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クロバニ

 ナイフを手に近づくメグミの殺気を感じてか、ウサギは完全に狼狽え(キョドっ)ている。そして、素早いとは到底言えない動きで逃げて行こうとするが、当然メグミにまわりこまれてしまった。ウサギはそのままメグミの足元へと駆けてくる。

 自分の足元に向けては、意外にナイフを振り下ろしにくいものである。咄嗟に押さえつけようと手を出した隙に、足の間を潜り抜けたウサギはすぐ後ろにあったおそらく巣穴に跳びこんだ。


「ちっ」


 穴に逃げ込まれ、メグミは舌打ちした。しかし、穴の続いている方向から見て、反対側に出口があるようには見えない。じっくり掘って行けば捕まえられるだろう。


「穴は深いかな」


 そんなことを考えながらウサギが飛び込んだ穴を覗き込んだメグミは、握りこぶしほどの大きさの蛇の顔とご対面することになった。


「ッ―――! いやああぁぁぁ!」


 まぁ、巨大なヘビの顔を至近距離で見れば、ほとんどの人は驚くだろう。仰け反らない者がいるとすれば、あの花輪くらいだと思われる。しかし、そのかわいい悲鳴は男としてどうなのか。


「こいつがオオバチかぁ」


 オオバチは体長1.5m~2mの、ツチノコ体形の毒蛇である。穴の中にいるということは、オオバチとウサギ、どちらを捕まえるにしてもこいつを引っ張り出さなければならない。


 メグミは恐る恐るバチ取り棒の先の輪っかをオオバチの首にかけ、手元の取っ手を握ってオオバチの首の輪を引き絞った。それによって、バチ取り棒先端の輪は細くなっているオオバチの首にガッチリとはまり込んだ。これで簡単に外れることはあるまい。


 輪が嵌ったのを確認して、メグミはオオバチを穴から引っ張り出すべくバチ取り棒をぐいっと引っ張った。が、穴の中で体を曲げているのかオオバチはビクともしない。メグミは力いっぱい引っ張ったが、相変わらず腕力チートは全く付いていないようでオオバチが出てくる気配はない。


 メグミは近くにあった石を穴の横に置き、それを支点にしててこの原理でオオバチを引っ張り出そうと試みた。頭が出てきたところでナイフで刺してしまえば、さすがのオオバチでも倒せるのではないだろうかと思ったが、先端の輪を絞まった状態にしておくには手元を握っていなければならない。バチ取り棒の方が手より長いので、オオバチの頭を引き寄せてナイフで刺すのはなかなかに困難である。


 かなり長い間そうやっていた所、ずっと首を絞めて引っ張られて酸欠でも起こしたか、ようやくオオバチが穴から少し顔を出した。体がおそらく3分の2ほど出た所で、穴からウサギが飛び出し、ヒョコヒョコと逃げ出した。穴の中にオオバチがいたのでもしやウサギは食われたのではと思っていたが、オオバチよりさらに奥にいたらしい。考えてみれば穴の直径とほぼ同じ太さのウサギを、穴の中で口を開けて呑み込むのは大変そうである。


 メグミは咄嗟にウサギを追いかけようとしたが、このままオオバチを放置して怒ったオオバチに襲われてもつまらないと考え、バチ取り棒を握りなおしたところで


「●◆~~~~~~―――!!」

 ドシャッ。

「■★▲▲@#$#▼$%!!」


 木にぶつかるような音と共に、聞き覚えのあるヒロの声が聞こえてきた。もっとも、ウサギの悲鳴を聞かないために動物会話はOFFになっており、悲鳴を上げていることしかわからない。急いでONにする。

 オオバチと格闘をしていた場所は、意外に道から近かったらしい。声のした方に向かうとほどなく街道に出た。


『危なかったーーー』


 見ると荷車が道路わきのブッシュに突っ込んで止まっており、その横ではヒロが前屈みになって呻きながら荷車の下を覗き込んでいる。


『ヒロさん、大丈夫でしたか。どうされました』

『いや、走っていたらクロバニにぶつかりそうになってあわてて向きを変えたらブッシュに突っ込んだんだ』


 ヒロがそう言うのであわてて周囲を見渡すが、クロバニらしい動物は見当たらない。というより、結構街道に近いところにいたのにそんな危険そうな動物の気配はしなかったはずだ。


