が聞こえた。私が道化師を睨みつけると、道化師は「ハイハイ」と言って顔を背けて笑い続けた。

「ったく……。女郎花さん、貴女が今、教室にしていた仕掛けのお陰で怪物は入って来れなかったの?」

「わからない。怪物は、教室の前を素通りするだけだったから」

 私は道化師に目配せをする。

(ただ運が良かっただけだろ)

 道化師の声が脳に直接響く。

――じゃあ、この場所に置いて行くのはまずい?

(テメェが開いた扉を、食人型が開けねぇと思うか?)

――連れて行く。

(足手まといになるぞ)

――外へ連れて行く。

 私はシャドウ・コンダクターの特性を生かし、頭の中だけで道化師と会話をした。

「女郎花さん。ここは危険だから、安全な戸無瀬の外へ出よう」

「出れないよ。氷が……」

「大丈夫。私が破壊して入り口をつくったから」

「?」

 私は女郎花さんの手を握り、教室を出る。出たところで声を掛けられた。

「女郎花……それに生け贄になった梨椎じゃないか! お前たち、よく無事だったな!」

 常盤先生だった。かなり息を切らせており、必死に逃げていたんだな、と容易に想像が出来た。

 私は不思議に思い、周囲を見渡した。――道化師の姿が消えていた。

「常盤先生も無事で何よりです」

「ああ……一時はどうなるかと思ったが、なんとか逃げ切って今に至るよ」

「生存者は」

 常盤先生は首を振った。私は目を伏せた。

「常盤先生、戸無瀬の外へ逃げましょう。中は危険すぎます」

「なに? 出られるのか!」

「はい」

「そうか……しかし私は今、ある生徒を探していてね。その子と一緒に避難しないといけないんだ」

「でも先生、今、生存者はいないって」

「その子の死体はまだ見てない。だから、生きているという希望を持っているよ」

「そうですか……無事だといいですね」

 私は常盤先生の意思を尊重する為、無理強いはせずに女郎花さんだけを連れて歩き出した。

「待ってくれ。君たちも一緒に探してはくれないか」

「探してあげたいのは山々ですが、まず女郎花さんを脱出させないと」

「けどもう時間が無いんだよ。早くしないと手遅れに」

「ごめんなさい、先生。私は今、可能性のある希望よりも、目の前の確かな希望を助ける方を優先したいんです」

「梨椎。私はこれまでお前の味方だっただろう? オカルト研究部の顧問とし、また正気を保った者として、七不思議や生け贄制度についてお前たちに助言してきた。木乃芽が臨時の生け贄となる原因があったあの日、私がお前を助けていなければどうなっていたと思う? お前までも臨時の生け贄になっていたんだぞ」

「その節はありがとうございました。お陰様で目的を持って生け贄となることが出来ました」

「今まで助力してやってたんだ。なのに手の平返しなんて酷すぎるんじゃないか? 頼む、助けてくれ」

「本当にごめんなさい。探すのはせめて女郎花さんを避難させてから……」

「探してくれるんだね?! ありがとう。うん、私が探している生徒の特徴なんだがね、君たちは見たことないだろうか」

「見ていません。私は生きている生徒を見ていない」

「とにかくね、可愛いんだ。私に従順で、絶対に約束を破らない。娘みたいなものかなぁ? 年齢は梨椎と同じくらい。髪は長くて黒い。でも最大の特徴はやっぱりこれかな――人を食べること」

 私は走った。女郎花さんを連れて。

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