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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第二章 七不思議
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 5節 計画通リ。

 意識を取り戻したのは、程なくしてから。私が目覚めた場所は、漆黒の闇だった。

 ポケットに隠し持っていた小型のライトで周囲を照らす。――計画通り。

 ライトが照らすものは、古びた木造の床、壁。ボロボロになって自然倒壊している部屋に吊り下げられた木板には『3年3組』の文字。おそらく教室だろう。そこにある机、椅子、下駄箱。壁に貼り付けてある書道の紙には、“希望”の文字。

 見つけた。やっと見つけ、そして辿り着いた。


――第一桜木高等学校。


 天井を照らす。電動ノコギリで無理やりに空けられた穴に、それを隠すように置かれた鉄の板。おそらく外側から厳重に施錠されているだろうから、内側から開けることは不可能だろう。それに、この高さだ。脚立を利用するか、または机を積み上げるなどしない限り届きそうにない。

「まさか、第一桜木高等学校が戸無瀬高等学校の“下”にあっただなんてね……」

 小高い丘に建つ戸無瀬。本当は違う。桜木の校舎の上に戸無瀬は建てられていた。丘は桜木を隠す為のカモフラージュだ。

 なんて突飛な発想なの、脱帽するわ。普通、新しい校舎を建てる時は、違う敷地にするか古い校舎を取り壊してから。でもわざわざ桜木を埋めてから、まるで蓋で封印するように戸無瀬を建てたことには意味があるだろう。

 生け贄制度との深い関係が。

「さて」

 私の他に、倒れている先輩たちが2人。揺り動かしてみても、反応が無い。心臓が動いているから死んではいないだろうが、起きないなら仕方がない。

「逃げないと、食べられちゃいますよー」

 意識の無い先輩にそう教えてあげ、私はこの校舎を調査する為に立ち上がった。

 私もこの先輩たちも、きっと美味しく味付けをされてしまっているはずだから、この校舎に潜むナニカに狙われるはずだ。てっきり、戸無瀬側にカニバリズム的な趣向があるのかと思いきや、そうではないっぽいしね。考えられることは1つ。

 第一桜木高等学校に、人間を食うバケモノが潜んでいる。

「生け贄……うん、これはまさに正真正銘、生け贄だわ」

 食べることは好きでも、食べられることは好きではない。多分、皆がそう。

 食べることは好きでも、人間を食べることは好きではない。多分、ほとんどの皆がそう。

 私は自分が置かれた状況、自ら望んで飛び込んだ境遇に後悔しないよう、暗い、暗い、木造の校舎を進んだ。

 ギシ、ギシ、と一歩踏み出す度に床が鳴る。季節は夏なのにここはとても肌寒い。暗くてよくわからないが、壁や床の所々に付着しているものは血の痕なのだろうか。

「この学校で……昔、一体なにがあったのかしら……」

 桜木を取り壊さず、埋めてその上に戸無瀬を建てた。壊さなかったのは、壊せなかったからでは?

 桜木が封印される形で闇に葬られ、戸無瀬が建てられるに至った血塗られた歴史。私は呼吸することすら忘れ、歩き続けた。

 窓の外、玄関扉の外、もちろん全て土だ。昔は明るい日差しが差し込み、学校の名の由来となった桜の木が眺められたことだろう。

 ええ、目指すはもちろん、その桜の木の根元です。生け贄が桜に捧げられるという大義名分があるわけですから、そこへの道は開いているはず。まさか土に埋もれて行けないなんてことは……

「行けない」

 まぁ当然でした。あくまで移動可能なのは2階建ての校舎の中だけ。校庭に生えている桜の木の根元など、辿り着けるわけがなかったのです。

「いや、そんなのおかしいわ!」

 桜は散らない。散らないのよ。その謎が必ずここに隠されている。桜木高等学校が封印されるに至った経緯を、桜は見てきたはず。

「第一桜木高等学校時代には、桜は散っていた。散らなくなった事象が、その答えが、あるはずなの……!」

 私は頭を抑え、脳をフル回転させる。今まで余計なことばかりに使ってきたこの頭だけど、賢い弟と立派な兄と血が繋がっているのだから、私も頑張れば賢いはず。兄だって、私は頑張れば出来る子だと言ってくれたことがある。

