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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 1節 オカシナ人ニ、出会ッタ時ハ。

 *


 あれはいつの頃だったかな。

『なぁ、世槞。頼むから聞いてくれ。いや、聞け』

――うるせぇよ。

 私の曖昧な記憶が正しければおそらく、10歳くらいの頃だ。

 小学校からの帰り道、私はやたら悪目立ちする“変な人”に出会った。金色の細かいウェーブがかかったふわふわの髪に笑顔の仮面、赤くボリュームのある服、大きな手袋、大きな靴。これは、よく絵本で見るピエロの姿そのもの。

『お嬢さん、ごきげんよう』

 私は感づいた。これが、学校の先生がよく言っていた「おかしな人」だ。「おかしな人」に話しかけられても無視をして、全速力で逃げなくてはいけない。

 だから私は逃げた。私の足は、小学生にしてはかなり速かった。でも。

『おいヲイ。逃げてくれるなよお嬢さん』

 ピエロは私が逃げる先で、待ち伏せをしていた。いつの間に。瞬間移動でもしたのか。

――おかしな人からは逃げないといけない。

『おかしな人? それってぇのは――』

 ピエロは顎をしゃくり、通りの向こうを見ろと言う。

『あいつのことだろ?』

 通りの向こうでは、ごく普通のサラリーマンが2人、仕事の話をしながらこちらへ向かってくる姿があった。……ごく普通、のはずだ。先生が言う「おかしな人」ではない。でも、私の目が、私の本能が、片方のサラリーマンを「怖い人」と認識していた。

『見えるか。ああ、そうだよ梨椎世槞ちゃん。あれが、影人だ』

――影人。

『そう。人間のようで人間ではない存在。殺さなくては、世界が滅びてしまう存在。つまり、世界の敵』

――いやいや、待って。どうしてオジサン、私の名前を知ってるの? わざわざ調べたの? 調べたんだろ。気持ち悪ぃ。

『お前、口悪ィな……。愁か? あの馬鹿がお前をそんな風に育てたのか? いやイヤ、その前にまず俺はオジサンじゃねぇ!』

――どうでもいい。

『どうでもいい、か。まァ確かに、どうでもいいことだ。今重要なのは、この幼くて破滅的に口の悪い梨椎世槞ちゃんに世界の真実を教えてやることだ』

――世界の真実?

『まず、実践してお見せしよう』

 ピエロは飄々とした軽い足取りでステップを踏み、2人のサラリーマンの前に接近する。そして右手の人差し指を片方のサラリーマンへ向けた。例の、私が「怖い人」だと認識した方だ。私は見た。一瞬、ほんの一瞬だがピエロの人差し指に現れた青白い光が、ポンと飛び、「怖い人」の胸の中にスッと消えるように入ったのを。

 程なくして「怖い人」は倒れた。

 それが<死んだ>のだとわかったのは、片方のサラリーマンが「怖い人」の身体を揺さぶり、心臓が動いてない! と叫んだ時だった。

『このように、影人は殺さねばならない』

 またしてもいつの間にか私の前に移動していたピエロ。ピエロは飄々と、実に愉快に、実に厳然と、そう言った。

――人殺しは犯罪です。

『ああン? 影人は殺さねェと世界が滅びんだぞ? テメェ、少数の命と大多数の命を同じ天秤に乗せんじゃねぇ』

――意味がわからない。

『天秤に乗っけて許されんのは、この世界だけだ』

――意味がわかりません。それよりも、片方のサラリーマンがお前を怯えた目で見て、警察に通報しようとしてる。

『んあ? まァ、あれが普通の反応だわな。何も知らねェ第三者は、近くの人間が世界の敵となっていることに気付かず、また己も影響されやがる……』

――?

 ピエロは手品のように取り出した小瓶のコルクを引き抜き、風のようにサラリーマンの背後に移動し、小瓶の中に入っていた乳白色の液体をサラリーマンの口内へ流し込んだ。そして、甘くこう囁いた。

『お前は何も見ちゃいない。お友達は歩いている途中で急に心臓発作を起こし、倒れた。お前は、急ぎ救急車を呼ばねばならない』

 囁かれたサラリーマンは、怯えた表情から一変して無表情へと変わり、繋げようとしていた警察から救急車へと切り替える。ピエロが言った通り、「突然、胸を押さえて苦しみだした」と説明をしていた。

 魔法のような言葉だと思った。兄が患者に対して使う言葉も、患者を思いのまま操る魔法。

 こいつは、ただの「おかしな人」ではない。

 究極におかしな人、だ。

『さァ、わかったかな? 口の悪いお嬢さん。俺たちのような存在は、人間の中に潜む影人を見つけ出し、殺し、周囲の人間たちの記憶・思考・情報操作を行って、何事もなかったかのように装わなくてはならない。それこそが、俺たちに与えられし使命だ』

――そのご大層な使命を持ってるお前らって存在は、要は何なんだ? そう、正義の名の元に殺戮を行う、危険極まりねぇ集団の名称だよ。

 尋ねると、ピエロは仮面に隠れた口を大きく開け、笑い声と共に答えた。


『シャドウ・コンダクター』


 それは直訳すると、「影を指揮する者」という意味だった。これまでピエロの口から「影」という言葉が出たのは、サラリーマンを「影人」と呼んだ時のみ。いやいや、これこそおかしな話だろ。「影」を「指揮」する者がどうして「影」を「殺した」んだよ? 指揮できねーじゃん。

 まるで論理が破綻している。私は「究極におかしな人」から逃げることを結論とした。いつまでもこんな狂想話になんか付き合っていられない。

『待て待て。むしろ話はこれからが盛り上がる』

 とピエロは私の前に立ち塞がった。もういい加減にしてよ、とげんなりした時、私とピエロの間に割って入る人物の姿があった。

『僕の姉さんに近付くな、変態仮面野郎』

 私の双子の弟、梨椎紫遠だった。

『あアん? テメェは……。……ぷっ』

『…………』

『身長は……こりゃいくつだ? 130センチくらいか? サロペットを着て、身体のサイズに合わない大きなランドセル。……ぎゃはは! ショタだ! ショタの紫遠じゃーか!』

 ピエロの発言はかなり危ないものだった。私は紫遠の腕をギュッと掴んで、ピエロを睨む。

『ロリな世槞は誰も相手にしねぇだろが、ショタな紫遠ならその趣向のやつらに大ウケだろうな……』

 よくわからないが、私にも紫遠にも失礼な発言だと思った。

『姉さん、帰ろ。先生にも言われたでしょ。おかしな人に出会ったら、唾を吐きつけて帰ればいいって』

 ああ、そうだったな。じゃあ――ペッ。

『お前ら姉弟揃って口悪ィな! 愁には幼児の育て方について厳重に注意してやらねェとな!』

 ピエロがどう喚こうとも、紫遠は無視して私の手を引き続けた。そう、ピエロが何を喚こうとも。

『つーか紫遠! お前早く俺たちの側へ来いよ。俺たちには必要なんだよ。――凍てつく氷が』


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