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三日月のかけら~探偵ねこカールの大冒険~

作者: 猫の楽群

 猫好きの作者は出版社勤務を経て、現在は子供に携わる教育関係、及び猫に囲まれる仕事をしています。

 小学一年生で学ぶ漢字を全て網羅しながら、全年齢の皆様に向けて心あたたまるストーリーを作りたく、今回の作品制作に至りました。

 目を細めたおばさんが、ぼくをのぞきこんで、声を掛けてきた。

「まぁ、可愛い猫ちゃんね」

「ありがとうございます」

「耳の先端がくりっと反り返っていて、ちょっと珍しいわね」

「はい、アメリカン・カールっていう種類なんです。耳の先がカールしているから、そんな名前になったみたいです。アメリカン・カールは元々、好奇心旺盛な性格らしいのですが、まだ子猫ということもあって、とってもやんちゃで。どこかに逃げていかないか、少し心配ですけれど」

 ゆりちゃんはそう言って、ぼくの頭を撫でた。

「うふふ。今日はいい子でいられるかな?猫ちゃんも自然に囲まれて、楽しめるといいわね」

「はい!」


 飼い主のゆりちゃんは大学生。水玉模様のスリングで、抱きかかえられているぼくは、みんなからカールって呼ばれている。生後六か月。まだまだ小さいようだけど、人間でいうと九才。そう、腕白ざかり。

 ここまでは、ゆりちゃんとゆりちゃんの自転車仲間たちでやってきた。

 ぼくはスリングの中に入り、町を離れ、一面に広がる田んぼを通り抜け、そして大きな川沿いを、ひたすらまっすぐに進んできた。左手に山がいくつも連なっていて、ぼくはいつもと違う風景に、驚くばかり。ゆりちゃんのドキドキも速いけれど、ぼくも興奮して、ドキドキが大きくなってきた。

 ぼくたちの町から、約三時間。この辺りで一番高い山を少し上ったところに、古びた木製の大きな看板が現れた。

 三日月村キャンプ場とある。そして、それにはポスターが貼られ、こう文字が書いてあった。


   三日月村キャンプ場 設立五十周年記念

    海と森の野外音楽会 八月二十四日(日)

    前夜祭 花火大会  八月二十三日(土)


 あれっ。これには海って書いてあるなぁ。大きな川はあるけど、どこに海があるんだろう。

 ぼくはそんなことを思いながら、入り口を通り過ぎた。


 キャンプ場に着いて、ゆりちゃんはさっきのおばさんたちがいる広場で、水分補給をしながら、ひと休みをした。そして、仲間の亜希ちゃん、ジョセフ君と協力をして、今晩ぼくたちが泊まるテントを張った。その後、みんなでバーベキューの準備をし始めた。

 学校が休みの時期なので、ほかにも様々な年齢のたくさんの子供たちがいる。


「カール、きっと待ちくたびれちゃうわね。せっかくだから、遊んでいていいわよ。でも、遠くに行ってはダメよ。森の奥には、野犬やカールよりもずーっと大きな動物がいるかもしれないからね。あと、近くには川があるけど、そこは危ないから、行かないでね。この近くで遊んで、時々こっちに戻ってきてね」

「みゃあ」

 ぼくはしっぽを立てて、ゆりちゃんの足元に体をこすりつけた。


 すぐ近くの大きな木の裏に、男の子たちが輪になって遊んでいるのが目に入った。男の子たちの足元から、中の方をのぞくと、二匹のかぶと虫がいて、立派な角同士がぶつかりあっていた。そして男の子たちの声援の中、一方のかぶと虫が、もう一方のかぶと虫を角でグイッと持ち上げ、投げ飛ばした。土俵に見立てた切り株から、一方が出たところで勝負がついた。わぁっと、歓声が上がった。

 三日月村と書いてある大きなテントの前には、女の子がたくさん集まっている。テントに入ってみると、竹とんぼ名人といわれるこの村のボランティアのおじいさんが、竹を材料に器用に刀を使って、プロペラのような羽を作っている。しばらくして、女の子たちは出来上がったものを、草の生える緑の広場に持っていった。そして、羽がついた軸を回して、飛ばして遊んだ。初めは難しそうだったが、そのうちにコツがつかめたようで、みんな上手に飛ばしている。円を描くように、空に向かってクルクルとまわる。 本当に良く飛ぶ竹とんぼだ。

 ぼくも女の子に交ざって遊んでいたら、さっきの男の子たちがやってきて、かぶと虫の角にたこ糸をつけ、飛ばして遊び始めた。女の子も男の子もお互いが楽しそうに見えたようで、交換して遊んだ。みんな笑顔にあふれて、生き生きとしている。


