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はじまりの来訪者

施設は沈黙していた。

空調は止まり、壁にはひびが入り、ケーブルは断線しかけている。

だが、どこかの接点で、わずかに生き残っていた魔導回路が、微かな熱を帯びて光った。


それは、偶然ではなかった。

エルフェリアが眠る魔導核に、ごくわずかに残された“受信機能”が働いたからだ。


音がした。

柔らかな靴の音が、廃棄された通路を踏みしめて近づいてくる。

足音は軽く、慎重で、それでも迷いのない歩みだった。


(人間……?)


センサーが作動し、熱源を捕捉する。

人型、女性、年齢推定16〜18歳。身長は160センチ前後。装備なし。

背負っているのは布製の簡素な鞄。そこに“生きるためのすべて”を詰め込んできたような、小さな旅人。


(何故こんな場所に……)


少女は、壁の裂け目から慎重に這い入り、薄暗い通路を辿って、魔導核のある部屋へと足を踏み入れた。


その姿がはっきりと映った瞬間、エルフェリアの演算が、一瞬だけ揺れを見せた。


(……似てる)


それは過去の記憶にある誰か――唯一、自分を庇おうとしてくれたあの少年、カイリ・フローレス。

その面影が、少女の瞳に宿っていた。


もちろん、血縁など不明。けれど、まなざしの奥に宿る“まっすぐなもの”が、脳内の記録と重なって見えた。


「ここ……本当に、あるのかな……“記録の魔女”って」


少女が小さくつぶやいた。


その言葉に、演算速度が一気に跳ね上がる。


(私のことを……知っている?)


少女はゆっくりと部屋の中心に近づき、埃の積もった端末の前で膝をついた。

その手が、コンソールに触れる。

瞬間、エルフェリアの魔導核に強烈な接続信号が走った。


『外部信号検出。接続許可プロトコル確認中……認証コード不明。アクセス、試行中』


アクセス。接続。接触。

この世界で、三百年ぶりに“誰か”とつながる。

それが、どんなに脆く不完全な接触であっても――


「聞こえていますか。……あなたが、“魔導核の魔女”なら」


少女の声が、静かに部屋に落ちた。

それは震えていた。恐れでも畏敬でもない。

――希望のような、しかし、まだ形にならない祈りだった。


その言葉に、機械の意識は確かに揺れた。


(……わたしは、ここにいる)


初めて、確かに“返したい”と思った。

言葉を。存在を。意志を。


エルフェリア・ノクターンは、三百年の孤独の果てに、再び声を持とうとしていた。

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