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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 6節 破壊シロ。

 これ以上の進入は危険です、と警察官が呼びかけている。月の輝く夜に、大きな照明を多方面から当てられた戸無瀬高等学校は、氷による反射もあいまって不気味な姿で浮かび上がる。

 校舎は静かだ。でも、たまに悲鳴があがる。息子を、娘を助けて、と氷壁に覆いすがる親たち。泣き叫びながら氷をドンドンと叩くが、氷はビクともしない。

「操り人形の彼らも、さすがにバケモノに殺されそうになると悲鳴をあげたり、逃げたり、助けを求めるんだな」

 私は隣りに立つ道化師に小声で尋ねる。マスコミの車とパトカー、そして野次馬たちがひしめき合う中では、道化師の存在などあって無いようなもの。加えて、巨大な氷に閉じ込められた高校という格好のネタの前では、道化師の姿は誰の興味も引かなかった。

「まぁな。この事態は、戸無瀬の<催眠想定範囲外>だからな。通常の反応を示すのは至極当然だ」

「で? 私はどうやって中の皆を助ければいいの」

「氷を破壊すりゃいい」

「…………」

 私は黙り込み、道化師を睨む。

「おいヲイ。世槞ちゃんよォ、テメェ自分が第三者だと傲り高ぶるのもいい加減にしろよ? いいか? ああん? テメェの拳はコンクリートに穴を空け、脚は岩を砕く。……氷くらい、自分の身体で破壊しやがれ」

 半信半疑どころか、零信全疑だ。だが疑っている余裕など無いことは重々承知している。私は、自分の右腕が再起不能になることを覚悟し、「待ちなさい! 何をする気だ!」という警察官の声を無視して、凍てつく氷壁へ向けて渾身の力を振るった。

 ピシ。

 するとどうだろう。さほど痛みも感じず、だからといって氷側のダメージがゼロということもなく、警察やマスコミ、その他大勢の野次馬たちが見守る中、氷壁の一部分が崩れた。

 歓声は起きない。起こすことすら、人々は忘れている。

「道化師、ごめん」

「ああ?」

「氷を崩したこの拳で、私はお前を殴った」

「今更気付いてやがんの。そうそう、クソみてぇに痛かったぜ。常人なら、今ごろ顔面を破壊されてんぜェ。ついでに言うと、生け贄にされた3人のうち、テメェだけが早くに意識を取り戻したのは、その尋常ならざる身体能力のお陰だ」

「…………」

 私は氷壁に向け、二発目、三発目を加えた。崩れた氷の穴は大きくなり、私は無心に拳を振るい続けた。

「もういいだろ。大人2人くらいなら余裕で通れちまうぜ」

 道化師に腕を掴まれるまで拳を振るっていた私は、気がついたように氷の穴をくぐる。

「!」

――途端、眼前を掠めるのはギラリと濁り輝く鋭い爪だ。

「…………」

 獲物を仕留め損なった<それ>は、人間らしい仕草――舌打ちをし、両手を地面にこすりつけて減速する。

 私は自分の両手を見る。誰も砕けなかった分厚い氷を、簡単に砕いてしまったこの手。少し赤くなっている程度で、まだまだ使える。この拳があれば、あんなバケモノなど、もしかしたら。

「やっちまえ」

 道化師が囁く。

 武道の心得も無く、そもそも戦ったことなんて無いけれど、私は両手の拳を握り締めてそれっぽく構えてみた。

「丁度良いし、世界について勉強するか」

 氷の向こうから、道化師がケタケタと笑いながら言う。

「お前がバケモノだって表現してるそいつ――影人だ」

「? 食人型ってやつじゃないの?」

「影人ってぇ大きな枠組みの中に、食人型は存在する。食人型は……お、ほら、来るぜ」

 バケモノ――食人型が地を蹴り、大きな口を開けて私へと迫る。黄色く濁った歯が赤く染まっており、それが気持ち悪かった。

「どうすればいい?!」

「ハァ? 殴りゃいいじゃん。蹴るのも可。頭突きも好きだぜ、俺は」

 道化師のアドバイスにならないアドバイスを受け、私はどうにでもなれという気持ちで拳を突き出した。……掠った。やはり適当に突き出すだけではダメらしい。

「オイなにやってんだよ。そんな雑魚、パパッとやっちまえよ」

 雑魚って言ったって……!

「テメェさ、力みすぎ。そりゃ掠るって。ポンッと叩く程度でいいんだぜ?」

 ポンと、軽く。私は自分の足を見た。そういえば今日私はこの足を、軽く"使って"いた。

「いっ―――!」

 左肩に熱い衝撃が走る。生ぬるい液体が散布し、私の頬に付着する。どうやら、食人型が私の左肩の肉を食い千切ったようだ。

「オイおいヲイ勘弁してくれよ世槞ちゃん。こんなところで手間取ってちゃあ、救える命も救えねぇぜ? ……早く始末しろクソガキ」

「…………」

 ぐちゃん、ぐちゃん、と咀嚼される私の肉。こいつらは、こうやって人間を食べているんだ。生け贄たちを、耶南を、紫遠の腕の肉を。

「おい道化師」

「あアん?」

「説明を続けろ。どうしてこいつらに食人型って名称がついたのかを」

「……。ああ、いいぜ」

 ごくん、と私の肉を食べた食人型は、まだまだ物足りないと私を狙う。

「人間を喰らうのは食人型に限ったことじゃねぇ。しかし、敢えてその名を付けられた食人型ってのはな、他の影人と違い、腹を満たす為に人間を喰うんじゃねぇ。人間を、<喰いたくて喰うんだ>」

 食人型の動きは、よく観察すると単純だ。そのうえ早く人肉を喰いたいが為に、動きの単純化に拍車がかかる。

「人間以外の肉なんざ興味をもたねぇ。たとえ腹がいっぱいでも、人肉がそこにあれば喰らう。よって食人型と名付けられた」

 食人型が大口を開ける、その瞬間が狙い目であると私は学習した。あと少しで望みが叶うという、最も油断したその僅かな隙。

 道化師の口から「ヒュゥ」という口笛が漏れる。このとき私は、拳を開かれた食人型の口内から後頭部へと突き出していた。どさりと倒れる食人型。私は右手を引き抜く。赤い液体が拳に纏わりついたままで、やっぱり気持ち悪い。

「……道化師。なんでこいつらは、食人型になったの? 普通の高校生がさ……」

「正確には、なぜ影人になったか、だな。いいぜイイゼ、教えてやる」

 氷の穴をくぐった道化師は、外側に集結していた人々へ向けて何かを振り撒き、こう言った。

「“入って来るな”」

 そんなこと言って聞くようなやつは少ないよと思っていたが、不思議と道化師の命令に反する者は現れなかった。私は思い出す。……魔法の言葉。

 待ってよ、私。「入って来るな」のどこが魔法だというんだ。言うことを聞かせているのは褒めてやるが、愁が患者に対して使用している魅惑的なものとは程遠い。――単純な命令式だ。

 私は正門前で枯れ果てている巨木に見向きもせず、道化師の説明を聞きながら校舎を目指した。

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