4月25日
翌日の会社帰り、待ち合わせで駅に呼び出された。呼び出したのは花輪梨奈、学部以来の腐れ縁である。
「ありがとーっ、どうしようかと思ったわー」
「うん、キャンセルになったから丁度良かったかな」
梨奈は女だてらにユウちゃんと名付けたコーンスネークを飼っていて、なんか名前は某有名なカードゲームから取ったと言う。今回GWに彼氏の実家に行くことにしたので、いつも通り家族に旅行中の世話を頼もうと思ったらしい。しかし先日、青山さんと言う『師匠の友人』が飼っていた毒蛇に咬まれて亡くなったため、無毒の蛇なのに誰も世話を引き受けてくれなかったのだとか。その結果、ヘビを恐れず、GW中預けることができ、餌をやれるメグミに話が回って来た訳である。
「今朝ご飯あげてあるから、2日か3日にあげてくれればいいから」
そう言われ、ユウちゃんの入ったゲージを受け取る。
『んあー、今日はよく揺れるなぁ』
頭に声が響き、メグミはちょっと驚いた。慌てて梨奈を見るが、「どうしたんだ?」と言う感じの表情をしているところを見ると、梨奈には聞こえなかったらしい。これが「動物の言葉が理解できる」力だろうか。
「行ってきま、ユウちゃんをよろしく」
「うん、任された。じゃあ、気を付けて、彼氏に宜しく」
「アイサー、5日には迎えに行くから」
梨奈は旅立って行った。こうしてみると、仲間内でGW居残るのはメグミくらいのものだ。連れ歩けないし家に犬がいるから預けられただけでユウちゃんは手がかからないから、GW前半は食博でも行ってみようか。
帰ったら、ユウちゃんは『おっ、餌係交代?』と言っていた。動物の言葉が理解できるのは本当らしい。夢ではなく実際に会っているようなので、夜寝る前は、もはや恒例となった感のある真剣な祈りタイムである。昨夜までの反省は忘れない。
「人類の殺戮を躊躇しない神様、どうかあの糞部長をこの世から消してください、お願いします」
「迷える子羊よ、どうしました」
眩しくて良く見えないが、今夜の神は非常に有名な神のようだ。メグミはこれまで通り、上司の抹殺を訴えた。
「あの荒井と言う糞部長を消してください」
「それはできない、現世に干渉することは許されない」
「だって、昔は対立部族をカエルに食わせたり、はたまた人類のほとんどを水死させたりしたではないですか。今更ひとりくらい良いでしょ?」
「カエルに食わせたことはないが……。少々やりすぎたのは確かで、だからこそ今は干渉してはいけないことになっている」
「えー、今更でしょー、サクッとやっちゃってよ」
「いや、そういう訳には……他を当たってもらえまいか。そのために、神々の姿を見ることができるようにしよう」
結局交渉は失敗したようだ。気付くと時刻はまだ午前1時前である。
「神々の姿を見られるって言ってたな」
最後にチラッと見えた神の姿は、人間に似ていた気がする。ただし、人と歩行者用信号の絵ほども違っていた気がするが。
メグミは再び真剣に祈り始めた。
「ピンクのユニコーン様、どうかあの糞部長をこの世から消してください、お願いします」
「汝、いずこで我を識った。しかも不可視のはずの我を視るとは」
メグミの目の前にはピンク色の神がいた。祈りではユニコーンと言ったが、どちらかと言うとその姿はおでこに角の生えたカバに近い。
「さて、どこだったかしら。掛け算の代入中にちょっとね」
「ほう、で、我に何を望む」
「あの糞部長を消して」
「それはできぬ。配下の神たちに、人間への過度の干渉を禁じている。にもかかわらず、我が生命に干渉するなどあってはならぬこと」
「なんか、人間の女に手を出しまくってるのもいるみたいだけど」
「あれは何度も警告している、いずれ報いを受けるであろう」
「自分の信者に土地を与えるために街単位で人間を消した神もいるよね」
「時を経て、今は大人しくさせている」
見かけによらず、この桃色は結構な上位神のようだ。
「ペタペタ触るわよ」
「別に構わぬ、あんな処女崇拝者の馬モドキどもと同列に扱うな」
メグミに触られても気にしないらしい。だが、指名したも同然のメグミには1つの作戦があった。
「まぁいいわ、消してくれないのなら紫に落ちるから」
そう言うと、一角獣の雰囲気が変わった。
「紫を『やみ』と。汝、そこまで識るか、願いを聞き届けぬなら紫に落ちると申すか」
「それだけじゃないわ、薄くて高い本に紫×桃でネタ書いてやる」
「ううむ……」
ユニコーンはよほど紫が嫌いらしい。メグミはついに部長を消すと約束させることに成功した。
「だが、条件がある」
「消してくれるんなら何でもいいけど、何?」
「配下にも生命への干渉を禁じている以上、殺すことはできん。異世界に飛ばすだけになる」
「地球からは消えるんだよね?」
「うむ、それともう一つ」
「まだあんの、まぁ消してくれるんだから贅沢は言わないわ」
「あの男が異世界で子どもを作ると、DNAの汚染が起こってしまう。くれぐれも向こうの世界で子どもを作ることが無いよう、もし作ってしまったら汝の手で確実に亡き者にすることを約束してもらいたい」
「ええっ、私に人殺し、それも子ども殺しをしろと?」
「作ることを阻止できるのであれば、殺す必要はない」
「どうして子どもができちゃいけないのよ」
「それぞれの世界は完成後、神が干渉できないシステムで動いている。その世界の生命はそこで最適化されたDNAを持っているのだ。別の世界のDNAに汚染されてしまえば、多様性が攪乱されてしまう」
「それに、私も異世界に行くの? 2日に出勤しなきゃなんだけど」
「問題ない、向こうでの1年はこちらの1日に相当する。5月2日には一度戻そう」
「私は最終的に戻れるんだよね?」
「遺伝子汚染の心配がなくなったら、戻って構わない」
「ということは、ざっと向こうの10年以内にくたばってくれれば良いわけね」
「して、汝は男で行くか、女で行くか」
「ハァ?どゆこと?」
「DNA汚染の心配があるのは汝も同じこと。胎に子がいる状態では戻れぬし、産まれれば亡き者にせねばならぬ。男で行けば自分で決められるが、女で行けば望まぬ子ができることもあろう」
「あー、そっかー」
部長が子どもを作らないように監視に行くのであれば、自分も作ってはいけないのだ。メグミは考えた末、結論を出した。
「んじゃぁ、不本意ながら男で行くわ」
「了承した。ではそのように取り計らう」
「わかったわ、あ、あと他の神々にいろんな機能貰ったんだけど、これON-OFFできるようにしといて」
こうして、メグミは上司を異世界に飛ばすことに成功するとともに、自分も同じく監視に向かうことになったのである。
腸内細菌や皮膚常在菌のように単純な増殖方法で更新が速いものは、異世界に行ってもほとんど問題にならないそうです