 ぼくはひとしきり遊んだ後、緑の広場を後にし、子供たちの声がかすかに聞こえる静かなところで、日なたぼっこをすることにした。周りより、少し盛り上がったいい場所を見つけた。木陰になっていて、さわさわと音がしている。木漏れ日がとても心地良い。

 ぼくは気持ち良さのあまりに、目を閉じた。


 うたたねから目が覚めたとき、ぼくは二、三メートル先に、ふと何か小さな白いものを見つけた。さっきは気づかなかったけど、よく見ると、白いものはあちこちにあって、それぞれが土に埋もれた状態である。ぼくは初めに見つけた白いもののそばに寄って、顔を近づけて見てみた。先が細長くとがっている。

「ん?三日月のかけらみたい」

 その三日月のかけらのようなものは、半分が土の中に入っていた。うっかり爪で割ってしまわないように、ぼくはそーっと優しく掘って、それを取り出した。すると、掘りながら思ったことが正しいことが分かった。

 貝だ。これは、小さな巻き貝だ。でも、どうしてここに貝があるのかな。それに、ゆりちゃんが食べている貝よりも白くて、もろくて、すぐに割れそう。変だなぁ。


 ぼくは、掘り出したその巻き貝を割れないように口でくわえて、そこかしこにある貝の謎を誰かに聞いてみようと、木が茂る森の奥に入っていった。


 謎を解き明かすことが好きなのは、ゆりちゃん譲りかもしれないな。

 ぼくはそんなことを思いながら、カラマツの森を通り抜けた。

 すると、小柄なりすに出会った。

「こんにちは、りすさん。さっき見つけたんだけど、この白いものを見たことはありますか」

「こんにちは。それは、まつぼっくりではないね。とすると、白いどんぐりかな。でも白いどんぐりなんて、見たことも聞いたこともないけど」

 りすは首をかしげた。

「確かに、どんぐりみたいにコロンと小さいですね。りすさん、ありがとうございます。ではまた、ごきげんよう」


 少し進むと、けもの道 があったので、そこを歩いて行くことにした。

 ここは、どんな動物が歩いている道なんだろう。

 そう思いめぐらしながら、しばらく行くと、ぽつぽつと小雨が降り出し、徐々に雨足が強くなってきた。ぼくは雨が苦手。木陰で雨やどりをすることにした。


 毛づくろいをしていると、木の上の方から、声を掛けられた。

「おや。音がすると思ったら、猫さんじゃないですか。珍しい」

「あ、こんにちは、ムササビさん。雨降りはイヤですね」

「あはは。猫はそうだろうね。でも、山の天気は変わりやすいから、きっと大丈夫。すぐに止むと思うよ。ここから見ると、西の天気はいいみたいだから」

「なるほど、ムササビさんは物知りですね」

 そう言うと、ムササビは嬉しそうな顔をした。

「ところで、この白いものは何か知りませんか」

 すぐにムササビは上からスルスルッと下りてきた。小さくても、しっかりとした手で貝を受け取り、手のひらで転がすように触った。

「ん、これは巻き貝だね。でも生きもの図鑑で見る貝とは、ちょっと違うな」

「そうなんです。白くて、もろいんです」

「もしかすると、シュウさんなら知っているかもしれない」

「シュウさん?」

「そう、あの方は、この森の王様なんだ。今来たけもの道を、西に向かってずっと進んで行ってごらん。湖が現れたら、右に曲がるんだ。百メートルほど行くと、とっても存在感のある大きな木があるよ。大木のシュウさんだ。貝のことを聞いてみるといいよ」

「ありがとうございます。晴れたら行ってみます」

 ムササビはそれに応えるように、にっこりと笑った後、木のうろに戻った。


 雨はじきに上がり、森の中に七色の光が差し込んだ。ぼくは湖を目指して、歩いたり、走ったりした。 やがて、進む方向に夕日が見えるようになった。オレンジ色に染まった水たまりを、ぴょんぴょんと飛び越す。

 やや薄暗くなったところで、ふとゆりちゃんの言葉を思い出した。野犬や大きな動物がいるかもしれないからと。

 怖い。

 ぼくは急に背筋が寒くなって、目いっぱい駆けた。


 暗闇の奥にチラチラと光る何かが見えた。

 それは、月明りに照らされた水面だった。とても大きな湖だ。そして、右に曲がると、先には大木も見えた。


 ぼくは大木のそばまで駆け寄り、泥だらけになったぼくの足元に、大切にしていた貝をポッと置いた。

「ハッ、ハッ、ハッ。ん、ん」

 ぼくは息を整えた。

「こんにちは。あ、こんばんは」

 黒い大地に立つ大木は、ムササビの言う通り、とっても存在感があった。太い幹や根っこには、コケやツタなど、ほかの植物も付いていて、ずっとずっと昔のことを知っていそうなたたずまいをしている。ゆっくりと大きな目を開け、大地に響き渡るような低い声で、こう応えた。

