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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第二章 七不思議
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 6節 ドウスレバ良カッタ?

 私の眼球は素早く動き、地面に落ちていた食器の破片を見つけ出す。この場所が防空壕としての役割を担っていた時に、使用されていた道具類が散乱しているのだ。私の手はそれを掴み、振り向きざまに相手へ向かって切りつけた。

「――っ! 危な……!」

「??」

 振り上げた右腕を掴み、応戦しようとしていた左手をも捕まえて私の自由を瞬時に奪ってみせたのは――。


「僕を殺すつもりかい、姉さん」


 双子の弟、梨椎紫遠だった。

「へ……?」

 呆然としたまま、私の思考は動かない。

「……どう……して」

「どうしてだって? 決まってるだろう、君を助けに来たんだ」

 どうして。どうして。

 紫遠は言う。「ほら、言ったじゃないか。姉さんが連行されている時に」と。ううん、私、あの時は意識が朦朧としていて何も聞こえてなかったのよ。でも、そんなことを言ってくれてたんだね。

 ……やっぱりおかしい。頭が混乱をし始めた。おかしい。だって、耶南曰わく、私と耶南以外の1年生とその家族は戸無瀬の操り人形となっていた。だから戸無瀬のやり方に疑問を抱かないし、決して逆らうことなく従う。

 私がいなくなっても、私の家族は、誰も気にしない予定だった。じゃあ、弟が今、とっているこの行動は何だ。

――“正気”以外の何?

 混乱を極める頭は、やがてある感情を苦肉の答えとして提出する。

「ありがとう……」

 嬉しい。素直に、そんな答えを出してしまった。

「紫遠……私のことなんて、もうどうでもいいのかと思ってた」

「思うわけないじゃない」

「戸無瀬に操られているものだとばかり……」

「そう装ってはいたかな。その方が安全だから……僕らの身が」

「面接で出されたお茶、飲まなかったのね」

「変な臭いがしたし……ちなみに愁も飲んでない」

「! でも、愁はっ……」

「愁は“正気”でありながら生け贄制度を黙認してたんだよ。命が懸かっている方が、姉さんが必死に勉学に励むだろうと考えたらしい。そして万が一、姉さんが生け贄になった時は……あらゆるものを犠牲にして助けに行く。僕は、愁にそう約束させられていた」

「……酷い。他の人が死んでも……愁も紫遠も、平気なの」

「開き直って言うとそうなるね」

「……やっぱり、正気じゃないわよ貴男……」

「ああ、そうかもね。姉さんに関しては僕は、正気ではいられない」

 私は溜め息を吐き、自分の家族が正気の状態でも普通の思考をしていなかったことに落胆した。でも、何故かしら。頬が緩むのよ。

「それより、紫遠はどうやってここまで来たの? 桜木への入り口、よく知ってたわね」

 私は緩む頬を締め直し、尋ねる。

「桜木? へぇ、ここそういう名前なんだ。僕は単純に、保健医からこの場所を聞き出しただけだよ。前から、生け贄は必ず保健室へ連れて行かれることに気付いてたから」

「よく教えてくれたわね、保健の先生」

「もちろん簡単には教えてもらえなかった。だから少々、手荒な真似をしてしまったよ」

 そう言う紫遠の手は、暗がりでわからなかったが、よく見ると赤く血濡れていた。……一体、何をしてきたのかしら。でも私の為にやってくれたことだから、気にしてはいけない。想像しないことにしましょう。

「まぁ間に合って良かったけどさ、焦ったよ。保健室の床の隠し扉からここへ降りた時、姉さんの姿がどこにもなかったから」

 当然じゃないの。あんなところにとどまっているわけがないわ。

「こんな隠された防空壕まで来てたってことは、明らかに何か目的があってのことだろ。やっぱり、わざと学力テストで最下位を取ったね」

「……我慢できなかっただけなの。戸無瀬のバカげた風習が」

 唇を尖らせながら、ひねくれたように呟く私。

「まさか姉さんがここまで正義感に溢れていたなんてね。感動して涙が出そうだよ」

「嘘」

「ああ、嘘さ」

「むっ」

「出そうなのは、怒りの言葉だよ」

 紫遠は私の手を掴んで言った。

「帰ろう」

 私はその手をすぐに振り払った。

「姉さん?」

「待って……紫遠。ここに……この場所に、まだ誰かがいる気がするのよ」

 紫遠は即答する。

「いないよ。君と僕以外、生きた人間は」

「声がしたの! 確かに聞こえたの」

「姉さん」

 もうこの際、幽霊でもバケモノでもいい。聞こえてしまった声の正体を確かめてからでないと帰れない。だって、せっかく第一桜木高等学校を見つけたんだもの。桜が散らない謎が解けないなら、せめて。

 私は桜の根が張るこの空間を、小さなライトを使って丹念に調べる。確かにこの場所から聞こえたのよ。幻聴だなんて言わせない。

 土の壁をペタペタと触っていた時、私の手は、弾力があって生暖かいものに到達する。息を飲み、私はゆっくりと、ライトをそれにあてた。

「!! ……耶南」

 土の壁には、耶南の顔があったのです。これはおかしな表現かしら? そうね、言い換えるならば――土の壁に、目を閉じた耶南の顔が埋まっていたの。

 私はその場から少し離れ、私の異変に気付いた紫遠がすぐ背後に立ちます。

「これは……」

 ああ、それ以上は言わないで。

 ライトを滑らせると、耶南の顔の近くには、ここ数ヶ月で生け贄になった友場麻由、田邊弘治の顔の他、先輩たちの顔もあった。これは一体、どういうことなのだろうか。ただ静かに震えていると、予想をしていなかったことに、なんと、閉じていた耶南の目が、開いたのだ。

「……世……槞?」

 そして目が合い、更に名を呼ばれ、私は「ひっ」と引きつった声を出してしまう。

「あれ……俺、今まで何してたんだっけ。……記憶が曖昧だ」

「…………」

 私は無意識的に紫遠の手を強く強く握っていた。

「確か……あ! そうだ! 生け贄にされちまったんだった! でもかなり昔のことだったような気もする。目の前には世槞がいるし、ご丁寧に双子の弟まで揃ってる。俺は、助かったのか?」

 私はどうすればいいの? どうすれば良かった? 真実を告げてあげれば良かった?


 耶南。壁に埋め込まれた貴男の身体は、首からかろうじて繋がっている心臓を残して、全て無くなっているのよ――と。


「紫遠……」

 弱虫だった私は、真実など到底告げてあげることなど出来ず、ただ弟の名前を呼んで涙を流すことしか出来なかったのです。

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