『えっ、クロバニはどっちに行きました?』

『うん? メグミが出てきた方から来て、あっちへ走って行ったぞ』


 そこまで言われたら、思い当たる動物は一つしかいない。


『あのう、クロバニと言うのは……』

『ん、言わなかったか? これくらいの大きさの黒い奴で……』


 ヒロは肩幅より少し広めに両手を広げて説明し始めた。


『で、耳と後足が少し長いですか』

『そうだよ、知ってるんじゃないか』

『あれなら森の中で見かけましたよ。どうしてあれにぶつかると危ないのですか』

『なんだ、メグミは帝国から来たんじゃないのか? いや、ルーチューからだとしても知ってるはずだが。グロバニは珍しいということで厳重に保護されていて、捕獲したり殺したりしてはいけないんだ』

『もし、捕まえたらどうなります』

『そうだな、良くて死刑、まぁ、大抵は手足を切り落として晒した挙句にサメの餌じゃないかな』


 メグミの背中を冷や汗が流れた。もし気付かずに食っていてそれがバレたら、部長の監視どころではない。


 ここアンビー国は平和に見えるが、帝国に併呑されてしまってしばらく経つ。帝国自体はまともに統治しようとしているのかもしれないが、アンビーに派遣されてくる役人は辺境地に左遷されたとでも思っているのかやりたい放題で、クロバニを毛皮や肉を得る目的で狩りまくっていたらしい。そこでアンビーではクロバニを保護する法律を厳重に適用し、好き勝手していた役人たちの排除を謀ったのである。法律違反と言うことであれば、法治国家を標榜する帝国は役人を処分されても文句は言えないという仕組みだ。そういった法律であるから地元民だからと言って容赦される訳もなく、もし車ではねてしまったら厳罰が待っている。いきおい、慎重な運転にもなろうと言うものなのだ。


 オオバチが穴の中にいた話をすると、ヒロは一緒に見に来てくれた。バチ取り棒が穴の中に少し引き込まれていたが、すでに先にオオバチは付いていなかった。ヒロによればオオバチは巣穴に執着するので、この巣穴から出てどこかに行く可能性は低い。しかしナイフで掘るのは大変であり、明日オオバチを掘り出すのを一緒に手伝ってくれるというので今日はもう戻ることにした。


 荷車の駆動装置は2本のシリンダーに交互に圧縮空気を送り、それで回転力を得る仕組みになっているらしい。魔術によってその圧縮空気を送る魔晶石が量産されるようになって、随分と便利になったのだという。ブッシュでぶつけて止まったが点検の結果駆動装置に異常はなく、走るのに問題はなさそうだった。なお、こういった空気を扱う魔術は応用範囲が広く、断熱圧縮によって火をつけたり、逆に断熱膨張で温度を下げ、水を取り出すことなどに使われている。


 教会に帰ってみたら、部長が畑を耕していた。デスクワークしかしていなかったためか、鍬を振るう格好はへっぴり腰で全然様になっていない。メグミが笑いをこらえて見ていると、部長のすぐ後ろの草叢にバチがいるのが見えた。部長はバチに全く気付いていない。

「よしっ、そのまま後ろに足を出して咬まれてしまえ」


 ところが、そこに丁度通りかかった女の子がバチを見つけると、いきなりバチの尾を掴んだ。それに気づいた部長は「ひえぇぇぇ」とか情けない声を上げていたが、女の子はバチをずるずると曳きずって教会の中に持って行ってしまった。なんだあの子は、花輪さんが転生したのではあるまいな。


『ただ今戻りましたぁ』


 そう言ってメグミが教会に入っていくと、皆でさっきのバチを捌いていた。メグミは獲物も獲れずに戻ってきた罰ゲームかと思った。

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