4節 聞キ取レナイ。
6月末、学力テスト。7月に入る直前のこの日は梅雨も明け、爽快に晴れ渡った青空が広がっていました。とても気持ちがよいです。いよいよ蝉たちも活動を始め、ミーン、ミーン、という夏の風物詩となる鳴き声がそこかしこから聞こえます。ただ桜の木にだけは、蝉はいないようです。やはり蝉たちにもわかっているようです。呪われた木なんか、居心地が悪いと。
さてさて、待ちに待った次の日の結果発表は、どうなったのでしょうか。
「大変残念な結果となってしまいました」
そう思っていないクセに、そう言わないといけないからほとんど義務的に喋っているのは、担任の飛鳥由美子先生。担当は英語。5歳の子供がいる。
「今月も我がクラスから生け贄が出てしまいました。先月の臨時の生け贄と合わせ、我が普通科Aは皆勤賞です。もういっそこのまま普通科Aから生け贄を出し続け、卒業頃には4人しか残っていない状態をつくりましょうか」
年齢は35歳。そろそろヒステリー気味になり始める年頃だ。
「生け贄になりたい人は、梨椎さんのようにテスト用紙を白紙で出したらいいのよー!」
名前と出席番号だけをはっきりと書いた白紙の解答用紙をピラピラと見せつけ、飛鳥先生は壊れたように甲高い声で笑った。
生徒たちは静かに座っている。
「ねぇ、貴方たち。私に対して手向けの言葉をくれないの?」
私は立ち上がり、クラスメイトの顔を見渡した。誰もいない席を見た。女郎花さんの顔を見た。
「私、貴方たちの為に生け贄になるのよ。せめて、“自分でなくて良かった”くらいの人間らしい言葉、吐いたらどうなの? ねぇ?」
「お黙りなさい!!」
飛鳥先生の叫び声と同時に、開かれる教室の扉。来た。生け贄実行部隊の五十嵐先生と石代先生が。私は両脇を抱えられ、教室から引きずり出される。廊下に無言で佇む少女がいる。私と目が合わない。
廊下は静かだ。引きずられながら他の教室を覗き見てみたけど、誰も私のことを気にしていない。道化師も、こういう時は現れない。いつも余計なタイミングで現れるクセに。耶南も、こうやって誰にも気にされないまま引きずられたのだ。
そして、美味しく味付けを――。
頭を垂れ、我が身の運命を嘲笑った時だった。
バン! と勢いよく開け放たれた教室の扉。その教室は、特進クラスだった。扉を開けた少年――赤い髪の少年は、私に向けて何かを伝えようと必死に口を開いていた。
ねぇ、紫遠。私の双子の弟。貴男は最期に何を伝えてくれるの? 手向けの言葉? それとも。
ああ――ごめんなさい、聞き取れないわ。だって私、その時はもう腹に注射を打たれていて、意識が朦朧としていたから。
もう。こんな直前になってさぁ、やめてくれない? 紫遠も愁も私に無関心だから、安心して計画を実行したのに。
今更取り返しがつかないのに、迷いが生まれてしまった――。