神官
『まぁ、修行されたのですか。他にはどんな魔術をお使いになられるんですの』
メグミは魔術と言われて困った。適当に答えたので当然ながら魔術が何たるかも知らない。能力で言えば狙っている相手が映る瞳があるが、これはあまり人に言わない方が良いだろう。
『あー、そうですね、魔術とは少し違うと思いますが、神の姿を見ることでしょうか。この教会の神にも会ったことがあります』
そう言ってメグミは正面の一角カバを指差す。
『まぁ、神の姿は初代大神官様にしか見えなかったと言われていますわ。あなたは初代大神官様と同じ能力がおありなのですね』
神官の目の中のメグミがグッと大きくなった。
『いや、そんな大したことではありません。自分から会いに行けるわけでもありませんし。それより、この街の周辺のことを聞きたいのですが』
なにかヤバいフラグを立ててしまうとまずいので、メグミはあからさまに話題を変えた。薄い本にかかわる者として、メグミはコスプレをしたことがあるが、仲間からいつも男役を求められていた。恋愛対象の選択的には本人は至ってノーマルなのだが、レイヤーとして作り上げると男前なのである。そして、ここでは実際に男なのだ。
『そうですか? そう言えばまだお名前を伺っていませんでした。あ、私はイヲキと申します』
『メグミです、よろしくお願いします』
イヲキに聞いたところによると、メグミが最初にいた場所はユイの森と言い、ウケンから見て北東に当たる。北西にはユワンの森と言うのがあるらしい。どちらの森にもサンキースーやオオバチがいて、人間にとって危険なので懸賞金がかけられている。懸賞金がかけられているのはこの2種だけで、ヌーと呼ばれる大ネズミも農作物を荒らすので駆除対象だが、一般人には賞金は出ない。ウケンから北に車(ヒロが乗ってたもの、空気を圧縮する魔力を込めた魔結晶を組み込んだ装置で走る。一般的な乗り物らしい)で半日ほど行くと、ここアンビー国の王都ナンデがある。
少しびっくりしたのはそこからさらに北にある街の話である。王都ナンデの北にはカサリとタツゴウという2つの街があるのだが、ここは昔アコーギと言う1つの街だったらしい。しかしあるとき魔術の暴発で隕石が落下し、街のほとんどが消えてしまったという。アコーギのあった所には、今は大きな丸い穴だけが残っており、海沿いなので湾になっている。暴発とはいえ隕石を落とす魔術があることに驚く。
『そんな魔術があるのですか。暴発って、なにをしようとしたんですか』
『夏に大干ばつになり、氷を降らせようとしたと言われていますわ。でも、そんなに大がかりな魔術が行使できる魔術師がいるとも考えにくいですから、隕石の落下は偶々だったのかもしれませんね』
なるほど、魔術が存在するこちらの人にとっても、隕石を落とすような魔術は考えにくいらしい。メグミはユイとかユワンとかいう地名が湯井と湯椀あたりなのかと考え、もしかすると温泉でもあるのではないかと聞いてみた。
『あのう、このあたりに温泉や公衆浴場などと言うものはありませんか』
『はい、北に向かいスミヨウとホンチャにお風呂……公衆浴場があります。入浴するのなら、あまり遅くならないうちに入るのをお勧めします』
はて、温泉のだいご味は夜の露天風呂だろ? と思ったメグミはその理由を聞いてみた。
『えっ、そんなに早く閉まってしまうのですか』
『いえ、お風呂自体は遅くまで営業しているのですが……その、遅くなると、いろいろな人が入って来るらしいです』
『?』
そのとき、開いた扉の向こうから夕食ができたことを知らせる女性の声が届いた。
『メグミさん、よかったら食事をご一緒にどうですか?』
『いいのですか、何から何までありがとうございます』
台所の前は食堂になっており、神官か神官見習いなのかイヲキと同じような服を着た女性が2名、8歳~12歳くらいまでの子どもたちが6名と、それから部長がいた。メグミと部長以外は全員女性である。もしメグミが来なければ、女の園にエロ猿部長が一人という取り合わせになっていたわけで、危ないところだった。
「◎※★△▼γ☆□○」
「いただきます」
『今日の恵みをユニコーン様に感謝いたします』
ちなみに、いただきますと言ったのは部長である。こういうところでは妙に殊勝な態度を見せるから鬱陶しい。
献立は小魚のから揚げ、塩味のパスタっぽいもの、サラダ、小さな魚のすり身が入ったスープだった。子どもたちが何となく喜んでいたから、いつもより豪華な内容だったのかもしれない。
夕食をごちそうになったので、メグミが腹ごなしを兼ねて礼拝堂の掃除をしていたところイヲキが近づいてきた。もちろん、瞳にはメグミが大きく映っている。
『あの……』
『はい、何でしょう』
イヲキはもじもじと何か言おうとしていたが、
『いえ、何でもありません、失礼しました。お掃除ありがとうございます』
そう言って扉から寝室に向かった。礼拝堂を通らずに部長が眠る部屋と行き来できないことは確認済みである。
イヲキの顔が赤かったので、もしかしたらメグミを誘いに来たのかもしれない。しかし、一応今日会ったばかりなので自重したのだろうか。鈍感な男ならともかく、メグミはたまたま男なだけで本来女性心理がわかるわけである。雰囲気や動作から、そのように判断した。この世界では、別に神官に結婚の制限はない。
自分も遺伝子を残すわけにいかないと考えればイヲキとあまり親密になるのは危ないが、考えてみればこちらに惚れさせておくことで、元々低いであろう部長に靡く可能性がさらに低くなるのでなないだろうか。メグミはそんなことを考えていた。
部長に子どもを作らせないためとはいえ、随分と鬼畜な考え方である。
「ピンクのユニコーン様、言葉くらいなんとかしてください。あと、サンキースーを捕まえる手段をください」
こちらの世界で眠るのは初めてだが、メグミは相変わらず祈っていた。辛うじてなんとか会話が成立するとはいえ、書いてある字がさっぱり判らないのは不便だし、このままでは金を稼ぐ手段が思いつかない。
「汝、一角カバなどと申しているが、せめて一角サイくらいにならぬか」
「はあ? 一角サイじゃあサイそのものじゃない。一角カバで十分、というか、その方が分かりやすいでしょ。つべこべ言うと礼拝堂の像を紫色に塗るわよ」
「彼の男もろとも元の世界に戻しても良いのだな」
「紫の伝道者を増やしたいのならどうぞ?」
望む神に会える能力が、最大のチートだとメグミは気付いていない。