海賊
ホバークラフトが急制動をかけたためデッキを転がり、ベンチに背中をぶつけたメグミが前方を見上げると、眼帯をして海賊帽子を被り、上半身裸の上にベストを着るという絵に描いたような海賊が乗った木造船がいた。
針路に入って来た船にぶつからずに停船できたのは、見張りがしっかり仕事をしていたからのようだ。
『海賊だ―』
船員たちが逃げ惑いつつも、ファイアーボールと言うのか小規模な炎や、勢いのある水鉄砲のような水流が海賊船に向かって放たれる。
(こらこら、君たちは推進機関用魔晶石の魔術補充要員じゃないか。海の真ん中で停まったらどうすんだ。魔術をポンポン使うんじゃない)
何人か、弓を持って走ってくる船員もいて早速矢を射っているが……。
(だめだ、全く戦闘慣れしていない)
何と言うか、海中の魚を狙っているわけでもあるまいに、ほとんどの矢が海面に落ちている。つまり全然矢が届いていない。
部長が流れ矢に当たってくれないかなと思い探してみるが、既にデッキからいなくなっている。さっさと船倉に引っ込んでしまったらしい。
(他の乗客や船員には悪いが、いっそのこと海賊がこの船に火をかけてくれたら船倉の部長はこんがり焼き上がるんだがなぁ)
そんなことを考えたメグミは、松明を持った奴でもいないのかと海賊を観察する。
海賊たちは魔術や矢が届かないのを見越しているのか、矢の射程外のところで船を停め、こちらを見ているようだ。
(ずいぶん眼帯をしている奴が多いな。身長は160cmくらいか、っと、小さい……海賊?)
メグミはゆっくりとデッキを海賊船の方に向かって歩いて行った。
「兄ちゃん、危ないぞ」という声も聞こえるが、メグミの足は止まらない。メグミはついに、デッキの一番前に立って海賊船の方を向いた。
海賊からの攻撃は、ない。
そのことで確信を深めたメグミは、海賊に呼びかけた。
『偉大なるヌードル神に栄光を、ラーメン』
それを受けてか、海賊たちから「おぉっ」と声が上がる。
「ラーメン」「ラーメン」「らぁめん」「らあめん」
それを聞いていよいよ確信したメグミはデッキの船員と乗客に話しかける。
『安心してください、彼らは本物の海賊です』
『当たり前だ、こんなところに偽物の海賊がいるわけないだろ』
『海賊なのは見りゃぁわかるわっ』
『海賊を目の前にして安心できるかっ』
『兄ちゃん、危ない。矢が当たっても知らんぞ』
『お前は何を言ってるんだ』
海賊が出現して慌てているのに、あれは海賊だから安心しろと言われて事態が収束するわけがない。
「待ってください、えっと」
念話? では細かいニュアンスが伝わらないし、メグミは複雑な説明ができるほどアンビー語を覚えていない。
メグミは攻撃を待ってくれるようにだけ伝えると、厨房に向かった。
「すみません、酒樽ありますか」
「そりゃぁ船だから積んでるよ。どの酒がいいんだい」
「じゃあ、ビールをいただきます。お代はあとで払いに来ます」
メグミはビールサーバー用くらいの大きさのビア樽を受け取ると、デッキに急いで戻る。さんざんオオバチの入った容れ物を運んだ成果か、この程度の重さなら普通に運べるようになっている。
メグミは船員たちに引き続き攻撃しないように頼むと、デッキの一番前に立ちビア樽を足元に置き、
『この船に女はいません。酒これだけで引き揚げてもらえませんか』
と海賊に呼びかけてみた。
呼びかけに応じたのか海賊船が近づいてきた。
船長と思われる、ズボンの尻の上あたりが少し出っ張った海賊が梯子を下りてきたかと思うと、ビア樽を抱え上げた。ポンポンと樽を叩いたのは、入っている量を確かめたのだろう。
「ビールか?」
「ビール、です」
『そうか、偉大なるヌードル神の恩恵があんたたちにあるように、ラーメン』
「ラーメン」
メグミがそう答えたのに気を良くしたのか、海賊船船長はニカッと嗤うと、『引き揚げだ』という感じで指示を出したらしい。海賊船はすぐに動き始め、やがて遠ざかって行った。
ホバークラフトのデッキには安堵感が広がる。
『兄ちゃん、すごいじゃないか。あれだけの酒で海賊どもを納得させるとは』
『なんだ兄ちゃん、海賊の仲間だったわけじゃあるまいな』
『兄ちゃん、あの海賊の知り合いか何かか』
『ラーメンとか言ってたが、ありゃ何だ』
口々に問われたメグミは、
『あー、知り合いだということはありません。強いて言うなら一角カバのスパモンの知り合いだと思います。
ラーメンと言うのは彼らの信仰の祈りの言葉です。私が祈りの言葉を知っていたので酒樽だけで去ってくれたのでしょう』
『そうか、知り合いの知り合いの知り合いなら、そりゃあ赤の他人だな』
船員たちはそれぞれの持ち場に散って行った。メグミは厨房にビア樽代を払いに行ったのだが、銀貨、それも帝国銀貨2枚でよいと言う。
『なに、海賊が乗り込んできていたら酒樽1つじゃ済まなかっただろうし、金だって払って貰えたはずがないからね』
うん、それはそれでありがたい。当然だが、『船に女はいない』と言ったのはバレていないだろう。黙っておこう。
デッキに戻ると、船員たちが昼食用の魚釣りをしていた。掛かった魚はハゼっぽい。良く見ると、九州あたりにいるシラヌイハゼである。日本近海では希少種でそんなに捕れる魚ではないはずだが、ここではポンポン釣れている。
(こいつらが釣れるってことは、そんなに深くないし海底は砂地だな)
ふと思いついたメグミは、何匹かイワシやアジを譲ってもらい、泳いでいるイルカにコンタクトを試みた。
『おーい、海底に沈んでいる矢を取ってきてくれないか』
そう言ってイルカに向かってイワシを放り投げる。
『いいよー』
さすがイルカ、最初は1本ずつ、ちまちまと拾って来て魚をせしめようとしたのだが、メグミが『10本に付き1匹、20本で3匹、50本で10匹』という条件を出すと、あっという間に50本ずつ持って来た。イルカは2桁の計算がちゃんとできるらしい。
『すげぇな兄ちゃん、イルカ使いでもあるのかよ』
回収した矢を渡すと船員が感嘆の声を上げる。と、そこへ釣りをしていた船員が息せき切ってやってきた。
『大変です、二重潮が流れています』
『なんだとおっ、そりゃあいかん。急いで避難先を探せっ』
二重潮と言うのは、海の表層と下層で大きく流れの方向が異なっている状態で、大嵐の前触れと言われている。
『ここからですと、帝国ヒゴーの港が最も近いようです』
『よーし、ヒゴーに向けて全速前進、宜候』
ホバークラフトは航路を外れ、ヒゴーに向かって全速で航行していった。




