命を懸けて 2
見えない何かが突き刺さった腿から血が噴き出した。
グッドマンが強引にエミストを押し返し、距離を稼ぐ。
(あの野郎、視線の先に見えない剣を生み出すのか?)
(でも見たところ、連続で無制限に使えるわけじゃなさそうだぜ!)
(できるなら最初からやってるだろうからな。いやらしいスキルだぜ)
距離を離されたものの優勢に立ったと判断したエミストは猛攻を仕掛けた。
懐に飛び込んだエミストが剣を横薙ぎに振り抜き、グッドマンが騎士団式の剣技で流し反撃を見舞う。
上半身を大きく反らしたエミストは、グッドマンの攻撃を回避しながら再び暗器を飛ばした。
これを脇腹と腰で甘んじて受け入れたグッドマンの最速の切っ先がエミストの両腿に真っ赤な傷を刻む。
スピードを活かして戦うエミストの優位性を奪うための一撃。
距離を取ろうとするエミストの牽制攻撃を実直な剣技で捌いて追いすがるグッドマン。
形勢が不利と判断したエミストは逃げから一転、グッドマンに飛びかかった。
上段からの一撃は剣に受け止められ、エミストの視線が向いた腰元からの不可視の一撃は半身をよじって回避された。
その時、エミストの口の端がニヤリと持ち上がった。
(グッドマン……!)
エミストはグッドマンの背後に視線を向けた。
次の瞬間、目を見開いたグッドマンの口から鮮血があふれ出した。
距離を取るエミスト、自分の腹に目を落とすグッドマン。
実直な男の腹は、背後から見えない剣によって貫かれていた。
咳き込みながら血を吐き出すグッドマンの姿に、エミストがニヤニヤと笑った。
「ざぁんねん、一本じゃなかったんだなぁ……!」
愉悦に顔を歪ませるエミストは長剣を肩に担いだ。
グッドマンから十分な距離を取り、不測の事態すら対処できることに慢心していた。
「なるほど……。貴様の余裕は、これによるものだったか……」
「負ける戦いをするほど俺はバカじゃねえ。騎士団のお行儀のいい剣術なんぞに負けるわけがねえ」
「そうか……。ならば、貴様は、私の技に負けるのだな……」
「あぁ? イカれたか?」
口の端から血を流しつつ、グッドマンはエミストに向かって大上段に剣を振り上げた。
不穏な気配を察してとっさにその場から逃げようとしたエミストより速く、グッドマンは剣を振り下ろした。
渾身の力を込めて、大声量の叫びとともに。
「雷鳴剣!!」
刹那、空から一条の雷撃が走り、エミストを捉えた。
光の直後に轟音が鳴り響き、細身の殺人鬼は断末魔の叫びをあげた。
一瞬で黒い炭と化したエミストだったものは、肉の焦げるニオイだけを残して崩れ、灰になった。
エミストの最期を見届けたグッドマンは膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。
腹部の致命傷から流れ出る命の源が赤い海を作っていった。
「こいつはどうする?」
「ひぃ! いの、命だけは……ッ!」
腰を抜かして床面に尻もちをついていたヒューネルは顔に脂汗を浮かべながら命乞いした。
「まかせる……」
「ヒューネル、ドクヘビ幹部に、顔に横一文字の傷を持つ男がいる。どこにいやがる?」
「おし、教えるから助けてくれッ!」
「さっさと言え」
「こ、港湾都市ブルーカフス、名前はリブラだ!」
「リブラ……」
ヴァーゴの記憶の底に眠っていた山賊の顔にリブラという名が刻まれた。
ゆっくりと這いずって逃げようとするヒューネルの首を、ヴァーゴは躊躇なく斬り落とした。
薄目を開け、荒い息をあげているグッドマンに近寄った。
「殺しておいたぜ」
「そうか……」
「グッドマン、てめえの復讐は完遂した。“幸せ”か?」
「どうだろうな……。縛られていた鎖から解放された気分だ」
「……そうかい」
広がる血の海がヴァーゴの靴に届いた。
もう幾ばくの時間もないだろう。
グッドマンは最後の力を振り絞って言った。
「ヴァーゴ……、君にはつくづく感謝している」
「やめろ気色悪い」
「最後の頼みだ……、トドメを刺してくれ」
宙に投げる視線の焦点も合わなくなっている。
おそらくヴァーゴの顔も見えていないだろう。
「私の命は、私だけのものだ……。下衆に殺されたのでなく、友である君が、終わらせてくれ……」
「……チッ、最後までてめえは自分勝手な野郎だったぜ」
魔剣デルフィンを大きく振りかざした。
グッドマンは目を閉じ、安らかな表情を浮かべて最期の言葉を残した。
「エリザ……終わったよ……」
寸分の狂いなく魔剣を振り下ろし、首を切断した。
黒い魔力がデルフィンを通して流れ込んでくる。
ヴァーゴはグッドマンの命を引き継いだのを感じた。
屋上の縁に立ち、命の尽きた男を一瞥し、
「あばよ……、お人好し」
『アイテムボックス』から魔法銃を取り出し、空に向かって赤い照明弾を放った。
ヴァーゴが屋上から飛び降りた直後、ヒューネルの屋敷上部は鐘塔からの轟音を伴った魔法銃の一撃で塵ひとつ残さず消し飛んだ。