 閃く。

「あ……地下防空壕……」

 五番目の七不思議。七不思議が戸無瀬のものではないと気付くキッカケになった不思議。この不思議が、またもや頼りがいを見せてくれた。

「移動可能なのは校舎の中だけじゃない」

 戦時中の、空襲が激しい月夜見市。大人数が生き延びる為に掘られた穴であれば、かなり広いはずだ。私は四つん這いになって目を凝らし、地下への入り口を探して1階廊下を這いずった。

『世槞、明日テストだろ。なにしてんだよ』

 同じ行動をとっていた先月。そんな言葉をかけられたりしたものだ。私は意識なく流れる涙を拭い、地下防空壕へ繋がる扉を探した。

「こ、こんなところで、な、なにをしてるの……?」

 それは幻聴だろうか。

「ね、ねぇ、あ、貴女。うん……そ、そうよ! 貴女よ!」

 床を這いずっていた私に掛けられた声は、同い年くらいの少女のものだった。

「え……」

「き、キョトンとしているわね……。ううん、キョトンと、し、したいのはこっち! あ、貴女、よくそんなに堂々としてられるわね? い、いつ、どこからバケモノに、ね、狙われるかわからないのよ……?」

「えっと……あの、貴女は」

 私に話し掛けたオドオドとした少女は、よく見ると戸無瀬の制服を着用していた。でも今日、生け贄になった先輩たちはどっちも男。私は、希望を抱かずにはいられなかった。

「わ、私は潮田清花うしおだきよか……。い、生け贄にされてしまった戸無瀬の、せ、生徒よ……」

「い、生きてたの?!」

「きゃっ。大きな声を出さないで! バケモノに気付かれたらどうするの?!」

「……ごめんなさい。でも、貴女の声の方が大きかったよ」

「はっ。ご、ごめんなさい……。ええ、生きてたわよ、私。バケモノの目をかいくぐって。その日からなんとか外へ逃れようと頑張ってるんだけど……こ、こんな暗い場所でしょう? 時間も日付もわかんなくて……生け贄決定の日に扉が開くのを狙って外へ這い出ようにも……いつも逃してばかりで。き、気がついたらバケモノが生け贄を食べてるの……」

 清花はげっそりと肩を落とし、首を振る。

「でも、落ち込んではいられないの」

 清花は気を取り直し、人差し指を私の顔へと向ける。

「貴女……普通の生け贄じゃないよね……?」

「へぇ、わかるの?」

「も、もちろんよ……。だって、生け贄になった生徒は2パターンの行動しかとらないもの……」

「2パターン……」

「1、大人しくバケモノに食べられる。2、恐怖に狂い、逃げ惑う。あ、貴女は……そのどちらでもないわ」

 1は戸無瀬に操られた生徒の行動パターン、2は正気の生徒の行動パターンということだろう。

「この学校のことを探っているようだし……もしかして、誰かを助けに来たの……?」

「……いいえ」

「え?」

「でも、貴女が生きてるなら、その理由も付け加えるわ」

 清花はオドオドとしながらも、にっこりと微笑む。

「そう……良かった。あ、あのね、私のように無事に桜の木の根元まで辿り着いた人たちは、皆、生きてるよ。地下防空壕はその役目通りシェルター代わりでね、バケモノに見つけられない場所なのよ」

「! そこへは、どうやって行くの?!」

「多分、貴女がとっていた行動をそのまま続ければ……辿り着けるよ。ヒントは、西側階段の裏……かな」

「あ、ありがとう! でも……しまったわ。生け贄の先輩たちを2階に置いてきちゃった……」

「あ、そ、それなら私が地下防空壕へ避難するよう……助けてくるわ」

「私が行く。置いてきちゃった私の責任だし、第一……危険よ。潮田さん、せっかくここまで生き延びて来たんだから、助かってほしい」

「き、清花でいいよ……。私はね、こう見えても……ここに長く潜むようになって生き延びるスキルを身に付けたの。だから大丈夫。今の貴女よりは……よ、余裕で生きられる自信があるわ」

