部長の最期
バルート周辺の調査が何とか終了した。
いつ移動するかわからないため先に拠点を作っておくわけにはいかないが、往復と交渉に3日かかるので立春休暇が終わったら1日単位の休暇では何もできない。あとに付いて行ってぶっつけ本番で行動するしかない。
だが、「いつ、バルートに行くつもりか」とか聞きまくっていたらまるっきりストーカーである。正直に教えて貰える保証はない。
菓子屋の常連に交じって、「いつものお菓子が話べられなくなるのは寂しい」という話の中で状況を聞く。
どうやら清明の頃には、バルートに移るらしいということが判明した。
(清明、清明っていつごろだっけ。啓蟄、春分、その次か?)
春分になって移動する日が近づいたはずだが、詳しい日程など不明なままである。
自走車で追うとして、腕輪を付けたままではまた検問に引っかかったら時間を取られるだろうし面倒だ。しかし、奴隷街を出るには税金を払っている身元引受人が必要になる。
実はメグミの場合、年金を貰っているということは税金を天引きされているので自分が身元引受人になることが可能であり、すぐ手続きできるのだがそんなことは知らない。
菓子屋の爺さんに続いてメグミも奴隷街を出ようとしているなどと噂になっても困ることになる。本来、自分の収入で奴隷街を出られるなどと言う事態はそうそう起こらないのである。
メグミが何をしようとしているかわかってしまうと、無理にでもついて行こうとする者が出るかも知れない。1年分の年金で自走車が買えると言うのは、日本で言うと高級外車が買えるほどの年収に相当する。
そろそろ清明なのではないかと言う頃、奴隷街の中で食料を買い込むのは行動がばれる危険性が高くなると判断したメグミは、休日にがっつり食糧の買い出しに出かけた。
買ったはいいが食料であることが判ると持って行かれてしまうかもしれないと考えて古着なんかでくるんで偽装していたところ、雨が降って来た。
慌てて自走車に仕舞い込み、自分が乗り込むところを確保したあと濡れてしまった分を使ってそのまま夕食を作っていたら暗くなってきた。
慌てるとロクなことが無い。メグミは急いで奴隷街に戻ったが、結果的に門限を破ってしまうことになり自動的に腕輪を無くしてしまった。これで奴隷ではなくなって晴れて一般人、他の奴隷だったら明日から食べるのに困るところだが、いろいろ持っているメグミは何も困らない、結果オーライである。
メグミが2日ほど野宿をしていると、朝早くから見覚えのある夫婦が乗った馬車が奴隷街から出て行くのに出会った。向こうで菓子を作る調理道具とか子ども関係の荷物が結構あるので馬車で行くことにしたらしい。
赤ん坊も乗っているので馬車は時速10kmくらいのものだ。結構朝早くに出たのでこの調子だとバルートまでは2日というところか。立春休暇の時と違って道が空いているから、ゆっくり付いて行けば十分だろう。
メグミも1日目は問題なくついて行けた。さすがに野宿3日連続は嫌だったので宿を取り、湯を貰って頭を洗った。
だが、自走車の性能を過信して馬車に合わせた低速で移動していたのが良くなかったようだ。予定外のところでガクンとスピードが落ち、シリンダー交換が必要になってしまった。
目的地がわかっているのだからと余裕で先行していたのだが、スピードの落ちた原因がシリンダーなのか、すなわちシリンダー交換だけで何とかなるのか、他の部品に異常をきたしたのか確認していたら、交換をしている間に追い抜かれた。
さて、結構遅れたかとメグミが気合を入れて追いかけていたら、警戒車両が反対方向に走って行くのに遭遇した。
何も悪いことはしていなくても、警戒車両を見ると緊張するのはどこでも同じである。
例の耕作放棄地の近くでようやく追いついてみると、馬車の様子がおかしい。武装集団に取り囲まれている。
馬車と言うことで商人の荷だとでも思っているのか。連中も、警戒車両が通り過ぎたら次は暫くやって来ないことが判っているらしく、なかなか考えて行動している。
(うわー、盗賊って奴だよ。国境近くはやっぱり物騒だな)
メグミは葛藤している。馬車と言っても商人ではなく家族の引っ越しなので、集団で襲って利になるものはほとんど載っていないが、集団側はそんなことわかっていない。放置すれば部長を片付けてくれる可能性が高いのだが、馬車にはコハク夫婦と赤ん坊が乗っているのだ。部長がくたばるのは大歓迎だが、赤ん坊が犠牲になるのはしのびない。
メグミは助けられるものならば助けることにした。
