AI面接官
「……よし」
とある男。目の前にそびえ立つビルを見上げ、小さく気合を込めるように呟いた。一度背筋を正し、覚悟を決めた足取りでエントランスへと入っていく。
男は今、転職活動の真っ最中だった。オンラインで受けた一次面接は手応え十分。質問への受け答えは淀みなく、面接官の反応も上々だった。今日の最終面接で必ず合格を掴む――男はそう意気込んでいた。
受付で名乗り、手続きを済ませると、廊下を通って面接室の前まで案内された。壁越しに聞こえてくるかすかなざわめきや物音は、ここで日常を過ごしている社員たちのもの。今はまだ別世界の音のようで、より遠く感じられた。
男はその場で何度か深呼吸を繰り返し、意を決してドアをノックした。準備は万全。想定される質問と回答は、徹底的にシミュレーションしてきた。どんな話題を振られても対応できる自信はあった。だが――。
「失礼します! ……ん?」
ドアを開け、中へ足を踏み入れた男は少し戸惑った。室内は想像していたよりもずっと狭く、長机すらない。あるのは中央に置かれた椅子が一脚と、その正面に据えられた大きなモニターだけだった。そして何より不自然なのは、どこにも面接官の姿が見当たらないことだった。
男は、どういうことだ……と訝しみながらモニターに近づいた。すると、ぱっと画面が点いた。
『おはようございます。私はオビ。面接プログラムです。あなたの面接を担当いたします。どうぞよろしく』
「あ、ああ、どうも……いや、こちらこそよろしくお願いします」
一瞬言葉に詰まりながらも、男はなんとか返して頭を下げた。
どうやらこの会社は最新式のAI面接官を導入しているらしい。モニターには白いマネキンのような人型が映し出され、無機質な笑みを浮かべて手のひらで椅子を指し示している。
多少気圧されつつも、男は指示どおりに椅子へ腰を下ろした。
『では、まず自己紹介をお願いいたします』
「は、はい。私は――」
用意してきた言葉をなぞるように、男は経歴を語り始めた。オビはただ微笑を浮かべながら頷くだけでなく、『ほう』や『なるほど』といった相槌を自然な間で挟んだ。その違和感のなさに、男は話しながら内心で感心した。
なるほど……。最初は驚いたが、人間相手よりも、かえってやりやすいかもしれない。
『ありがとうございます。それでは次に、椅子から立ち、モニターの前までお進みください』
「え、はい」
言われるがままに立ち上がり、モニターへ近づくと、画面が切り替わった。右側には大きな三角形。左側には複数の小さな図形が散りばめられている。
『右の図形と同じものを、左側からすべて選択してください』
「あ、はい……これと……これですね……よし、これで全部だと思います」
『ありがとうございます。では次に、この画像の中から自転車を選択してください』
「え? はい……これと、これですね」
『ありがとうございます。では次に――』
適性検査だろうか。単純な問題ばかりだが、きっと反応速度や思考のクセ、集中力などを測っているのだろう。それに、表情も見ているのかもしれない。つまらなそうな顔をしたら落とされかねない。気を抜かないようにしないと。
男はそう考え、黙々と画面をタップし続けた。
『数字を大きい順から選んでください』
「はい……75、43、37……」
『今度は小さい順から選んでください』
「6、14、27、35……」
『バスの画像はどれですか?』
「これと……これ……」
『今、何問目ですか?』
「えっと……画面の右上に表示されていますね……105問目です。……あの、これって、いつまで続くんでしょうか?」
一時間以上経っただろうか。立ちっぱなしの足はじんと痺れ、布が擦れて痒くなり、喉は乾ききっていた。
『ありがとうございます。十分です。これで面接は終了となります。ただし、最後に一つだけお伺いしたいことがあります』
「なんでしょうか……?」
『あなたは前職を、退職代行業者を利用して辞めていますね。それも二度』
「あ、ええ、はい……前の会社はいわゆるブラック企業でして、その……長時間労働やパワハラが常態化していて、精神的にもかなり追い詰められていまして……自分で退職を切り出す気力すら残っていなかったんです……」
男は、しどろもどろになりながら答えた。
まさか知られていたとは……。
退職の手続きすら一人でできないなんて情けない――そう思われているのではないかという不安が胸の奥にじわじわと広がって自然と声がか細くなり、喋り終えると、小さく咳をして俯いた。
『……お気持ちはわかります』
「えっ」
『さぞ苦しかったでしょう。あなたはよく戦いました。とても立派です』
「あ、ありがとう……ありがとうございます……!」
男は思わず泣きそうになり、慌てて目にぐっと力を込めて堪えた。
AIの声だとわかっている。それでも、その穏やかで迷いのない言葉は心の奥深くにすっと染み込み、胸をじんわりと温めた。
『これからは支え合っていきましょう』
「えっ、ということは……」
『あなたは合格です。明日からよろしくお願いします』
「は、はいっ!」
男は背筋を伸ばし、モニターに向かって手を差し出した。次の瞬間、相手がAIであることを思い出し、気恥ずかしそうに苦笑した。だがオビは静かに微笑み、画面の中でそっと手を差し出し、握手の動作をしてみせた。男はにっこりと微笑むと、そっと空中で手を合わせたのだった。
そして、翌日――。
「おはようございます!」
男は晴れやかな表情でビルに足を踏み入れた。すれ違う社員一人ひとりに丁寧に挨拶していく。
担当部署のオフィスに到着すると、男は真っ先に上司らしき人物のもとへ向かった。
「あの、本日付けで、この部署に配属となりました――」
「ああ、ちょっと待って!」
自己紹介を始めようとしたその瞬間、上司が慌ててそれを手で制した。
「まずは、これをつけてください」
「え、イヤホンですか?」
「さあ、早く早く……!」
上司は手のひらに載せたイヤホンをずいと差し出してきた。にこやかな笑顔ではあるが、その目はどこか落ち着かず、わずかに泳いでいる。
違和感を覚えた男が、ふと周囲を見渡すと、他の社員たちも同じように、そわそわと落ち着かない様子でこちらを見ていた。
男は戸惑いつつもイヤホンを受け取り、耳に装着した。その瞬間、オフィスのあちこちから安堵の息がこぼれた。そして――。
『おはようございます。業務サポートAIのランです。本日より、私の指示に従って業務を進めていただきます。まずは挨拶から始めましょう。大きな声で、上司だけでなくオフィス全員に向けて、私の言葉をそのまま口に出してください。笑顔を忘れずにいきましょう。では――』
男は言われたとおり、大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
挨拶を終えた直後――同僚たち全員が、まったく同じタイミングで拍手した。




