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うどん屋

 その夜は結局、部長を見つけることはできなかった。消えたのか、引っ越したのか、それが問題である。メグミは消えていれば良いのだがと思いながらお祈りをする。


「ユニコーン様、部長は消してもらえましたか」



「干渉はできぬと申したはず。隅々までよく探したのか」

「それって、移動したってこと?」

「さよう、働いていたのは汝だけではないぞ」

「で、どこ探せばいいの」

「歩いていればそのうち見つかるであろう」


 監視の必要性を知る神がこの態度なら、切迫した緊急性はないようだ。


「あっそ、じゃね」


 だんだん神の扱いがぞんざいになってきている。日常的に神の存在を意識しない環境にいるとこうなって行くのだろうか。



 翌朝、部長の家を強襲するも、なんともぬけの殻である。

本当に引っ越してしまったらしい。


 近所の人に聞くと、食堂の近くにいるはずだという。


 仕方がない、食堂の近くをじっくり探すしかないか。そう思って昼食を食べに来たメグミは、食堂近くの甘味屋に行列を見つけた。


 おや、人気の新作でも出たのかと思って中を覗き込んだメグミは愕然とした。


 そこには部長がいた。


 大勢の女性に囲まれて。


 これは非常事態だ。状況をまとめようとするが、頭が追い付いていかない。メグミが途方に暮れていると、


『あっ、メグミ。帰ってらしたんですね、久しぶりです』


 そう言って、後ろから抱きつかれた。この背中に押し当てられる柔らかな感触は……、さらなる混乱がやって来た。


『やぁ、フマルさん、お久しぶりです』

『いやだ、そんな他人みたいな言い方。向こうはどうだった、コッススは捕まえたの?』

『いえ、まだ捕まえていません、それに今回は立春休暇ですから、すぐに戻らなくてはなりません』

『あら、じゃあ今晩はうちにいらっしゃいな』


 コッススがまだ捕まっていないと言ったばかりなので大丈夫だと思いたいが、そんな欲望でぎらついた眼で言われても信用できない。


『そんなことよりフマルさん、この行列のお菓子について聞きたいのですが』


 フマルさん渾身の「うちにおいで」をそんなこと扱いである。


『なーに?』


 それでも質問に答えようとするあたり、いい人だ。


『これはどういったお菓子で、あのおっさんは何なんですか』

『ああ、うどんオジさんね。うどん作りが上手で、新しいお菓子も作って見せたらしいわよ』


 この菓子屋、元は食堂だった。うどんの様な一度にたくさん作りにくいものは配給で出されないため、嗜好品扱いで別に麺類の店があった所なのである。


 製麺機に頼らない麺類の作り方というのは、実はすごく職人の腕の差が出やすい部分なのだ。たまの贅沢とでも思ったか、うどんを食べに来た部長はあまりの製麺技術のひどさに厨房に乗り込み、うどんを作って見せたのだ。


 そしてその腕の良さが認められ、厨房で働くことになったらしい。そりゃあ何十年も和菓子を作っていたら粉の扱いと整形には慣れるだろう。その上で、余った粉と芋を使って練り切りのようなお菓子を作り、賄のお茶うけに出したところ、これが大好評。試しに販売してみたところ大評判となって本来の麺類の売り上げを大きく上回り、ついにお菓子の専門店になってしまったものである。


「うーん、先に部長がお料理チートSUGEEEをやるとは思わなかった」


 確かに、砂糖を使わない和菓子などの知識と技術はそれなりの物を持っているはずだ。


『なんか、奴隷街を出てケイジョーに店を出すかって話もあるみたい』

『な、なんだって』


 それはまずい、部長が奴隷街を出る手段などないと思っていたからこそ、メグミは奴隷街の外に拠点を作るのを諦めて奴隷街入りしたのだ。だが、部長がオーナーというわけにはいかないものの、店長という形でケイジョーに店を持つことはできるのである。


 これはまずいことになった……。


 メグミは、もう一つ厄介なことに気付いてしまった。なんと、部長が職場、すなわち菓子屋の作業所で同僚である女性たちと話をしているのである。

 これは、部長がハンスラの言葉を覚え始めたことを意味する。


 言葉を覚えたところで、セクハラにしか使わないだろうが。


 それでも、メグミがなんらかの対応を取ろうと考える前に、立春休暇は終わってしまった。


 国境警備に戻らなければならない。



『頑張ってコッスス捕まえてきてね』

 とフマルに見送られ、メグミは国境警備に戻って行った。



『はぁ? 何でまた』


 宿舎に戻ったメグミを待っていたのは、さらにややこしい事態だった。


 度重なる挑発が功を奏したか、ノルハン側から食糧庫に対して投石器による襲撃があり、緊張が高まっているという。


 ノルハンでは食糧事情が深刻で、毎年冬になると小競合いが起こるのはいつものことなのだが、今年は風水害がひどかったらしく、かなり攻撃的になっているとのことだ。


 メグミは、ハンスラに来るときに、台風のような嵐に巻き込まれたのを思い出した。見回りの時に国境から見える範囲では、ノルハンに治水や治山を積極的に進めようという気配は感じられなかった。災害が多かったとすると、国として必死にもなるだろう。


 緊張状態を受けて、今まで2人での巡回だったものが3人組になり、1日3回の巡回が4回になった。


 しかも食糧庫の屋根に穴が開いて雨が入り、食事の量と質が落ちている。


 国境の柵の向こう側には所々でノルハンの兵士たちが集団で集まっている。


 ハンスラ側と比べ、ノルハン側の挑発はずっと直接的だ。


 見回りが増えて訓練の時間が減ったり、負担が増えて士気が落ちたりしないように、兵の補充が行われることになった。補充が来るはずの日、メグミ達が訓練していると


「何だよ、奴隷街の外に出られるって言うから申請したのに、どこだここ」

 という部長の声が聞こえてきた。


 どうやら、奴隷街の外に出られる仕事に志願したところ、戦場に連れて来られてしまったようだ。どうせ判り始めた言葉を勝手に判断して、適当に申請したのだろう。


 部長は、兵としてではなく、兵に配給するうどんを出す屋台の責任者として連れて来られたらしい。男しか受け取りに来ないのでつまらなそうにしてブツブツ文句を言っているが、それでも屋台でせっせとうどんを作って配っている。


 メグミは部長が流れ弾に当たる可能性が高くならないかと

『もう少し国境近くで配布した方がうどんの匂いが漂って挑発になるのではないですか』

 と上申してみたが、


『攻撃を受けて屋台が破壊されたら士気が下がる』

 という理由で却下されてしまった。

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