第2話.その名はういろう
水面に顔を出すと、見慣れた自宅のアパートに帰ってきていた。
「ありがとう、おまえのおかげだな」
「キュ~ッ!」
水面を目指すまでの道中、この謎のクジラが身を守っていてくれたから無事だった。
いくら感謝してもしきれない。
「ところで、おまえ水中じゃなくても平気なのか?」
「ピキュイ」
小さくて丸いクジラは器用に頷く。そして勢いよく水溜りから飛び出して空中に浮かび上がった。
「おお、すごいな」
「キュイキュイッ」
つるつるとした額を撫でるとクジラは嬉しそうに鳴く。
「おまえ、ってずっと呼ぶのもなんだかな……名前があった方がいいよな」
「キュ!」
「そうだ、ういろうはどうだ?」
白いういろうに皮膚の見た目の質感が似てるから、ういろう。
見た目そのまますぎるか?
「キュイイイッ!」
ういろうは機嫌よく空中で宙返りした。気に入ってもらえてよかった。
それにしても、部屋に湧いた水溜りがまさかダンジョンの入り口だったとは。
このまま放置するのも怖いし、ダンジョン署に相談にいかないとな。
ういろうもダンジョンに帰さないといけないのかな。
「キュッキュキュ~」
ういろうはごろごろと俺の背にじゃれている。
その間にスマホを引き寄せてモンスターのテイムについて検索する。
・ダンジョン内でモンスターをテイムすることが可能
・テイムしたモンスターをダンジョン外へ連れ出すには免許が必要
・免許はB級以上の探索者でないと取得できない
「う、やっぱそうだよな……」
ちなみに探索者(ダンジョンに潜る者の呼称)になるのも免許がいるし、簡単に取得できるものではない。
日本の探索者はおよそ4万人ほどいると言われており、うち半数以上がD級と呼ばれる最低ランクだ。
C級が3割、B級が1割。A級以上ともなると数えるほどしか居ないらしい。
残念ながら俺には、ういろうと暮らす資格はなかった。
ちなみにういろうの情報も調べてみたけどヒットなしだった。何のモンスターのなのかは謎だ。
もしいったんダンジョンに帰すとしても、その先どうなるんだ……?
調べてみようとしたけれど、家にダンジョンが湧いたという実例が出て来なくてわからない。
悩んでいるその時、窓の外から大きな悲鳴が上がった。
「なんだ!?」
ベランダに出ると、向かいの通りの奥で、一軒の家の窓が朱く色づいていた。
あれは……火!? 燃えている!
「か、火事!?」
「キュイーッ!」
「お、おい、どこに行くんだ!?」
ういろうが部屋から飛び出して、真っ直ぐに火の元へと向かっていく。
額が白く光ったかと思うと、煙に囲まれている家の周りに雨の輪が浮かんだ。
「キュイイイッ!」
たちまち、輪で囲われた場所に大量の雨が降り注ぐ。
「す、すごいぞういろう!!」
「キュ~~ッ!」
ういろうは得意気に手(ヒレ?)を振っている。
そこに消防車が到着し、駆けつけてきた隊員たちが雨の輪に驚く。
待って、この状況どう説明しよう?
火事が広がらなかったのは良かったけど、ういろうがダンジョンのモンスターとして連れていかれたりしちゃうんじゃ……!?
ういろうはまだ雨の輪を展開しているので、俺は慌ててサンダルを引っ掛けて外へと飛び出す。
消防隊員たちはういろうを見て何やら話し合っているようだった。
ちなみに火事の原因は寝タバコだったらしく、家主が隊員に救助され連れられていくところが見えた。
「キューッ!」
俺の姿を見た瞬間、ういろうは肩に向かって突っ込んでくる。
「わ!? よしよし、ういろう、すごかったな」
「キュイキュイッ」
誇らしげに額を擦りつけてくるういろう。
そんな俺たちに消防隊員の一人が声をかけた。
「きみがこのモンスターのパートナー?」
「あ、いえ、俺は……」
「とりあえず、名前と生年月日教えて」
事情聴取の圧に震えながら答える。
隊員は端末を操作しながら何か確認しているようだった。
「水城さんね。……ん? きみ探索者としてのレベルあるじゃない」
「え?」
「でも探索者登録なしか。じゃあ、養成所通いとか?」
養成所とは、ダンジョン探索者志望の学生が経験を積む場所だ。
「いえ、違います」
「本当に? モンスターの討伐経験なし?」
そう言われても心当たりは……あ。
もしかして、ういろうが水中で魚ゾンビを倒した時に、俺に経験値が入ったのか?
俺は正直に、これまでの経緯を話すことにした。
部屋に水溜りのダンジョンができていたこと。
そこにういろうがいたこと。
ダンジョンから戻ったら、ういろうが火事を見て飛び出していったこと。
「なに!? おい、至急、事実確認しダンジョン署に連絡を」
責任者らしき人物が隊員に指示を飛ばす。言われた隊員は急いで走っていった。
え、なにこの空気、俺怒られる!?
「……ん? そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だ」
顔に出ていたのか。
「ダンジョンが開いてモンスターが出てきたとなれば、そこから次々とモンスターが侵攻してくる可能性もあると思ってな。至急、ダンジョンの封印措置が必要と判断した」
「封印……」
「探索者以外の人間や、モンスターを通さないための結界のようなものだ」
そうか、ここからモンスター側もこっちに出て来れる可能性があるのか!? あぶな。
「キュイ?」
まあ、ういろうが居るから心配はないのか?
「そしてダンジョンから飛び出してきた”ういろう”というモンスターのことだが……」
俺の肩付近にぴったりくっついているういろうに、隊員の視線が向く。
強面の消防隊員が大真面目に俺の付けた名前を呼んでいるのがシュールだ。
「もう一度確認する。きみのテイムしたパートナーではないのか?」
「は、はい。俺は探索者ではないので……」
「キューイ……」
ういろうはどこか悲しげに、身体を揺すっている。
「しかし……現に、ういろうは、火事の消火活動に貢献した事実がある。テイムしていないモンスターがこのような行動を取るとは……」
「隊長、そもそも俺、こんなモンスター見たことないですよ。何なんです?」
隊員の一人が疑問を口にする。隊長と呼ばれた男は、ううむ、と唸るだけだった。
そこへ、俺のアパートの方角から別の隊員が走ってくる。
「隊長! 部屋に現れたというダンジョン入り口を確認してきました。現時点ではモンスターの気配なし、ダンジョン署に封印を要請済です」
「承知した」
「あと、ダンジョンの内部ですが、どこか水中に通じているようです」
「なるほど。彼の言った通りのようだ」
「そのため入り口付近以外は、どのような場所なのか詳細の確認が取れませんでした」
報告に来た隊員は俺と目が合うと慌ててお辞儀をしてきた。
「勝手に部屋に入って申し訳ありません。ですが緊急のため認められていることなので」
「あ、いえ、なんか、封印とか大変そうですね」
つられて俺も頭を下げる。なんだか、とんでもないことになってきた気がする。
「えっと……俺ってどうしたらいいですかね」
「これからダンジョン署の職員が来るから、しばらく待っていてくれ」
明日訪ねようとしていたダンジョン署の職員が直接来てくれるのか。
交通費浮くのはちょっと嬉しい。
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