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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第二章 七不思議
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 7節 暴力ハ、ダメ。

「紫遠……」

 弱虫だった私は、真実など到底告げてあげることなど出来ず、ただ弟の名前を呼んで涙を流すことしか出来なかったのです。

 あんまりよね、こんな仕打ち。ただ食べられるだけならいざ知らず、こんな状態になってまで意識を残されるなんて。どうしてなの? 何の意図があってこんな残虐なことを?

 この仕打ちは耶南だけではなく、壁に埋め込まれた生け贄たち全てに与えられていた。

「誰か来る」

 弟が私の手を強く握り返した。弟の目は、耶南ではなく通路の向こうを睨んでいた。

「まさか、清……」

 現れたのは、私のクラスの担任でした。

「飛鳥先生?」

 飛鳥由美子先生は、無表情のまま私と紫遠、そして壁に埋め込まれた過去の生け贄たちを順に見る。

「様子を見に来てみれば……梨椎さん。貴女、まだ食べられてなかったの?」

 一瞬、飛鳥先生の正体がバケモノなのかと勘ぐりましたが、違うようです。飛鳥先生は、戸無瀬に操られた教師のままでした。飛鳥先生の行動から察するに、第一桜木高等学校は定期的に巡回が行われているようです。――生け贄が、滞りなく食されているかどうかを調べ

るために。

「2階にいた2年生と3年生はの生け贄は綺麗に残さず食べられていたようだけど」

「!」

「はぁ。保健の辻野先生が血だらけになって助けを求めてきたから、ここへ様子を見に来てみれば……まさか超劣等生の姉の弟、超優等生の梨椎くんが犯人なんてねぇ……」

「…………」

 紫遠を見た。紫遠は涼しい顔で飛鳥先生の言葉を流している。

「不穏因子は生け贄にすべき。これは特例処置よ、木乃芽耶南の時と同じ。梨椎姉弟、戸無瀬の秘密を暴いてしまった貴方たちを生きてここから出すわけにはいかないわよ」

「それはこっちの台詞」

 えっ? ――私は驚きました。こちらへ向かって手を伸ばしてきた飛鳥先生を、紫遠は片足を使って前へ蹴り飛ばしたのです。しかも威力というものが結構ありまして、軽く蹴ったようにしか見えなかったのですが飛鳥先生はかなり遠くへ飛ばされて、見えなくなってしまいました。

「紫遠、暴力はダメよ……」

「ん? 何か言った?」

「…………」

 私は耳を澄ましましたが、飛鳥先生が地面へ転倒する音がいつまで待っても聞こえませんでした。音が届かないほど遠くへ飛ばされたのかとも思いましたが、どうやら違うようです。

「……何だ、何の音だ?」

 耶南が目だけを動かして音の正体を探る。

「今の君の様態じゃ、音の正体は掴めないよ」

 紫遠はなんて酷いことを言うのでしょう。事実というものは、時として隠すことも重要なのに。

 耶南が首を傾げる動作をした時でした。赤いハイヒールを履いた飛鳥先生の足と思われる部位を口に含んだ<人間>が、暗闇から姿を現しました。

「!!」

 これが、生け贄を喰らうというバケモノなのでしょうか。極めて人間に近い姿をしているけれど、私の本能がそれは人間ではないと言います。服装は古い学生服で、ボロボロです。肌は土色に変色し、所々が緑色。血管も浮き出ている。腹は出ているのに頬はげっそりと痩け、眼球がギョロリと動く。歯だけが異常に発達し、好物をいくらでも食べられるようになっている。

 これはあくまで予想ですが、このバケモノの正体は、第一桜木高等学校の生徒……。

 なんという推理でしょう。私は、やはり頭がおかしくなったのでしょうか。しかし、そう考えると色々と辻褄が合うのです。

 私は足元に散乱している食器の破片を、咄嗟に両手に掴んでいました。

「……姉さん……こういう時は近くの男性に抱きつくべきだと思うよ」

 弟が何を言っているのか、さっぱりわかりません。ただ私は、おおよそ人間とは思えない桜木の生徒がこちらへ来た時に多少なりとも反撃出来るよう、備えただけなのです。そして見てしまいました。片足をもぎ取られた飛鳥先生が、這いずって<それ>に掴みかかっている様を。

