出社日
5月2日、出社の日である。
部長の陰謀と言うか、現在も異世界で奴隷として振り回されているであろう部長が異世界に行く原因になった出勤である。
通勤電車が異様に空いていることと、会社のオフィスに他の社員がほぼいないことを除けばいつもの時刻通りの出勤である。
門からオフィスまで守衛さん以外の人に遭わないというのが孤独感を煽るが、形式的には平日の出勤である。
メグミは、2枚重ねられたタイムカードの後ろ側、5月用のカードを抜くと、刻印機に差し込んだ。
4月分が回収されていないので、5月分のタイムカ-ドを用意して以降、事務関係社員が出社していないことが判る。まさか、刻印機を管理しているのが部長だけで、だれもカードを更新できないということはあるまい。
「今どきID管理じゃなくてタイムカード方式っていうのもなんだかなぁ。このまま5時までばっくれてやろうか」
記録上、退社の刻印まではメグミは社内にいるのである。
しかし、夕方にもう一度戻って来ることを考えると、周辺の店舗が軒並み休業状態の現状では行きたいところもない。
メグミは結局、とりあえず社内には居ることにした。
「あーヒマだー」
大声で言ってみても、誰も返事しない。
基本来客は守衛所で用件を述べて各部署に連絡が入るので、今日は受付すらいないのだ。
メグミはすることがないので30分かけて来客用の煎茶を淹れ、20分ほどかけてそれを飲んでみたり、パソコンの画面上でトランプを並べてみたり爆弾を探してみたりした。
(そう言えば地雷女のネタとかあったなあ)
メグミは一角カバのところで言語チートを要求したときのことを思い出した。地雷女ネタとは高校の時に英語の教師が教えてくれたもので、
”Oh she is so cute. Isn’t ?” ”No, she’s mine”
というのがそれである。
これを、「やあ、彼女イカスね、だろ?」「おい、彼女は俺の女だぜ」
と訳すのでは、半分だけ正解というか、面白さが伝わっていないんだそうだ。後半は「やめとけ、彼女は地雷女だぜ」とも訳せるわけで、そこがジョークになっているのだが、
「文章を訳すときには話している人物の表情なんかも重要なんだよ」
と、その教師がしみじみ言っていたのを思い出す。言語を訳すのが、簡単に行かないのは確かだ。
体感時間5年前の一角カバとの会話を思い出すほど暇だ。
OS付属のゲームをやってみると、2つのことが分かる。一つ目は、こう言うゲームは暇な時にやるものではないということ。二つ目は、暇な時よりも忙しいときや仕事中にやった方が楽しいと云うことだ。
あまり派手にネットサーフィンもできない。
なにしろ、出社しているのは食品部でメグミだけなのだ。メグミがどんなサイトを見に行ったか履歴で全部ばれてしまう。部長のパソコンからならすでに18禁サイトを見まくっているのでどんなサイトに行ったとしても会社内ではそれほど問題にならないと思うが、部長のパソコンに指紋を付けると捜索願が出されたときに対外的に問題になりそうなのだ。
困ったのは昼ごはんである。
社員食堂は営業していない。
配達してくれるところも基本休業中である。一応オフィス街にある会社なので、GWの影響は大きい。
もちろん近所の食堂なんかも休業中だ。開けても客が見込めないのだから当然である。
メグミは弁当を作って来るべきだったかと今更ながら思ったが、異世界から帰って来たばかりで買い出しに行けるわけがない。久しぶりに風呂に入ってビールを飲むので精一杯だったのだ。
メグミは結局、商品の冷凍食品を営業部の冷凍庫から持ち出し、電子レンジにかけた。
GWが終わったら、社員割引で購入して冷凍庫に戻しておくつもりである。
「ひーまーだー」
独り言を言い始めるといろんな意味で危ないとも言うが、話す相手がいないのだから静かにしているのでなければ独り言を言うか、音楽プレーヤーでも鳴らすしかない。
メグミはいくつかのバリエーションこそあるが、朝から「暇だ」しか言っていないのだ。暇なうえに静かすぎる環境なんて気分が沈み込んでしまう。
本来これほど暇であれば、恨みを込めて部長の机にいろいろ悪戯しているところであるが、パソコンと同じく指紋を付けると厄介なことになる可能性があるのでそれもできない。
「そんなチート能力があれば苦労せんわあ、チッ、ベタベタベタベタくっつきやがってえぇぇぇ」
メグミは結局、午後は携帯でなろうにアクセスし、小説を読みふけることにしたのであった。なかなかに役に立つサイトである。
午後5時。退社の時刻である。
結局、仕事はなく、来客も、荷物すら来なかった。
「今日は何しに来たんだろう」
もちろん掛け捨ての保険と同じで、結果からだけ物事を論じるのは危険だが、それでも1日無為に過ごした当事者にとっては、出社の意味は大事なことである。
手ぶらで出社して手ぶらで退社するメグミを見た守衛さんに、
「今日は何しに来たの」
と言われるの及んで、メグミは
「自分でも何しに来たのかわかりません。来る意味はなかったと思いますが、基本的には部長の嫌がらせで出社させられたんでしょう」
と答えておいた。
形の上では潰されたのは1日だが、この1日のために連休の予定が台無しになったわけである。
このうらみ、はらさでおくべきか。
現在進行形で晴らしつつあると言えるのだが、まだ息の根は止めていない。さっさと確実に止めておきたいところである。。
勤務が終わったので、その部長がいる世界に戻る時が近づいた。
前回の移動と同じく、いきなりは困るのでタイムカード刻印後トイレを済ませ、個室を出る。
「何で、アンビーに出るんだよっ!」
格好は地球に戻る前と同じだが、持っていたはずの荷物と金がなくなっており、中途半端に無理ゲー仕様になっている。
さあ、これからケイジョーに戻らなくてはならない。
さっさとケイジョーに戻りたいが、このままナンデに行ったとしても乗船料がない。
乗船料を稼ぐにはオオバチなりサンキースーなりを捕るのが手っ取り早いが、捕るにはナイフやバチ取り棒も必要だし、ユイの森やユワンの森に行くにしても乗合車などの運賃が必要だ。
ウシを頼れば何とかなるかもしれないが、とりあえず自分で何とかしてみることにした。
動かなければなにもできない。まずは勝手知ったるユイの森に乗り込み、秋に生まれた小さ目のオオバチを見つけ、太めの木の枝でぶっ叩く。
「よっしゃー、銀貨3枚ゲット」
確かに、役所まで運ぶことができれば帝国銀貨3枚になるが、銀貨をゲットするために乗合に乗る金を持っていないのだ。
「スミヨウは遠いなぁ」
メグミはもう1頭昼までに追加してオオバチの首を2つ持ち、ヨタヨタとスミヨウに向かって歩き出した。首は石を叩きつけて捥ぎ取ったためぐちゃぐちゃになったが、首だけ持って行く方が楽なので仕方がない。胴体の方は今後のサンキースー狩りも視野に入れ、開けた所に放置した。
残念ながらヒロや他の知り合いには遭遇せず、スミヨウまでずっと歩いて行くことになった。
夕方にスミヨウに到着したメグミは、せっかくの銀貨を使ってナイフを入手し、風呂の仮眠室で夜を明かした。久々の半日歩き通し、風呂にでも入らないとやっていられないだろう。
8月11日、句読点修正




