コッスス
国境配備の兵士たちに、うどんを作ること2節気。
味は良いのでそれなりにファンが付き始めたころ、同時期に補充された他の兵士がまだ駐留しているのに部長は帰って行った。
これは、兵士にも偶にはおいしいものでも食わせないと士気が持続しないという考え方から、まともな食事が調理できる人材を送ろうとした結果である。
そもそも、戦時下の国で調理に従事している人材というのはほとんどが女性である。のんびり食事を作っている男がいれば、あっという間に戦場に送られてしまうだろう。
基本的に、戦場に女性が送られるというのは、目的が限られる。食事を作りに行ってほしいと言われて、言葉通りに受け取る者などいるわけがないのである。
それでも、飲食店従事者を対象に募集を書けて見たら、約1名が引っかかったのである。それも都合が良いことに、男が。
何か流行の菓子店の看板メニューの作成者らしかったが、戦地では食糧倉庫がやられて一刻も早くまともな食料が食えるのを待っている。
そんな訳で、部長は国境まで来ていたのだ。別に、兵士として来ていたわけではない。
大体あんな爺さんを兵士に混ぜてしまったら、ハンスラでは兵士が足りなくなっていると思われてノルハン側を勢いづかせてしまうだろう。
部長が戻ってさらに1節気、まだ一番寒い季節は続いている。
メグミが歩哨に立つ国境周辺は何もない荒野で雪すら積もっており、数km離れていても動きがわかる。
どちら側も、昼間から動く気はないのだ。
夜は夜で、手が悴んでしまい、できることは少ない。闇に紛れてとかいうが、紛れることだけできても他のことができなければ戦場では意味がないのである。
従って、冬の間にノルハンの食糧事情がさらに悪くなっているはずであっても、衝突は極めて起りにくい。
もし、この状況で衝突が起こるようなら、ノルハンは余程切羽詰っているということになるだろう。そんな動きがない中で突っ立っているのだから、昼間であっても歩哨は辛い。
歩哨の人数がまだ増員されたままであるのを幸い、メグミは少々林の中に行くことにした。おやつ探しである。他のメンバーはメグミのおやつ探しの腕を知っているので、快く送り出してくれた。
林に入って、しばらく奥に進む。国境に近い場所は兵士が見回り中ちょっと用を足すのに使っており、そんな場所のものを積極的におやつにしたくはない。当然メグミも小・大とも経験がある。もはや男の体? それがどうしたの、状態だ。
少し奥に入ったあたりで切り株を探す。見通しが良く、なおかつ国境を越えられてしまった時に真っ直ぐ進軍できない程度に木を残し、薪にするために伐採しているのだ。
カワラタケなどのキノコが少し生えているような切り株を見つけると、剣で叩き割る。運が良ければ、ソーセージが入っている。
支給された剣をそんな風に使っているのが見つかったら懲戒ものだろうが、欠けさせたり折ったりしなければ、まぁ黙認である。
メグミは、切り株の種類や生えているキノコの状態から、ほぼ確実にキボシコが入っているのを見分けられるようになっていた。
菓子店の流行メニューを作っている部長と比べて、なんと無駄な能力だろうか。
手ごろな切り株があったので割ってみると、いつものキボシコ(当然生)が出てきた。1頭は少し小さいが、切り株の中の様子を見ると、歩哨全員に行きわたる分は入っていそうだ。
切り株と格闘していたメグミがふと横を見ると、立木の幹に穴が開いており、糸のような物で閉じられている。キボシコが入っている感じではないが、何が入っているのだろうとガシガシとぶっ叩いていると、ボロッと木の中に入っていた物体が落っこちた。
疎らに毛が生えたワインのような紫色のイモムシである。
「あちゃー、こんな細い木にもいるのか」
メグミはコッススを手に入れた。
本人の心情的には「手に入れてしまった」である。
いっそ捨ててしまおうかとも考えたが、メグミはポーカーフェイスができないためフマルに聞かれたら顔に出てしまうだろう。それぐらいなら、無節操神にあげた方が役に立つと言うものである。
コッススを仕舞い、無事にキボシコも採集したメグミは歩哨に戻り、6頭を3人で2匹ずつ分けた。
『人生にかかわるような事態の果てに採集したキボシコなんだから心して食ってくれ』
『?』
死亡フラグに直結しかねない結婚を現実的なものにする幼虫なのだが、もちろん、他の2人は全く意味が分かっていない。
二人はそのまま食ってしまったが、メグミはさすがに加熱して食べようと、コッススと同じポーチに仕舞い込んだのだった。
「神様、フマルさんが変な男に引っかかって不幸な目に会わないようにしてください」
どうも、怒っていたり男女関係に関する願い事をすると、例の不埒神のところに来れるようだ。メグミは狙い通り、コッススを持って来ることができた。
これを直接渡してしまえば、不埒神に贈り物をしたと見做され嫉妬妻にひどい目にあわされる可能性が高い。
「これ、懲りずにまだヤってる旦那が欲しがっていたコッススです。あなたから差し上げて下さい」
浮気者神がコッススを欲しがっていたのは事実であり、メグミが持って来たのも正しくコッススである。メグミに騙そうなどという意図はない。女神は
「あら、気が利くわね。ではこれは私から渡しておきます」
「はい、宜しくお願いします」
女からの貢ぎ物がどうのと問題になっても鬱陶しいので、メグミはさっさと辞することにした。あんなものを喰う神の気が知れないし、まずかったと文句を言われてもつまらない。
理由は違うがさっさと退散して正解であった。このあとイメージしていたコッススと違う、しかし善意の贈り物のクソまずいコッススを食べさせられて、不埒神は暴れまわったのである。もしメグミが次の日にもう一度来ていたら、周囲の景色が変わってしまうほどの惨状に驚いたに違いない。
三寒四温というのか、少しは暖かい日も存在するようになってきた。だが、冬の終わりというのはもっとも食糧が少なくなる時期でもある。
ただでさえ食糧の少なかったノルハン国では、かなり厳しい状況になり、食糧事情が限界を越えつつあるらしい。国境線から見える兵士の数が目立って増え、攻撃用とみられる投石器を移動させるなど、不穏な動きも目立つようになってきた。
『警戒の段階を引き上げるらしい』
訓練中に、そんな話が伝わってくるようになった。流言飛語を広めると厳罰に処せられる軍の中でうわさが広まるということは、それが真実であると云う事である。
メグミは存在が判明している地下トンネル出口の見張り担当になった。