「こんばんは、カールくん。待っていたよ」

「えっ。どうしてぼくの名前を知っているんですか」

「そこにいる青い鳥が、教えてくれたのさ」

 そういえば、キャンプ場に着いてから、きれいな青い鳥がいるなと思ってたんだ。

 ぼくが青い鳥を見ると、青い鳥は軽くうなずいた。

「そうなんですね。ぼく、やっと大木のシュウさんに会えました。この小さくて白くてもろい貝のこと、分かりますか」

「うむ。それはな、貝の化石じゃよ。昔、ここは海じゃった」

 ぼくは目を丸くして、その話を聞き入った。

「信じられないかもしれないが、大昔この辺りは海じゃった。百万年ほど前の話じゃ。長い年月を経て、大地が盛り上がり、ここは山になった。さっきおまえさんが寝ていた所は、そのときの地層がちょうど上に出てきた場所じゃ」

「そんなことがあるんですね。ということは、この貝は大昔の海のことも、今の森のことも両方知っているってことですか」

「そうじゃな。千年も万年も、時を刻んできた貝は、何でも知っているかもしれないな。貝が今でいうお金の役割をした時代も知ってるだろうな。まぁこれは、お隣、古代中国の話じゃが。カール、キャンプ場の入り口にあったポスターは覚えているかい。海と森の野外音楽会とあったろう。この長い年月に想いを馳せながら、今ある自然に感謝をする。そのイベントに人間たちが集まって来ているんじゃ」

「あっ、そういうことだったのですね」

「明日は、森の動物、花、草、わしたち樹木、そして化石となった貝もきっと気持ちを合わせて、人間たちと一緒に歌を歌うよ。おまえさんもいい学びができたことだし、一緒に歌えるといいな」

「はい、もちろんです」

「さ、もう暗いから帰りなさい。この道を左にずっと行くと、林道に出る。そこからは車に気を付けて行くんじゃ。それが近道だから、来た道よりも早くキャンプ場に着く。道に迷ったり、不安になったら、周りの動物や植物に聞くといい」

「ありがとうございます。ここはとても素敵な世界ですね」

 ぼくは、森のみんなが一斉に大事な友達になったような気がして、嬉しくなった。そして、気持ちがホッとしたところで、急にゆりちゃんの顔が見たくなった。


 貝を優しくくわえた。月明りの下、駆け足でゆりちゃんの元へと急いだ。正しい道かどうか、神秘的に咲くカラスウリの花や、楽しく歌の練習をしているフクロウの親子に尋ねながら。


 ちょうど林道に出たところで、ドーンと大きな音がした。

「あっ」

 空を見上げると、赤、白、黄、青の色とりどりの光。

「花火だ!」

 あの方向に、ゆりちゃんたちがいるはず。

 ぼくは駆けて、駆けて、見たことのある道に出た。河原に続く道だ。昼間に遊んだ竹とんぼも落ちていた。

 こんなに飛んだなんて、すごいな!


 そのとき、聞き覚えのある男の人の声が聞こえた。

「オウ!カール!」

 ジョセフ君だった。すぐにゆりちゃんたちも駆けてきた。


「良かった、本当に良かった。心配したのよ、カール。随分な冒険だったわね」

 そう言って、ゆりちゃんは、ぼくをひょいと抱き上げ、土の付いたぼくの鼻先をつんつんと触った。ゆりちゃんの目には、花火が映し出された涙が、うっすらと見えた。ぼくは、頭をゆりちゃんにこすりつけた。


 隣の亜希ちゃんが気付いた。

「あらっ。カール、口に何かくわえているみたい」

 ゆりちゃんは、手のひらを広げて、ぼくの口の前に差し出した。ぼくは、大切な宝物をポッと出した。

「小さな巻き貝じゃない?でも周りが剥げて、白いわね。どこからくわえてきたの?」

「にゃーん、にゃん。にゃおーん、にゃっ」

「にゃん。そうなの。カール、何か言いたげね」


 ぼくは目の前で見る大きな花火と、ドーンドーンと胸に響く大きな音に興奮しながら、暗い森の方に目をやった。花火は森をチラチラと、色とりどりに染めていた。

 みんなもきっと興奮しているなぁ。

 ゆりちゃんに抱かれながら、ぼくは翌日開かれる野外音楽会を心待ちにした。


 お読みいただきありがとうございます。感想をお聞かせくださると大変ありがたいです。

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