Ⅲ
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ひっそりと自分の世界だけを表現していた彼─ノアは声明を発表する。
居なくなった想い人─アークを思って怒りの矛先の1人に向けて。
ほんの小さなコミュニティはそれぞれ個々に強く心をざわめかせた。
いきなり扉から締め出すようにノアの心ごと閉じた。
一人一人がノアと真面目に向き合ってきた。それだけにショックと悲しみに苛まれた。理由のよく分からないまま反省に反省を重ねる。こんな断罪をされるような事はしていないはずなのに。
彼なりの、彼の逆鱗に触れたそんな形だったと思われた。
でも、ここの住人はただ優しかった。排除されたかのように彼の世界から締め出されたというのに、みんなノアを心配した。自分のその傷は癒えてもいないはずなのに、彼の脆さを知っているが故に、自分の傷から流れる血も涙もそのままに彼を一心に想った。
ノアはノアで、嘘を悪びれることも無く付いていた男アーク─彼の想い人に、加担していた。補完していた。
ノアの想い人の創る虚構の世界を守るための嘘は、それは嘘なんてものじゃなく、自分達の世界を守る、世界を創るための壁を埋める素材。
想い人の世界を守ることは、自分を守ることに繋がっている。
彼をただの嘘つきだなんてことには出来ない。それは彼にとって世界の終わりが近づくだけだから。
ただ想い人から注がれる光が欲しいのだ。彼だけに認められれば、自分は生きていることになる。想い人の彼の世界だけで息をする。そんな人生を選んでここまでやってきた。
彼の想い人─アークは、彼の太陽で空で空気で水で、全てを与えてくれる存在。彼だけのために存在する自分。
この小さな世界に安堵して薄暗い水槽の深くを安住の地と信じている。水面に映る揺れるようなほんの僅かな光を求めるだけ。それでもそれがノアにとっての一番の幸せ。
彼は知らない、彼の想い人のそんな小さな揺らぐ光は、彼の上でしか成り立たないことを。
想い人の光を彼は眩しいと言う役目だ。その献身によって想い人が光っていることを彼は知らなかもしれない。いや、気付かないふりをしているのかもしれない。
その水槽から出る勇気も、水槽から出ても実はもっと広く大きな海があることも知らないのかもしれない。いや、怖くて踏み出すことなんて考えられないのかもしれない。彼は自分一人で泳ぐことが出来ることを知らぬまま、未だに小さな子供のように怯えている。
僕は知ってしまっていた。彼の扉の中に入った瞬間から。
僕はまるでその水槽から、外の世界への道を照らす光のようになりつつあった。それなのに、彼の想い人はそれに気付き光を遮断することを選んだ。水槽から別の世界への道なんて、きっと彼らの世界の破壊に値することだった。
美しい彼らの虚構の世界は、外から眺めることは許されても、違う世界との道を示す、そんな光は必要無かった。
美しい世界の中で寂しげに不安を抱える小さな存在を見つけてしまっても、その手をとることは許されなかったのだろう。
手を伸ばした僕は一欠片の林檎を食べてしまったように身を切るような痛みで罰せられた。
彼から新しく射した光を消すために、彼の想い人は、その光は偽物だと示唆する。偽物の正しさとすり替えた。嘘の狭間で光は遮断され失われた。
違う世界を与えないために。
ノアは嘘で作られた僕の裏切りをきっと心臓に刺さるような痛みで受け取った。
想い人以外をここまで信じたことが無かったのに、違う光を信じ始めた途端に残酷なまでの裏切りに耐えられる事なんて無かった。
新しい光は宇宙の法則に則ったように、漆黒の重い粒に変わってしまっただろう。
扉を閉める彼の最後は、悲痛と、感謝が入り交じっているのが分かった。
さよならと共に、彼と僕の漆黒の痛みが覆い尽くすしか無かった。




