てっぱう
見張りと言っても国境歩哨と異なり、姿を晒して突っ立っているわけではない。トンネルの出口は見えるが隠れやすく、しかし追跡しやすいように造られた道の攻撃しやすい場所に、雨もしのげるような小屋が隠蔽されて設置されているのだ。
メグミはいまいち体調が完調とは言えない状況で、不審者の出現を待っている。
「来たぞっ」
午後になって、トンネルの奥に動く影が現れた。こちら側からトンネルに入った兵士はいないので、ノルハンの兵か間諜だろう。影の数は4つ。
人数を確認したところで伝令が走り、武装した兵士を呼びに行く。
ついに影はトンネルから外に出た。眼光が鋭そうなこと以外、そのあたりの農民と区別できない風貌は間諜であろうことを示している。
4人は、ぶらぶらしているような足取りで、道を麓に向かって歩き出した。
しばらく様子を見て後続がないのを確認し、メグミ達は彼らを見失わないように気を付けながら、離れて後を付いて行く。
山を3分の1周ほど巻いたところで、伝令を受けたであろう兵士が10名ほど、道を登って来るのが見えた。メグミ達は幾分足を速める。
ちょうど下から来た兵士が4人の前を塞ぐように取り囲もうと広がった時、突然、4人は2人ずつに分かれ、走り出した。
「気付かれたぞ、追えっ」
兵士たちが4人を追って走り出す。
メグミ達も追手に加わり、山を登る方に逃げた2人を追いかけた。メグミ達3人と兵士5人、計8人で2人を追いかけて行く。
メグミは追いかけている途中、どうも頭が重く、調子が悪いのを感じていた。
「ブアックション」
風邪でもひいたかなと思っても、追跡を止めるわけにいかない。
山をかなり登ったところで、下の方から
「ぐわーっ」「ぎゅおーっ」
という2つの声が聞こえてきたかと思うと、静かになった。
どうやら、下に逃げた2人は兵士たちに無力化されたようだ。
上の2人はその声が聞こえると、山の林の中に跳びこんで行った。
メグミ達も追跡しようとしたのだが
「ホわラハひゃイ、ブブワックショーン、ケホッ、ゲホッ!! グスッ」
何やら情けない声のクシャミのあと、思いっきり咳き込んだメグミは、しゃがみこんでしまった。
覚えのある感覚に山の上の方を見上げると、上の方は黄色く染まっていた。
「あの糞野郎ども、よりによって杉林に逃げ込むとは」
一角カバは染色体以外いじっていないと言っていたが、本当に体質はそのままだったようだ。
「あー、目がかゆい、鼻が詰まる、のどが変だ。畜生、やっと今年はシーズンが過ぎたと思ったのに」
確かに、日本ではもう4月も終わりである。花粉など飛んではいない。
他の兵士は唖然としている。はっきり言ってこの世界に花粉症はない。彼らには、それほど体調が悪くないように見えるメグミが尻込みしているようにしか見えないのである。
『どうした、我々も追跡するぞ』
『ゴメン、無理』
今はこれくらいで済んでいるが、花粉をバラ撒きまくっている杉林の中に突っ込むなんて冗談ではない。
『何を言っている、このままでは逃げられてしまう』
『いや、この林の中では目がかゆいわ、鼻水は出るわで動けない。逆に足手まといになると思う』
他の兵士とそんな遣り取りをしているうちに、バッカーンともズバーンとも聞こえる音が間諜が逃げて行った方向から響いてきた。
『聞いた感じ爆発音だけど、火薬あんの?』
『ああ、あれはおそらくてっぽうだな。中空の陶器の中に火薬を入れ、爆発させるものだ。
我々も火薬自体は作っているが、丈夫な容器ごと破裂させる威力はまだ出せないのだ』
火薬があっても、爆発力が不十分では只のしょぼい花火である。
「それなら爆弾は作れないのかぁ」
1960年ごろ、過激派と呼ばれた集団が表面に溝を切った鉄パイプに火薬を入れて手製の手榴弾風の爆弾を作ったことがあった。そのため同じ世代である部長は漠然とであっても作り方を知っており、もしこのとき誰かが聞けばハンスラでも爆弾が造られただろう。
しかし、取締りで過激派が壊滅した後の、製法が伝わらなかった世代であるメグミが爆弾の製造方法など知るわけがないのだ。
爆発音のあと、暫く誰も降りてこなかった。
下の2人を始末した兵士たちが上の2人が逃げた方に行き、倒れていた6人の中で辛うじて息があった兵士に状況を聞いた。その兵士の報告では、逃げた2人の片方は捕まえたのだが、そこでもう一人が爆弾を投げつけてきて、兵士と間諜がともに巻き込まれたということである。
結局、間諜は1人は木端微塵になって4人全員が死亡し、、追った兵士は3人が死に、残る2人も重傷を負った。
死んだ3人の中の1人はメグミがキボシコを分けた兵士である。
「どうせ巻き込まれるなら、部長が巻き込まれたらよかったのに」
そんなことを思うが、実際に戦争による死者というものに遭遇して、重い気分に包まれたのだった。
「人が死ぬというのは、こんなに気分が重いものなのか」
メグミは少し考え込んだ。
「簡単に部長くたばれと思っていたが、実際にくたばったら喜べるものではないかもしれんな」
次の日、メグミはあっさりと復活し、相変わらず部長がくたばることを願っていた。腹黒いとかひどい奴とかいう訳ではなく、寝ている間に仏様にでも会って安心できる話を聞くことができたのだろう。
メグミは黒色火薬があることを確認すると、武器の製造を上申していた。
上司とは、屋台の配置で話をして以来無駄口を叩ける仲である。
奴隷街に時刻を知らせる鐘があるのだから、鋳造技術は存在しているはずだ。それなら砲弾さえ作れれば、大砲を造ることができるのではないかと考えたのだ。
味方を殺めた間諜を送り込んだノルハン許すまじ、やられたらきっちりやり返すのは基本である。メグミも、大分こちらの世界の考え方に染まってきたようだ。
5節気ほど経ち、こちらでも杉の影響がなくなってきた頃、大砲が一応の完成を見て届けられた。形は台車の付いた細長い釣鐘のようで、底に導火線を通す穴が開いており、数は少ないが指定通りの大きさの砲弾付きである。
「さて、どこで試射するかな」
大砲の完成を待っている間、試射で杉林を薙ぎ払ってやろうと目論んでいたのだが、花粉の量が減って来ると、一山全部をハゲ山にするのはしのびない。
「飛ぶ距離がわからんのにいきなり実戦配備は意味がないしなぁ」
まずは、国境から山2つ離れた河原で発射実験をすることになった。
土で作った山に案山子が立てられ、砲弾を入れた大砲の照準を合わせて案山子に向けた。
「撃てーっ」
「どばーん」
砲弾はボトリと大砲のすぐ前に落ちた。火薬の量が足りなかったようだ。
『よしよし、初めてでうまくいく方が珍しい、そのための試射だからな』
火薬の量を増やし、砲手が導火線に火を付けてササッと土塁の影に逃げ込む。
「バッコーン」
今度は砲弾が見事に飛んで、案山子を山ごとなぎ倒した。
砲手はあんぐりと口を開けて大砲を見つめていた。威力は凄いが、砲身も砕け散っていた。今度は火薬の量が多すぎたようだ。




