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ウケンの街

『ありがとう。で、その(じじ)ぃどうする?』

『そうだな、とりあえず教会に連れて行くか。神官さんならアンタと同じように考えだけで話せるからなんとかなるかもしれん。まぁ、アンタでも爺さんの言葉は分からないみたいだからダメかもしれんが、他に何とかなりそうなあてはないしな』


 口パクで頭に話しかけても驚かなかったのは同じことができる人を知っていたからなのね。ごめんね、実は言葉わかってたんだけど。


 さて、メグミが監視を放り出してさっさと降りたのには訳がある。単純にトイレに行きたかったのだ。ウケンの街には公衆トイレがあり、その場所は道行く人に教えてもらった。神官さんとやらも可能と聞いて頭に話しかけるのに躊躇すらしていない。やりたい放題である。


「ううっ、なんか持つの嫌だなぁ」


 トイレに入ってメグミは逡巡していた。なにしろ、こんなものを手に持ってするのは初めてなのだ。見たことや触ったことがないわけではないが、たかが小をするのにこれをつまんで引っ張り出さなくてはならないのに抵抗がある。

 結局、大用の個室で用を足すことにした。個室でしゃがみこんでホッとしていると、異世界に来る直前を思い出し、南部君は決済をどうしたのだろうと余計なことを考える。出すのに持つ必要はなかったが、液体が体内を通って行くという初めての新鮮な感覚にちょっと感動したと言っておこう。


 文字通り用を済ませ、メグミも教会に向かうことにした。だいぶ弱っていたので大丈夫だとは思うが、なにしろ袋をかぶっただけで下は裸であり、袋を捲り上げるだけですぐに使用可能なのだ。名うてのセクハラ部長なのだから用心に越したことはない。


 教会に行く前に食事がてらどこかの屋台で情報収集しようとして、メグミは大変なことに気が付いた。そう、当然のことながらメグミは金を持っていないのである。情報収集どころか、食事をすることも、宿に泊まることも現状では不可能である。


「これは真剣に教会に泣きつかねばならんな」


メグミはまたも道行く人に場所を尋ねると、教会へ急いだ。


 教会に着いてみると、入口の所で神官らしい人と部長が話をしていた。話ができているということは、神官は部長の言葉が理解できているのである。周りにいる人々は不思議そうにしているから、どちらの言葉もわかっていないのだろう。二人を見たメグミは慌てた。


「うおおっ、やべえっ」


 神官はメグミから見てもすごい美人であり、機能ONで部長を見ると、その瞳には神官がばっちり映っていた。


「あんのエロ猿めええっ」


 今になって考えてみれば、あのサンキースーの群れにタマだけ齧ってと頼めばよかったかもしれない。自分がサンキースーだったら、絶対に断るが。



「いやぁ、助かりました。どうしようかと思ったよ、えへへ」


 部長はそんなことを言いながらにやけていやがる。メグミに向けて話そうとしているわけではないので神官の言っていることは分からないが、話の流れから衣食住の少なくとも一部は確保したらしい。最後にやけていたので、教会に住めることになったのかもしれない。メグミは部長が神官に襲いかからないように、なおかつ自分も雨風をしのぐことができるように交渉することにした。


 教会の入り口でノックをすると、期待通り神官が出てきた。もし出てきてくれなかったら、部長が良からぬ行為に及ばないように、問答無用で乗り込まなければならないところだった。


『あのう、こちらに出てきたばかりで持ち合わせがなく困っています。こちらの庭ででも夜を過ごさせていただけませんか』


 いきなりやってきた部長を中に入れてくれるぐらいだから、困っていると言えば無下に追い払うようなことはしないだろうという作戦である。直接頭に話しかけたためか神官は一瞬ぴくっと驚いたようだが、さっきの部長で慣れたのか返事を返してくれた。


『まあ、それはお困りでしょう。あいにくもう一方(ひとかた)お泊りになる方がいてお布団がありませんが、玄関横のソファで良ければお使いください』


 むぅ、あんなやつに布団を使わせることはないのに。しかし、そう言ってしまうと知り合いだとバレるかもしれない。バレて、知り合いならと部長と同衾することにでもなれば最悪だ。メグミはありがたくその申し出を受けた。


『ありがとうございます。何日かお世話になるかもしれませんが宜しくお願いします』


 そう言いつつ教会内部に入らせてもらい、素早く中を観察する。礼拝堂に相当するのか広い部屋があり、奥に続くであろう扉が3つある。1つは開いていて台所につながっているのが見えるから、残り2つのどちらかが部長のいる部屋に行く扉のはずだ。神官の部屋が独立した場所なら、玄関横にいれば部長を牽制することができるだろう。


 驚いたのは、礼拝堂の正面である。ご神体にあたるものだと思うのだが、なんとおでこに角の生えたカバなのである。いや、カバと言い切ることもできないか、一応見たばかりのピンク色の神の形をしている。ここではあの神が信仰の対象なのだろう。しかし、あの神は自分でも言っていたが不可視のはず。誰がどうやって見たというのか。それともこの世界には姿を現したことがあるのだろうか。


「今晩、苦情ついでに聞いてみっか」


 チートなし、金なしで送り込みやがって。メグミは少々苦情を言いたかった。バチやサンキースーを捕えて賞金を稼ごうと思っているが、考えてみれば捕まえるための武器や道具さえ持っていないのである。武器を買うためには金が必要で、金を得るためにはこの場合武器が必要なのである。一体どうしろというのか。


 そんなことを考えながら正面の一角カバ(ユニコーン)を見ていると、神官が近づいてきた。


『あなたも、誰とでも会話がおできになるのですね』

『ええ、昔に少し修行したことがありまして』


 そう言いながら、神官を見たメグミはギョッとなった。神官の瞳に見たことがないそこそこのイケメンが映っていたのである。周囲には誰もいないはず。ということは、このイケメンはメグミ自身なのか。


 そういえば、こちらに来てから鏡なんか見ることがなかったから、メグミは今の自分がどんな顔か知らないのである。


 神官さんは、さらに距離を詰めてきた。

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