キャバレーの女
女に案内された店は落ち着いた雰囲気のキャバレーだった。
ホールの前面に舞台があり、それ以外は多数のソファに座った客と女従業員が酒や会話を楽しんでいた。
ヴァーゴも空席に案内され、すこしして女の接客係が現れた。
「いらっしゃいませ、お客様」
暗い茶髪の中年と呼ぶにはまだ若い女。
グッドマンよりは若く、子どもがいたら育てきったくらいの年齢か。
ヴァーゴより年上なのは確かだが、女には年齢に似合わない気だるげな雰囲気があった。
「サルサと申します。お酒は何になさいますか?」
「ロックなら何でもいい」
「かしこまりました」
サルサと名乗った女はヴァーゴの隣に腰を下ろし、テーブルに置かれていたグラスに氷を入れ、手近な酒を注いでいった。
「どうぞ」
「…………」
無言でグラスを受け取り、一口だけ酒を含んだ。
度数の高い酒の風味が鼻から抜け、ヴァーゴの喉を焼くように落ちていった。
背中をじりじりと焦がすような焦燥感に追われていたヴァーゴは次第に緊張が解けていくのを自覚した。
店内を見回す。
誰もかれもが愉快な顔で笑っているキャバレーでむっつりしている彼のほうが異質だった。
「……何もしゃべらねえのか?」
「お客様はそう望んでいないようにお見受けしましたので」
サルサという女は年齢以上に落ち着いた素振りでただ横に座っていた。
若い従業員なら若さに任せて客の気分を盛り上げようとしただろう。
ヴァーゴにおいては飾ることなく、でしゃばることのないサルサの態度に心地のよさを感じていた。
「あんたはなんでこの街にいるんだ?」
「この街で生まれ育っただけですので、特別な理由があるわけではありません」
「出て行きたいと思ったことは?」
「ありません。外の世界を知りませんので」
面白みのない返答だった。
だが、ヴァーゴは飾り気のない女の態度に好感を持った。
酒を口に含んだ。
「俺はヴァーゴ。連れと旅をしている。冒険者みたいなもんだ」
「ヴァーゴ様ですね。かしこまりました」
サルサはヴァーゴを正面から見据え、やわらかく微笑んだ。
外見も雰囲気も似ているところなどない。
ただなんとなく、ヴァーゴは彼女に亡き母の面影を感じた。
それからヴァーゴはキャバレーに通った。
決まって指名するのはサルサだった。
気分が乗ったときはグッドマンの悪口を皮肉をたっぷり込めて語った。
そうでないときはただ黙々と隣にサルサの存在を感じながら酒を飲んだ。
何日も通ううちにサルサも気を許したのか、自分の身の上話をするようになった。
サルサは成人した息子を持つ未亡人だった。
この街で生まれ育った彼女は外からやってきた夫に出会い、息子に恵まれた。
すくすく育つ息子に真面目に仕事をこなす夫、順風満帆な生活だったという。
ある時、夫が詐欺師に騙され、背負わされた借金を返済するためにギャンブルに手を出した。
そのカジノはこの街を支配する組織の息が掛かった悪徳カジノで、夫はギャンブルに負けて酒浸りになり、体を壊して死んだという。
幸せだった家庭は壊れ、息子も心を閉ざし、サルサは変わらずキャバレーで働いて借金を返済する日々を送っていた。
よくある不幸な話だった。
実際、ヴァーゴもそれ以上の感想を持たなかった。
同情も憐れみも抱かない。
世界は不幸に満ちている。
自分で自分の身を守れない者が不幸になるだけの話。
サルサを励ますような言葉も掛けなかった。
力を持たない者のありふれた末路をただ受け入れただけだった。




