持衰の女
こっちの世界に来て3ヶ月、そろそろ冬である。冬と言っても暖房が欲しいと言うほどではなく、半そでだとさすがに寒い、くらいだ。もっとも、3ヶ月と言っても明確な「月」があるわけではなく、日数を数えているだけだ。24節気に相当するものがあるようで、ほぼ15日に1つ節気があるので数えやすい。
「4月27日になったのかなぁ」
今朝、『立春』がどうとかいう話を聞いた。『立春』は最初の24節気である。
一角カバは「こちらの1年は地球の1日に相当する」とは言ったが、「連動している」とは言ってなかった。だから1年の始めと1日の始めが一致しているとは限らないので厳密には4月27日になったかどうかわからない。
しかし、こちらに来たのが午後5時過ぎな訳だから、3ヶ月、ざっと100日ほど経過した新年であることを考えると、向こうではおそらく27日になったあたりであろう。
「みんな元気かなぁ」
向こうでは実質1日も経っていないはずで、遅くともあと(こちらの)5年で一旦戻れることになっているものの、こうなると日常が懐かしい。
メグミは改めて「部長、早くくたばってくれないかなぁ」と酷いことを考えるのであった。
冬と言うのは秋に生まれたオオバチの子どもが新しい住処を求めて分散していく時期であり、小型の個体が多くなる傾向にある。また、冬眠すると言うわけではないが、寒い日には条件の良いところに集まっていてしかも動きが鈍い。
メグミはユワンの森で小型ばかりだが5頭のオオバチを仕留めていた。1日に5頭も見つけたのは初めてのことだ。これくらいの大きさだとギルドでも役所でも賞金に差はないので、死体でも賞金の出る役所に持って行くことにし、危険がないように4頭は首を切ってある。5頭目はというと、昼ごはんにしたのですでに頭だけになっている。食べることはもちろん、バチの解体も、調理ももはや慣れっこと言って良い。
役所はアンビーでの危険が減るようにと捕獲を推奨しているわけなので、捕獲した証拠である頭だけでも問題なく賞金は支払われる。
単独行なので乗合車を捕まえ、スミヨウの役所で帝国銀貨15枚と交換したあと、メグミは風呂に行くことにした。
スミヨウ温泉で湯船に浸かっていると、珍しいことに15歳くらいの少女が入って来た。
少女はなんとかかわいいと言えるくらいの容姿だったが、髪がバサバサで、ガリガリに痩せこけていた。足元もふらついており、とてものんびり風呂に入りに来るようには見えない。風呂に入る金があるなら食べ物を買えばいいのに、と思わず言いたくなる程の痩せっぷりである。
メグミが見ていると少女が石鹸で頭を洗っても、全く泡立っていない。暫くして少女が掛け湯を頭からかぶると、泥水のようになった湯が足元を流れた。
驚いて見ているメグミに気付いた少女が声をかけてきた。
『済まないね、ここのところじすいをしていたのでこんなで。ちゃんと洗って入るから安心してくれ』
(じすい? なんで自炊するとあんなに汚れるんだ。食材集めや調理ってそんな大変なものか?)
石鹸で洗ってはお湯を流す、を3回ぐらい繰り返すと、ようやく少女の頭が石鹸で泡立つようになってきた。
『自炊ってそんなに食べる量が少なかったのか?』
『飯など作らんよ、じすいだから水と粥しか口にせんさ』
メグミはここで初めて、少女の言う「じすい」が「自炊」ではないことに気が付いた。「じすい」という言葉として存在する「自炊」とは別のものなのだ。
『見てもらっても楽しめる体形でなくて済まんね』
そう言われて、メグミはずっと少女を見つめていたことに気が付いた。言われるまで気にしなかったが、自分は男なのである。裸の少女を見つめ続ける危ないお兄さんと思われたのかもしれない。
メグミは慌てて目を逸らした。
『気にせんよ、こんな形でそういう風に見てもらえたのならありがたいことさ』
そう言って、湯船に入って来た。肩まで浸かりながら、手が届かない程度の所まで近づく。
『ごめん、申し訳ない。お詫びと言ってはなんですが、食事でも奢らせてください』
中身女の本人に他意はないのだが、内容は完全にナンパである。
少女はニヤリと嗤うと
『そうさな、ご馳走してくれるというのなら、5日後で良いか。さすがに今日では、せっかくの食事が腹に負担となろう。申し遅れた、我はウシという。吾が身は?』
「え、あ、メグミです」
自己紹介程度なら、話せるようになっている。
『ほう、これは驚いた。言葉を出せないから念話しているわけではないのか。もしや神官をしているのか』
『いえ、教会に居候していたことはありますが、神官と言うわけではありません。ただのバチ取りです』
『……そうか、では楽しみにしている。5日後の昼過ぎにまたここで会おう』
結局「じすい」が何かは解らなかった。言葉の意味を一角カバに聞くのは癪だったが検索手段があるわけもなく、自棄になって
「グー〇ル先生、『じすい』の意味を教えてください」
と祈ってみたが、ダメだった。さすがにまだ神になってはいないらしい。
5日後、念のため少し多目に金を持ったメグミが昼過ぎにスミヨウの風呂に浸かっていると、ウシが入って来た。
驚いたことにたった5日しか経っていないのに、ウシは明らかに少しふっくらとしていた。足取りも心なしか5日前よりしっかりしていて、バサバサで長かった髪も肩のあたりで切りそろえてある。胸はイヲキどころか地球のメグミにも遠く及ばないが、年齢から考えれば今後どうなるかわからない。イヲキが綺麗な感じの美人だとすれば、ウシは高貴な感じの美人になりそうだ。
『おぉ、本当におったか。吾が身も律儀よの。夕刻にでも来れば新年で浮かれ気分の男目当ての抱ける女も入って来ようというのに。そちらの方が安くつくぞ』
やはり新年になっていたらしい。夕方以降はそういう目当ての男女が風呂に集ってきて、品定めの視線を敏感に察知したお姐さん相手にそういう目的の男が交渉するのである。
体に自信のあるお姐さんは座っているだけで営業できるし、少なくとも上げ底の偽乳や性別詐称に引っかかることはないので、男側から見ても有効なシステムになっている。
メグミはもちろんお姐さんと交渉したことはないが交渉しているのを聞いたことはあり、相場かどうかは知らないがその時の値段を知っている。それよりも高くつくって、このウシさん、どれだけ食べるつもりなんだろう。




