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先輩社員ビリー

 ヴァーゴがマーカス商会で働くようになって一週間。

 直属の上司となった先輩社員ビリーという男について分かったことは二つある。

 一つはやる気はないが最低限の仕事はするということ。

 もう一つは意外と面倒見がよくて悪いやつではないということ。


「ビリー、この書類の束はどこへ持っていけばいい?」

「先輩を付けろって言ってるだろ、ヴァルゴ。それは、えーと……保管庫の六番の棚だな。案内するからついてこい」

「あいよ」


 ビリーは覇気のない声でヴァーゴを誘導した。

 背丈はヴァーゴと同じくらいだが、猫背で痩せ気味なためどこか不健康に見える男だった。

 目を半分ほど閉じているため、パッと見てやる気のない印象を受ける。

 ヴァーゴの観察したところではマーカス会長がこぼしていた通り、実際にやる気はないようだが最低限の仕事はするようで、優秀とは言えないものの普通の商会なら十分に役に立つ事務員だろう。


「ほれ、そこの棚だ」

「すげえ量だな。こんなんじゃ保管庫もすぐいっぱいになるんじゃねえのか?」

「そうならないように二年間保管したら古いものから捨てていくんだ。商談の契約書なんかは後から確認することもあるからな。そこらへん、マーカス商会はしっかりしてる。大きな取引もあるから後からイチャモンを付けられないようにするんだ」

「へぇ……よく考えられてるんだな」

「個人の商人や小さい商会なら、まあやらないだろうな」


 大きな棚が立ち並び、ほのかにホコリが舞う保管庫には書類が山のように眠っていた。

 事務仕事をしたことのないヴァーゴにとって、こうした作業も新鮮に感じられた。


「それよりヴァルゴ、今夜も飲みに行くよな?」

「またかよ」

「当たり前だ。飲まずに仕事なんてできるか」

「俺はそこまで酒が好きってわけじゃねえんだが……」

「おいおい、先輩命令だぞ。いいから付き合えっての」

「はぁ……仕方ねえな」


 ビリーは“先輩”という肩書きで新人のヴァーゴを飲みに誘った。




「くぁーっ! 仕事の後のこの一杯! たまんねーっ!」


 退勤後、庶民の集まる大衆酒場でヴァーゴとビリーはエールを煽っていた。

 ビリーは毎日、この酒場に通っているようで、店員にも名前を覚えられていた。


「ねえちゃん! エールおかわり!」

「ビリーさん、今夜は酔いつぶれないでくださいよ!」

「わかってるっつーの! いいから早くおかわり!」

「もう! かしこまりました!」


 さっそく顔が赤らんでいるビリーは機嫌も良さそうに鶏肉の串焼きを手に取った。

 ヴァーゴはエールをちびちびと飲みながら肉の団子焼きをかじっていた。


「そういやヴァルゴよぉ、お前、元は冒険者なんだって?」

「ああ、それがどうした?」

「いや、商人としての事務経験もなさそうなのに、よくもまあマーカス商会なんてデカいところに就職できたなって思ってさ。俺なんてちゃんと経験積んできて、たまたま緊急の欠員が出たときに滑り込めてラッキーだっただけなんだぞ?」

「それなら知り合いにツテがあったから入れただけだ」

「はぁー! ツテですか! いいよなぁコネのあるやつは!」


 ビリーは店員が持ってきた追加のエールをごくごく飲んで饒舌に話した。


「でもよぉ、商人も冒険者も結局のところ、コネって大事なんだよな。俺も商人の端くれだからよ、それくらいはわかってる。一回しか会ったことないやつから取引の相談が来たりとかな」

「そうだな……。たしかに冒険者でもコネは大事だ」


 ヴァーゴはグッドマンの顔を思い浮かべた。

 あの雪に閉ざされた監獄から脱出できたのはたまたま隣の独房にいたグッドマンのおかげだ。

 説教くさい話にはうんざりしていたが、それでも会話することでお互いの人となりが伝わり、結果、脱獄に乗じることができた。

 さらにグッドマンのスキルで旅の資金、人脈によりゴランやミーアの助力も得られた。

 感謝なんてする気も起きないが、グッドマンに世話になっていることは自覚していた。


「だから先輩からの貴重なアドバイスだ! 俺以外のやつにもちょくちょく話しかけて仲良くなっとけ。商人としてやっていくなら、あそこにいる連中は最高の友であり、最悪のライバルであり、最強のコネだ!」

「あいよ。ビリー先輩からのアドバイス、ありがたく頂戴しとくぜ」

「ハッハッハ! それでいい!」


 先輩と呼ばれたことがよっぽど嬉しいのか、ビリーは串焼きの肉を頬張り、エールをがぶがぶと飲み干した。

 ビリーの助言に従うわけではないが、事務所内で交友関係を広げておけば何か役に立つ情報が手に入るかもしれない。

 情報収集ならミーアの専門だが、彼女の耳に入らない情報があれば計画にいい影響があるかもしれない。

 対人関係には疎いものの、計画のために少しやり方を変えてみようとヴァーゴはエールを飲みながら思案した。

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