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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 14節 絶望的。

 彼女は語る。

「い、今から思えば、生け贄に決定されたあの日から……私はこうなる運命だったのかもしれない」

 彼女は語る。私の手に掴まれた鋭利な刃物を喉元に突きつけられながら。

「と、とにかく私は死にたくなかった。しょ、正気を保っていたからこそ、そ、その想いは強く強く私を突き動かしていたんだと思う……」

「それで? 敵に寝返ってまで生きて、清花は満足なの?」

 私は睨んだ。清花を。潮田清花を。影人の食人型を。

「み、認めてくれなんてことは言わないわ。じ、自分が自分でない存在になったとしても、わ、私は決して人間の肉に手は出さなかった。ひたすら桜木から出られる日を待ち、耐え忍んだ。その日が今日、訪れたの! それくらい許されるでしょう? わっ、わけのわからない戸無瀬の制度の犠牲となり、恐ろしい怪物を目の前にして自分も同じ怪物になって。でも、でも罪は決して犯さなかった!」

「残念だけど」

 私は言う。つい数時間前に知った事実を、あたかも昔から当然の如く知っている風を装って。

「影人となって世界を傾かせているのは――大罪だよ」

 振るった刃は、左右から仕掛けられた攻撃に遮られる。

「くっ……」

 どちらも口から涎を滴らせた、気持ちの悪い様相をしたやつらだ。私が怯んだ隙に逃げ出した清花は賢いと思う。食人型の中にも、様々なタイプがいるみたい。

「つまり食人型の中でもお前らは、馬鹿のタイプ!」

 食人型を倒した私の耳元で、道化師が囁く。

「おいオイ、さっきから何回も言ってるけどよ、てめぇシャドウ・コンダクターなんだからシャドウを使役して戦えって。そしたらお前、楽できるんだぜ? ほらほら、何の匂いをさせてんのか知らねぇが、妙にお前んとこに食人型が集まってきてると思わねぇ? このまま自分の身体だけで攻略していくのは大変だと思うぜ、世槞ちゃん」

「無理」

「あアん?」

「自分の影を具現化させるとか、影が意思を持つとか名前を持つとか命令するとか属性攻撃を繰り出すとか……色々と無理」

「無理なもんか。テメェの弟はやってるだろうが」

「紫遠はっ……紫遠は、昔から優秀だから。劣っている私と違って、紫遠はなんでも完璧にこなす。適いっこないし、適おうとも思わないし、真似なんて到底無理」

 それは半分愚痴、半分泣き言だ。道化師は盛大に溜め息を吐く。どうせ私のこと呆れてるんだろう。でも出た言葉は、違うものだった。

「紫遠が報われねぇ」

「?」

「あいつがなんで強いか、なんで全てを完璧にこなすか。今のテメェにはわかんねぇんだろうなぁ。ああ、報われねぇ」

 私は片方の頬を膨らませ、道化師を無視して生存者を探す道に戻ることにした。

 さて、これまでの私の成果。

 始末した食人型の数 10体。

 逃がした食人型の数 6体。

 見つけた死者の数  57人。

 助けた生存者の数  0人。

 まさに絶望的。私、何をしに来たんだろ。朝霧先輩も生きてるのかわからない。クソぅ、こんな後ろ向きな気持ちじゃ駄目だ。誰も助けられなくても、せめて月夜見市へ被害が広がらないよう、尽力しよう。あ。私が氷を壊さなければその心配も無かったはず、なんて言わないでよ。こうすれば良かった、ああすれば良かった、なんてのは結果を知っている人間が言うことなんだからね。

 私はまだ、何も知らない。

「ふう……寒いな」

 氷に囲まれた戸無瀬高等学校は夏という季節から隔絶され、氷点下に近い空気を漂わせている。そのせいなのかはわからないけど、戸無瀬内に生息していた虫は死滅し、地面には仰向けの死骸だらけ。人間の生命すら危うくなっている。

 これがシャドウ・コンダクターの属性技……。道化師曰わく、紫遠は氷を司っている。司る属性は先天的であり、これまでに長きに渡って受け継がれているものらしい。つまり、今は紫遠が氷の使い手だけれど、紫遠が生まれる前には先代の氷の使い手が存在していたということになる。同じ時代に同じ属性を司ったシャドウ・コンダクターは1人しか存在しない、というのも不思議なサイクル故だ。