「なんでよ……おかしいじゃない。私たち教師は……襲われないって……言ってたじゃない……」

 ゴクン、と飛鳥先生の片足を飲み込み、ハイヒールを吐き出した生徒は、自分の足に絡みつく飛鳥先生の顔を掴む。そして上顎と下顎に手を押し込み、上下に引き裂いた。

 飛鳥先生の声にならない悲鳴が響き、私は口を開けたまま、情けなくも硬直したようにその場から動けなくなってしまいました。

 飛鳥先生を、飛鳥先生の肉を、眼球を、脳味噌を、内臓を、骨を咀嚼する音は非常に耳障りで、私は言い知れぬ怒りを感じ始めました。

「食べ方が違うな……」

 紫遠は壁に埋め込まれた耶南と飛鳥先生の成れの果てを見比べ、ぼそりと呟いた。

「姉さん、どうやらこの場所には、バラエティに富んだ“食人型”が潜んでいるようだ――」

 紫遠がその<単語>を発した時、飛鳥先生を貪る生徒の背後から、その少女が現れた。

「あんれ? 傘見クン、それ何食べてんの?」

 彼女は引きずっていた。2人の、生け贄を。生け贄には下半身がなかった。代わりに彼女の口からは、細くて赤くて、弾力のあるものがぶら下がっていた。

 私は硬直したまま、彼女の行動を見ていた。彼女は、ひ弱そうな両腕を使って2人の生け贄を土の壁に埋め込み、頭部と心臓だけを残して全て食べてしまった。

「ああ、それ上の学校にいる教師? 馬鹿だよねー、やつら。自分たちだけは大丈夫だとか勘違いして、桜木をうろついてやがんの。私たちに食料をくれるから、見逃してやってただけとか知らずにさぁ」

 彼女はケタケタと笑い、ぐるり首を回して私たちの方を振り向いた。

「まさか、私の食料たちを助けに来た子? でもご覧の通りだから。ごめんなさい、無駄足だったわね」

 私は呆けたように開いていた口を閉じ、俯き、拳を握りました。

「どうしてこんな食べ方をしているか、知りたい? うん、ほとんどの子たちは傘見クンみたいに直球でかぶりついちゃうんだけどね、最近の研究で私、気付いたの。人間は、生きたままの方が<美味しい>」

 身体が震えます。歯が、ギリギリと鳴ります。

「特に脳味噌は絶品。だから、脳味噌に口をつけるまで死んでもらったら困るの。そこで編み出した技が、こんな感じ? 人間って不思議な生物でさぁ、心臓さえ動いてたら長持ちするらしいわよ」

 彼女は新たに開発したという調理法によって壁に埋め込んだ生け贄たちを選別する。

「食料によって差があるんだけどさァ……この子はもう、食べ頃かな」

 彼女は、耶南の前に立った。

「脳味噌は、熟した頃が美味しいの」

 私は紫遠の制止を振り切り、彼女の隣りに立ちました。彼女は笑顔のまま私に振り返り、

「アンタも食べたい?」

 と、聞きました。

 私は耶南を見た。――極度の恐怖が脳を麻痺させたのか、耶南は何が起きているのかわからないと私に訴えました。私は言いました。

「ばいばい」

 あの日、声に出して伝えられなかった言葉を。別れの、挨拶を。

「ちょっ……??!! なにすんのよアンタ!!」

 私は、のばした右手に耶南の心臓を掴み、握り潰しました。

 手の中で破裂する、命。

 もういいのよ。恐怖は、これで終わり。守ってあげられなくてごめんなさい。でもせめて、貴男の脳味噌は、守らせて。

「ふっざけんな! 食べ頃だったのに――!!」

「……ふざけんな?」

 ああ、もういい加減……。

 私は彼女に振り返り、こう言いました。


「それはこっちの台詞なんだよ!!」


 紫遠の真似をしてみた。片足を出し、前へ向かって蹴り飛ばすことも。

「暴力はダメでしょ、姉さん」

「何か言った?!」

 彼女は避ける余裕すらなかったらしく、私の蹴りをまともに受けて桜の木の根元に衝突した。口から吐き出される血、骨が折れる鈍い音。でも、これだけじゃまだまだ足りない。

 一体いつからこの生け贄制度が続いているのか知らない。この女がいつから生きているのか知らない。いつから生け贄を喰らっているのか知らない。

 だから。

「殺しちまえばいい!」

「姉さん!」

 私の首のすぐ近くを掠めていった牙は、傘見を伴って地下防空壕から消えていた。

「…………」

 たらりと首から流れる血。私はそれを拭い、しかしこの程度の怪我で済んだのは紫遠が私の肩を掴んで引き寄せてくれたからであった。

「……ありがとう」

 また、助けられた。

「あいつらは……どこに?」

「わからない。やつらの行動から察するに、この第一桜木高等学校には人間を喰らうバケモノが多く存在しているようだ。そして、普段は閉じられている戸無瀬への入り口は、飛鳥先生によって今は開いたまま。だから……」

 いつも心無い言葉をズバズバと吐く紫遠が、珍しく喉を詰まらせている。私は再び口を開けたまま呆け、紫遠が頭を抱えながら携帯電話のような小型の機械でどこかへ通信をする様子を、じっと見ていた。

 私は自分の携帯電話を見る。……圏外。

「あ、七叉かい? 悪いね、突然」

 七叉とは、1年特進クラスの相模七叉。私はあまり知らないけれど、紫遠の親友だ。けど、こんな弟と親友になれるヤツなんて、相当な偏屈野郎に違いない。

「今、総本部? 戻ってきてもらってもいいかな。ちょっと緊急事態が……うん……うん……本当? すまないね……それまでは僕一人でなんとかしよう」

 総本部ってどこ? 意味のわからない会話だった。紫遠と相模くんの2人で、この事態をなんとかするだって?

 紫遠は小型の端末をポケットに戻し、私に言う。

「今から戸無瀬へ戻るよ。いい? 一気に走るから、何が出て来ようとも僕の手を離さないで」

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