国境警備
メグミは兵に志願することになってしまった。
そりゃあ、捕まえる使命があるのはノルハンの奴かと聞かれ、それを否定しなかったらそのまま受け取られても仕方がない。
もうすぐ冬だというのに、他の数名の志願者と、数合わせらしい奴隷街の顔見知り数名と共に戦争状態にあるという緊張まっただ中のハンスラ‐ノルハン国境に送られた。
当然メグミは戦争なんて行ったこともないし、軍隊に参加したこともない。
メグミは「はじめてのぐんたい」であるうえ、良く考えたら「帰ったら結婚する」ことになっているのではないかと思うと不安でいっぱいである。主にフラグ的な意味で。
「ここがお前たちの兵舎だ」
そう言って案内された兵舎は、国境まで楽に歩いて行ける程度の場所にあった。
国境自体は何もない荒れ地に立てられた柵で、乗り越えられないようになのか先が尖っており、ところどころ補修の跡がある。荒れ地の両側に疎らな林があって、その林が切れたあたりにあるのがメグミ達がいる兵舎だ。
投石器なんかがあっても攻撃は届かないだろうが、見回りは簡単にできるように作られたものらしい。
ここを拠点にしばらく、およそ8節気の間滞在することになる。
ただし、戦争中の徴兵と言っても、「仲良しではないですよ」というべき状態であるだけで、実際に戦闘中というわけではない。
そのため主な業務は見回り(索敵)と訓練、兵舎と物見やぐらの整備、それから影の任務、挑発である
まず索敵だが、昔は国境を乗り越えて来る敵兵も多かったらしいが、最近は落ち着いたもので、交戦状態はここ何年も発生していない。
もっとも、眼に見える場所で国境を越えてくるとは限らず、近くの山中には地下から侵入できるトンネルがある。
なぜ存在がわかっているのに埋めてしまわないのか聞いたら、「放っておいたらバレてないと思ってそこから来るので対処が楽」なんだそうである。
戦闘を行っていた当時、間諜を送り込むのに使われたらしく中の広さがそれほどでもない。そんなトンネルだから中から大軍が出てくる心配もなく、兵士が出てきたらすぐ叩けるようになっているらしい。
訓練はそのまま、戦闘訓練である。
訓練の日は朝から体力作り、体力作り、そして体力作り。中身はランニングと棒登り、或いは腕立て伏せで、剣を振ったりはしない。せいぜい弓の練習だ。剣を振ったら相手に届くような近接戦闘になれば、最後にものを言うのは体力だそうである。
他に、斜面で整地からのテント設営、塹壕作りなんて言うのもある。早い話が穴掘りだ。魔術でパッとできるのかと思ったが、土はまとまって動いてくれないので人力作業でやる他なく、作業に苦労しっぱなしだ。
水はまとめて飛ばせるし、溝を掘ればそこを流れていくが、土は投げたらばらけるし、放っておくと全く動かない訳だから魔術で操れるはずがないと言われた。
魔術で対応できるのはせいぜい、残った土を圧縮空気で吹き飛ばすくらいである。
食事の用意も、担当兵士の役目である。一般的な材料から作成することもあれば、サバイバル訓練と称して野生動物を捕まえ、食料として調達することもある。もちろん、メグミは慣れっこで、ヌーに似た鼠がいたのでとっ捕まえて食材に回した。みんな料理してしまえば普通に食べるのだが、意外にネズミのうまさを知らない兵がいてびっくりした。
整備というのは、掃除と補修である。どんな使い方をしてきたのか、岩石を積み上げて作ったはずの壁が内側から壊れている箇所があった。メグミが蹴ったくらいではビクともしない壁である。一体どうやって壊したのだろう。
掃除はそもそもゴミがほとんど出ないし、ほぼ毎日誰かがやっているのであまりやることがない。補修も、戦闘中でなければ破損個所などそうそう発生しない。それでも手を動かしていなければサボっていると見做されるので、掃除が必要な場所や補修が必要な場所を見つけるのが大変である。
一度、掃除する場所がなければ作ればいいんだとばかりにごみを投げ捨てた兵士が見つかって懲罰房送りになった。メグミ達は、使われていない兵舎の地下に牢があるのを初めて知った。
業務の中でもっとも人気があるのは挑発任務である。なぜなら、この任務は豪華レーションを持って国境に行き、いかにもまずいので食べ飽きましたという表情で国境方向に捨ててくる任務だからである。
当たり前だが、名残惜しそうな顔をすれば無理をしているのがバレてしまうため、任務前日の夜はレーションが不味く感じるほどの豪華な食事を食べさせられる。この挑発任務を終えた兵士は口々に、この前日むりやり食事を食わされるのが大変辛い任務だと言う。
そんなことで騙されて辞退する奴がいる訳ないだろうが。
人気の割に、この任務はほぼ定期的かつ平等に回ってくる。同じ奴ばかりレーションを投げ捨てていたら、単に豪華な食事ができる一部の上級兵がそうやっているだけと思われてしまうからだ。
メグミ達は幸いノルハンと戦闘状態になることもなく、このような日常の繰り返しを過ごしていった。
特に大きな変化がないまま時が過ぎていき、立春休暇がもらえることに、つまりは新年になった。
いつのまにか年が明けたようだ。
休暇ということで、今まで詰めていた兵士は一旦ケイジョーに戻される。
メグミ達奴隷街の者は、奴隷街入り口の門のところまで車で輸送されたあと、何人かはそのままケイジョーの街に飲みに行くらしい。希望すればタダで乗せて行ってもらえる。さすが軍隊、太っ腹である。
メグミは呑みになど行かないで、まずは部長の確認のため奴隷街入口で降りた。
部長の家と周辺を見たがどこにいるかわからなかったので、一旦家に帰る。脱走していてくれれば野垂れ死にが待っているらしいので気にしないが、何らかの事情で転居でもしていたらどうしようかと不安になった。
夜になったのでさすがに部長も家に帰っているだろうと歩き出すと、門の方で何か騒いでいるのが聞こえてきた。
見ると門が閉まった内側と外側で何か揉めているようだ。何の騒ぎだろう。
『たのむ、入れてくれ』
『駄目だ、門限を過ぎている。入れるわけにはいかん』
休暇で帰ってきていきなり、門限破りが出てしまったようだ。
このまま入れてもらえないと、奴隷街の外には家もなく、おそらく金はほとんど飲み代に消えてしまっただろうから、新年早々、路頭に迷うことになる。
借金が増えたわけでもない単純な門限破りだから、家に残っている蓄えや今までの働きで殖えた賃金の技術料加算を捨てる覚悟があれば、教会に泣きついて新人奴隷として戻って来ることができる。
しかしその場合はまた最初から出直しということになってしまう。文字通り、酒で身を滅ぼしたわけだ。これだから酒は恐ろしい。




