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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 13節 偶然ニ、偶然ニ、偶然ニ。

「そうだ。まだ、聞いていないことが残っていた」

「バーカ! もう答えてやんねーよ! お前の意思は数秒後には私の腹の中なんだよ!」

 朝霧くんは質問を続ける。私を見ず、桜の幹を見上げながら。


「桜が咲かなくなったのは、いつから?」


 その問いに答えるつもりはなかった。でも私のそんな意思よりも早くに、私の生命は絶たれていた。

 防空壕の土の天井が崩れる音と、頭にのしかかる衝撃。だらだらと自分の中から流れてゆく命。

「おやおや」

 呆れたような、嘲笑っているような、それでいて素っ気ない声が降る。朝霧くんの声じゃない。変声期前の男の子のような中性的な声。私はこの声を、数時間前に聞いたことがある。

「これは偶然? それとも必然? 誰か答えてくれないかい。まさか、たまたま僕が踏み抜いた床の下に、第一桜木高等学校時代から続く呪いの全ての元凶である食人型の始祖がいて、たまたま僕の左足の下で唸っている。あ、たまたま僕の左足が始祖の頭と胴体を繋ぐ首をぶっつりと踏み潰したことも追加しておこうか」

 無理。起き上がれない。頭と胴体を繋ぐ首が潰れてるから、当然か。

「ねぇ、そこの君。ああ、君だよ君。最近流行りのヘアスタイルを恥ずかしげもなく取り入れ、流行の先頭を歩いている気になっている君。後ろで笑われていることにも気付かずにね」

 なんなの、この人。本当になんなの。いきなり現れて、いきなり私を踏み潰して、いきなり無礼な発言をして。なんなの。

「ねぇ、実は僕、こう見えて時間が無いんだ。焦っているんだ。焦っているから、誰にも気を使う余裕が無い。ああ、元から使ってないだろとは予想する必要はないよ。予想するまでもなく、事実だから」

「…………」

 朝霧くんは首の骨をポキポキと鳴らし、そいつの言葉を待つ。

「君、知らないかな?」

「何を」

「とある女の子が、今、どこにいるか」

「とある女の子? その表現は、漠然としている以前の問題なんだけど」

「僕が探している人のこと、まず知ってるかな。知ってるよね。わかるよね。名前を言う必要もないよね。だって」

 そいつは自分の顔をビシッと指差し、誇らしげに、自慢げに、そして悲しげに言った。

「こんな顔をしているから」

 朝霧くんはほくそ笑む。

「俺が知っている女の子は、そんな性悪な顔をしていない」

「失礼しちゃうなぁ」

 君から電話があったようだ、とそいつは続ける。

「僕が着目した点は、君がなんの目的があって姉さんに電話をしたか、だよ。電話の内容は聞いてないから推測するしかないのだけど、おそらく君は、オカルト研究部の先輩として、オカルト研究部員らしい言動を伝えたはずだ。それらが姉さんに、どういった行動を起こさせるか、緻密に計算をして」

 朝霧くんは黙る。無表情だ。いや、少し微笑みを浮かべている。

「姉さんに何をさせようとしているんだい。答えてくれない? 答えておくれよ。だんまりかい。卑怯なもんだねぇ、まったく。まぁそれでもいいさ。ただし一つ、忠告をしておこう」

 そいつは涼しげに微笑み、涼しげに忠告する。

「今度同じような真似をしてみなよ? 殺すぞ」

 涼しげな表情で涼しげにされた忠告は涼しいなんてことはなく、氷の刃に刺し殺されたような痛みと寒さがあった。

 朝霧くんは沈黙を貫く。当然よね。あんなやつの姉――クソ女の居場所なんて、朝霧くんが知るわけないし。

「はぁ」

 やがてそいつは溜め息を吐く。

「とりあえず桜木にいないことは判明した。しかし今回は僕自身に反省点が多いことを自覚したよ。姉さんがもつ異常なまでの“人助け精神”は、力で押さえ込めるものじゃない。姉さんを護る為には、姉さんに近寄る不安因子だけではなく、姉さんが排除したいと願うものまで排除せねばならない。でないと姉さんは、僕の傍からいなくなってしまうよ」

 そいつはくるりと背を向け、やっと私の首から足を放した。

「梨椎」

 朝霧くんが呼び止める。

「なんだい」

 そいつは振り返らない。

「“お父さん”を始末しろ。でないと終わらない」

 そいつは首を傾げながら、頷いた。

「さて」

 そいつの姿が消えてなくなったところで、朝霧くんは動けない私の前に立つ。

「俺に一体、なんの目的があるのか知りたい? そんなものはないさ。ただ、記録しているだけなんだよ、あらゆる非現実的事象に関する物語を」

 そして膝を折り、にっこりと微笑んだ。濁りも曇りもない、腹底からの輝くばかりの笑顔で。

「長年この地を縛っていた呪いの、全ての元凶。その最期が、まさか偶然が重なった結果、偶然に踏み潰されるだなんてな。痛いか? どうだ? 首がぺちゃんこだ。一体どれほどの力で踏んだんだろう。血が流れている。国松、お前、もうすぐ死ぬぞ」

 死ぬ? わからないわ。死ぬってなんなの。だってさ、頭と心臓だけになった状態でさえ生きられたのにさ、私の芸術作品たちは。今の私と芸術作品、一体何が違うの。何が私を死へといざなってるの。

「影人を殺せるのは、シャドウ・コンダクターだけだ」

 朝霧くんは歌うように告げる。

「死、か。良かったなぁ、国松。人間らしいところが残ってて」

 こうして私の長い人生は、偶然が重なった結果、偶然に幕を降ろしたのです。


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