「あ……はは……そうね。確かにそうだわ。ありがとう、頼みます」

「はい。頼まれました」

 清花は胸をトンと叩き、2階へ向かう。私はその背中へ向けて呼びかける。

「あ、私の名前、梨椎世槞って言うの!」

「あわわ、び、びっくり……。急に呼び止めるから何事かと思っちゃった……。うふふ、教えてくれてありがとう。世槞ちゃんかぁ。覚えておくね……」

「清花にお願いがあるんだけど、いい?」

「な、なに?」

「お互い、無事にここを出られたら……友達になってくれる?」

 清花は目を丸くし、すぐに笑った。

「1つ……き、聞いていい? 世槞ちゃん」

「どうぞ」

 清花は人差し指を顎にあて、首を傾けた。

「貴女……ここの存在、どうやって知り得たの?」

 私は胸を張って答えた。

「桜の木が、異常に低かったから」

「……。ああ……」

「ほら、戸無瀬の散らない桜って、かなり立派でしょう? 大きくて、古くて。でも、その大きさにしては当然あるべき高さに達していなかったのよ。だから、この桜はもしかしたら、かなり地中深くから生えてるんじゃないかと推理したわけ」

「なるほど……」

「あとは、七不思議にも助けられたかな」

「??」

 希望が、大きな希望が見えました。眩しすぎて前が見えないくらいの。私は清花が教えてくれた西側階段の裏へ回り、隠された地下防空壕への扉を見つけました。そして開いたのです。

「っよ……と」

 梯子やロープなどの類がなかったので飛び降りるしかなかったけど、意外と難なく着地出来た私は、逸る気持ちを抑えて一歩、一歩、足を確実に前へ出した。

「誰かいませんかー? いたら返事して! ……耶南ー!」

 耶南が生きているかもしれない。抱かずにはいられない希望を胸に抱き、桜の根元を目指す。

 手作業で掘られた穴は不安定で、今にも崩れそうだ。しかし戦時中からずっと存在していることを考えると、案外頑丈なのかもしれない。

「……誰だ?」

「声がするわ」

「避難者かな」

 奥の暗がりから、複数人の声がする。思わず私は駆け出した。

 皆! 助けに来たよ! 力を合わせてこんなところから逃げ出そう! ついでに桜の謎も解ければ、一石二鳥なんだけど――。

 高揚し、歓喜に満ちた私の足取りは次第に重くなる。

『オイ、世槞。テメェ、現実から目ぇ逸らすのも大概にしろよ』

 すぐ近くで、耳元で、いえ、むしろ私の頭の中で、道化師の声が聞こえた気がした。

 ……待って。

 そう、待つのよ、私。目先の希望に捕らわれないで、冷静になりなさい。現実を見なさい。

「えっと……地下防空壕って確か、七不思議の1つだったわよね。だから、あの声たちが幽霊の可能性がある。うん」

 違う。そうじゃないでしょう。

「…………」

 私は深く呼吸を繰り返し、考えざるを得ない事実を並べる。

「この場所には、バケモノの食料はあっても人間の食料は無いわ。そんな状況下で、生け贄たちは、どうやって生きてきたの?」

 やがて桜の根元が見え始める。噂にあるような死体は無い。調べてみても、桜が散らなくなるような原因もわからない。ごく普通の木だ。それとも切れば何か判るのだろうか。

 ここから伸びた桜の木は、丘を超えて戸無瀬のシンボルとなっている。

 ねぇ、教えて清花。貴女は一体、この場所で、どうやって――。

 ザ、ザ、とこちらへ近付く足音。誰のものだ。清花か、それとも他の生存者か。人間を喰らうバケモノか。怖い。来ないで。私は誘き出されたの? 嫌よ。私は、まだ、食べられるわけにはいかないの!

 私の眼球は素早く動き、地面に落ちていた食器の破片を見つけ出す。この場所が防空壕としての役割を担っていた時に、使用されていた道具類が散乱しているのだ。私の手はそれを掴み、振り向きざまに相手へ向かって切りつけた。

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