 シャドウ・コンダクターの特性は大きく3つ。

 1つは、属性を司る。

 2つは、自分の影を具現化させること。影は影で別の意思がある。それをシャドウと言い、計り知れない力を保有する。

 3つは、強靱な肉体と身体能力。基本的にシャドウ・コンダクターは、シャドウと呼ばれる下僕を使役して影人と戦うらしいが、コンダクター自身が肉弾戦にも応じれるよう、身体能力のリミッターを解除した動きが可能となっている。また自然治癒力にも長け、擦り傷程度なら数秒後には回復する。

 ……らしいけどさ、確かに私の身体能力は凄い。証明された。数時間前に食い千切られた私の左肩は、白くふっくらとした肉が再生されている。ということは、道化師から受けた紫遠のダメージも今頃ならかなり回復しているはずだ。ああ良かった。でも、自分の影を操るなんて芸当、私には出来ません!

 試しに廊下にしゃがみ込み、影に耳を近づけてみても反応無し。ただの黒い影よ。

「もしもーし。私のシャドウさーん? 聞こえますかー?」

 呼び掛けをしてみつも、やはり反応は無し。

「……おい、ちょっと恥ずかしいだろ!」

 うずくまって自分の影へ向けて一生懸命に呼び掛けている自分の姿を想像したら、あまりに滑稽だった。恥ずかしさを紛らわそうと振るった右手の拳は、道化師にヒットすることなく虚しく空を切る。

「ちなみに、影は名前を呼ばれない限り絶対に召喚されないぜ」

 影の名前なんて、知るはずがない。ついこの間まで私は、世界の真実を知らない第三者だったんだから。私は自分の影に頼ることを諦めることにした。

「誰かいませんかー?」

 校舎内は電気系統が壊れているのか薄暗く、ガランとしている。食人型解放から5時間も経つと、さすがに第三者は食い尽くされてしまったのか、動いているものといえば食人型くらいだ。

「テメェさぁ、自分だけの頼もしい下僕が欲しいとか思わねぇわけ? シャドウを召喚できたら、食人型なんざァ一網打尽だぜ」

「名前を知らないんだから召喚しようがないだろ。そりゃあ確かに……氷閹だっけ? 紫遠のシャドウみたいなの出せたら、戦いも楽にはなるけど……」

「名前は知ってるはずだぜ。ただ思い出せねぇだけだろ」

 私は自分の影を半ば睨むように見下ろし、隣りを歩く道化師の足元へと視線を滑らせた。そして驚愕した。

「おっ、おい道化師! 道化師!」

 私は甲高く悲鳴に似た声で道化師を呼んだ。まさしく、道端で突然倒れた人に呼び掛けるような。

「はぁ……? なんだようるせぇな」

「影!」

「ああ?」

「影! お前に影がっ……無い!」

 道化師の足元には、本来この世に存在するあらゆるものに在るはずの黒い影が無くなっていた。道化師は「ああ」と思い出したように説明をする。

「ヒトから影が無くなる時、理由は2つ存在する。1、影人になった時。2、シャドウを召喚している時」

 私は後退った。まさか、と思ったのだ。道化師はそんな私の姿を見てケラケラと笑った。

「バーカ。俺は影人じゃねーよ。影人だったら、テメェ今頃俺を殺しにかかってんぞ」

「……じゃあ、2番目の……理由?」

「ったりめぇだろ!」

「つまり、道化師は今シャドウを召喚中。シャドウはどこ?」

「んぁ。あいつには別の用事を言いつけてある。ちなみテメェや戸無瀬とは全く関係のないことに」

「……あっそ。道化師ってシャドウ・コンダクターだったんだ」

「今更何言ってんだテメェ。俺ぁ何回も何回も」

「司ってる属性は?」

「教えてやんねぇ」

「…………」

 私は釈然としないまま、暗い校舎内を見渡す。校庭では、月を背にした桜の枯れ木が異様な威圧感を醸し出している。

「桜……どうして、咲かないんだろう」

 答えられる者はいない。

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