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セクハラ

 戦争というのは、非生産的な行為である。


 それでも戦争するのは、損害を上回る獲得利益が見込まれるからだ。

国境を動かすと、領土が増減する。


 領土が増えた方は本来、生産力に応じて生産量が上昇するはずなのだ。

ところが今回の紛争で、移動した国境は往復して元に戻っただけ。


 その部分は基本荒野か森林で、生産物はほとんど何も得られなかった。両国は結果的に、労力を使っただけなのである。


 それでも兵に大量の被害でも出ていれば、賠償金という形で兵士を金に換えることはできるのだが、双方に被害が出ている上、量的にも大したことはない。


 そのため、ノルハンは冬になって例のごとく食糧不足に陥ったのである。このままでは、兵力の維持も難しい状況になり、これ以上消耗すれば帝国に呑み込まれかねない。そう言う判断でもって、停戦を持ちかけざるを得なかったのである。


 ハンスラ側も停戦を望んでいたのは同じだし帝国に近い分消耗すると危険なのだが、そこは政治的駆け引きと言う奴でノルハン側の事情も分かっている。条件交渉の結果、結局賠償金などの遣り取りはなく、国境線は紛争前と同じ、大砲の返却は求めないことでケリが付いた。


 大砲の返却については、変な細工でもされたら面倒だし、どうせ加熱で変形しているから再使用にはメンテナンスが必要だというメグミの意見が採りいれられたことを付け加えておく。


 隊内の身分は決して高くないが、意見が通る程度には製作者として認められている訳なのだ。


 メグミは何とか花粉が飛び交う前に、ケイジョーの奴隷街に戻って来ることができた。



 部長は再び菓子屋の厨房に、メグミは肉体労働中心の生活に戻った。

 2人を取り巻く状況は一見元通りだが、奴隷街を出た場合の生活基盤などは大きく変化していた。


 部長が奴隷街を脱出する可能性は一見変わっていない。

 だが、言葉を覚えて菓子屋で店員と話すようになっていた部長だが、帰ってからいつの間にか店員たちに避けられるようになっていた。


 何度も監視のために菓子を買いに行っていたメグミは、馴染の店員もできていたのでそれとなく何があったのか聞いてみた。


 何と言ってもこちらではメグミはイケメンであり、その気になれば店員と仲良くなるのなんか容易いことである。


 案の定、部長は言葉が通じるようになり、しかも店員がなんとなく自分をそう言う対象として見ているのをいいことに、例によってセクハラを始めたのだ。徴兵されていた間に残された店員の間にヒエラルキーが完成しており、疎外感でも感じてコミュニケーションをとったつもりだったのかもしれない。


 人間、本質と言うものはそうそう変わらないものらしい。


 事あるごとに下ネタを連発し、ふと気が付くとねっとりとした視線で見つめられている。視線が向いているのは、胸や腰である。


 しかも、自分に気があるのかと思えば他の女に同じように色目を使っている。


 いくら準優良物件でも、こんなことを繰り返されれば生理的嫌悪感が先に立つし、そうなってしまえば、積極的にどうこうしようとは思わないものである。


 それでも、店員が前と同じであれば、「またやってる」で済んだかもしれない。


 得る物がなかった戦争は、国を疲弊させる。ハンスラ国も同様で、税が上がった。


 そうすると当然、ぎりぎりの生活をしていた者の中には税を払えない者も出てくる。


 奴隷街にも、税の滞納による新しい奴隷の流入があった。その影響は部長のいる菓子屋でも、何人かの店員の交代となって表れていた。


 動物の群れに新しい個体が加わると、その群れの中の順位や生態的位置を確定させるまでそれを確認する行動が続いていく。


 菓子屋の店内では、見かけは男1人に残りは女というハーレム状態だが、実態は全く違っている。


 群れの実質的なボスに相当するお局様も存在したし、店員間の情報交換も部長の感知しないところで進められていた。


 早い話が、部長のセクハラは新人にもすぐにばれたうえ、それなりの技術を持った準優良物件であることは意味をなさなかったのである。



 避けられっぱなしであった日本との違いは、店員の覚悟であった。


 新人店員の中には、奴隷街行きということで、娼館行きを覚悟してきたものもいたわけだ。


 すでに菓子屋の店員という安全な仕事を得て保身を考えている従来組と異なり、娼館行きも選択肢にあった新人にとって、部長のセクハラなど生暖か(ぬる)いものである。


 その中に、コハクという女性がいた。彼女はそこそこ国境に近い村の出身で、今回の戦争で物資を徴収された上に税が免除されなかった村のために、奴隷街に来たのだ。


 本人は娼館行きも覚悟していたが、村の事情が斟酌されたか、あるいはその容姿の影響なのかは分からないが、菓子屋の店員となった。


 いくら部長でも、触ってくることはあっても直接的な行動に出ることはない。そんな部長のセクハラなど、彼女にとっては仕事の一部にすぎない。要するに、全く気にしないのである。


 調子に乗った部長は、行動をエスカレートさせていき、いつの間にかコハクはやられ役としてのセクハラ担当のようになっていた。


 だがメグミにとって幸いだったのは、単なる停戦中という緊張状態にある状況下で奴隷街を出るリスクを、彼女が正確に理解していたことである。


 部長はセクハラし放題。


 セクハラされたコハク本人はそれほど気にしていない。


 部長を避けた店員たちはせいぜい妙な視線で見られるだけ。


 菓子屋では問題が発生せず、メグミが相変わらず女から逃げ回っているだけという、そんな状況が1年以上続いた。メグミを追いかけていたフマル達の名誉のために補足しておくと、メグミの年金は奴隷街から出るリスクなど気にならないほどの額である。


 メグミの年金が出ないということは国が消滅しており、その時は奴隷街の中に居ようが外に居ようが関係ないのである。



 もうこちらに来て5年目の秋、日本では4月の30日のはずだ。


 5月2日に出勤することになっているので、家の様子を見てユウちゃんにご飯をあげたりすることを考えれば、来年つまり5月1日の間に戻った方が良いだろう。



「久しぶりだからお供えにピザでも持ってくか」


 そうは思ったものの、ハンスラの奴隷街でパイナップルが手に入るはずもない。アンビーとの間に定期航路があるので、港に行けばアンビー産のパイナップルが入荷しているかもしれないが、確実ではない。戦時下にそんな高級嗜好品が売れるはずもないのである。



「久しぶり~、ほいハムと黄桃のピザだよ」

「黄桃?」

「そ、パイナップルなかったんで。これでも苦労したんだよ」

「うむ、一旦戻るのであったな。いつ戻る?」

「え? 2日に間に合えばいいから1日に戻るよ」

「ぞれでは1日に子を成した場合、生まれるときに不在となるが」

「お供え齧りながら()なこと言うね、そう言う予定ないんだけど」

「不在では実際の相手が判らぬであろ」

「その前提は止めて。わかった、じゃあ5月1日のどこかでい・え・に・戻して」


 会社のトイレにでも戻されたら家に帰るのが大変だ。


「では、1日の夕刻に家に戻れば良いな」


「でも、2日の夕方まではいなきゃだから、あんまり早く戻ると部長(バカ)が心配なんだけど……って、人の話を聞けぇ」

一角カバ(ユニコーン)が「良いな」と言い終わったと思ったら、メグミは自分の部屋で寝ていた。

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