かと言って、メグミに戦闘力などない。今から自走車で追いかければ、通り過ぎたばかりの警戒車両にすぐ追いつくであろう。Uターンして知らせに行こうとしたら、部長が立ちあがって両手を広げ、武装集団を阻止しようとしているのが見えた。
「キミたち、止めろー」
通じっこない言葉で叫んでいるのを聞きながら、メグミは警戒車両を追いかけた。
警戒すべき地域であることを知っていたらしく、ゆっくり走っていた警戒車両に、メグミは5分ほどで追いついた。
通り過ぎたばかりの場所で盗賊が出たことを知らせると、警部兵たちを乗せた警戒車両は急行して行った。
メグミが現場に戻ってみると、盗賊集団は一部が捕縛され、残りは散り散りにいなくなっていた。武装していても素人集団だったらしい。
そして、部長が倒れていた。腹が赤く染まっている。
『お義父さん、しっかりしてください、田舎でのんびりお菓子を作って過ごすんでしょう?』
コハクが必至な様子で話しかけている。その後ろでは旦那が赤ん坊を抱きかかえてオロオロとしている。家族は無事だったようだ。
部長の様子を確認しようとメグミが近づいて行くと、それに気づいた部長が声を絞り出すように、
「野澤くん、後を頼んだよ」
と言ったかと思うと、ぐにゃりと力が抜け、コハクの呼びかけに反応しなくなった。
え、ばれていた? 遺伝子は弄っていないらしいから男顔になっただけで面影があったのか、あるいはまぁくたばる寸前の意識の混濁によるものだろう。今更どうでもいいことだ、後を頼まれても知らんわ。
メグミはそう思ったが、考えてみれば収入の当てが無くなったことでこの家族はどうなるのか。メグミが一角カバ《ユニコーン》に余計なことを頼まなければ、巻き込まれなかった事態なのである。仕方がない、菓子の作り方だけ教えておくか。街に出店準備していたはずだからな
メニューは何にするかな。原料が調達しやすくて味が良く、こちらで作れてなるべくなら模倣しにくいもの。
たこ焼きは模倣されにくいが専用の鉄板が必要だし、お好み焼きは原料が判れば簡単に作れてしまう。そうなると、腕の違いがモロに出てしまうのだ。コハクはともかく、旦那にそんな腕はあるまい。やはり、何種類かの菓子の製法を伝えておくのが良いだろう。
『バルートに出店の準備をされていたのでしょう? なんか頼まれたみたいなんで私が爺さんの代わりに製法を伝えます』
メグミは夫婦に、そう伝えた。
「ユニコーン様、お菓子の作り方を伝えるくらい問題ないよね。伝え終わるまで戻らないんで宜しく」
メグミは半年かけて、コハク夫婦に菓子作りを教え込んだ。教え込むと言っても季節の原料を見ながら、饅頭や水羊羹、おはぎなんかの作り方とポイントを伝えただけだが。
夫婦からは『なぜあなたが出展されないのですか』と聞かれたが、アンビーに帰るつもりなので、とごまかしておいた。もちろん、帰るつもりなのはアンビーではない。
だいたいの商品がが形になって店が何とかなる目途が立ったところで、メグミはもう大丈夫だろうと判断した。
「じゃあ、戻ります。お元気で」
約束は果たしたので、また唐突に戻ることになるだろう。メグミはこちらの世界で出会った人々に思いを馳せた。メグミが異世界で生活するうえで協力してくれた人たち。
一角カバに頼めばまたこちらに送ってもらえるかもしれないが、時間が経過しないだけで相当疲れるのだ。土日に来る気にはならないから次にゆっくり来れるとしたら夏休み、早くてもこちらでの100年後なのだ。普通に考えれば、ヒロにも、ウシにも、イヲキにも会うことができないだろう。
ハンスラでは大砲の発明者として生没年不明のメグミの名が残るかもしれないが、軍事関係は機密事項として記録に残りにくいから消えてしまう可能性も高い。
DNAだけでなく、記憶や記録も残らないのようにできているかのようだ。
「100年後に残ってるとしたら部長の墓だけかな」
もし、夏休みにメグミが来たら、冗談で作ってみたバルート特産カプス饅頭が広まっていて驚くことになるのだが。
「異世界よ、さようなら」
バルートからは転移門による干渉の影響もなかったようで、メグミは無事に家に戻ってきた。
問題なく、家に戻ってきた。もし異常気象か何かでユウちゃんが困るといけないのでエアコンをつけっぱなしにしておいたので、部屋の中は20℃という快適な気温である。
明日5日にユウちゃんを梨奈に引き渡し、6日は1日のんびり過ごすことにしよう。7日からは会社だ。
もうセクハラもパワハラも心配しなくて良いのだ。




