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水中世界のデレリクト  作者: 雪峰
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第16話.探索者スイレン2

「ういろうちゃん? 一緒にお写真を……」

「キューーッ……!」


 中層までの境界は近い。

 スイレンさんは相変わらず、撮影用ドローンにういろうの姿を映そうとしていた。


「あの、スイレンさん? さすがに諦めてもらって……ういろうが困ってます」


 見ていられなくて、ドローンとの間に割って入る。


「あ……! すみません……! ご迷惑ですよね」


 スイレンさんが顔に悲しげな表情を貼り付ける。

 謝罪を口にしつつも、ドローンを引っ込めようとはしない。


「どうしても、可愛いういろうちゃんとの動画……いえ、写真でも良いので欲しくなってしまったんです。お願いです。テイマーのミズキさんからも取り成してくれませんか」

「ういろうが嫌がってるものは、オッケーできませんよ。どうしてそんなに固執するんですか?」


 スイレンさんは重い沈黙の後、口を開いた。


「……実はわたし、ういろうちゃんのファンなんです」

「ファン? えっと……どこで知って……?」

「モンスター用具専門店に行った時、たまたますれ違ったのがきっかけで……あちこち調べてミズキさんがテイムした子だって特定しました」


 調べてわかっちゃうの!? それはさすがに怖い。


「だから、今回のクエストも実は口実で、ういろうちゃんに会いたかったんですっ……!」

「そ、そうだったんですか!?」


 俺にスカウトが来た謎はこれで解けたけど、すごく複雑な気分だ。


 スイレンさんは瞳に薄っすら涙を浮かべた。


「でも、でも、ご迷惑かけちゃって、ごめんなさい。わたし、本当にういろうちゃんのこと可愛いって思ってるんです。たった一枚お写真が撮れたら、わたし、それで満足ですから……」


 目の前で女の子が泣いている。

 でも……なんだろう、この感じは。


 ここ最近の日々を表情豊かな子と一緒に過ごしてきたからこそ、感じる事なのかもしれないけど。

 この人の表情と言葉は、なんか嘘くさい……気がする。


「キュイ……」


 ういろうの額を撫でながら、俺は答えた。


「やっぱり、俺はういろうが嫌がることを許可できません。ういろうの答えが、あなたへの答えです」

「ピキュ」


 ぴったりと俺の肩に乗って離れないういろう。

 そんな俺たちを見て、スイレンさんの目が見開かれる。


「なんで……なんでこんなにお願いしてるのに、聞いてくれないの!!」


 穏やかな印象を湛えていた(まなじり)は一瞬にして吊り上がり、ヒステリックに吼える少女の姿がそこにはあった。


「いいでしょ動画や写真のちょっとくらい!! もったいない! わたしが配信してバズらせてあげようって言ってんじゃない!」

「……それが本性なんですね……」

「うるさいうるさい! その子を使えば、絶対にバズるのに!」

「目立つのが目的ならご自身で。ういろうを巻き込まないでくれませんか」


 ピキ、と周囲の空気が凍るような音が響く。

 比喩ではなく、スイレンさんの杖先に冷気が溜まっていた。


「自分でやって、駄目だったから言ってんじゃない……!! 勝手な事言わないでよッ!!」


 どっちが勝手なんだ!?


「う……わッ、!!」


 スイレンさんの杖から飛び出した氷弾が、俺へと飛んでくる。


「! キュイ、ッ……!!」


 前に飛び出したういろうが、氷弾を尻尾で撃ち返した。


「あ、ありがとうういろう! 大丈夫か?」

「キューイ!」

「……!? チッ!」


 氷弾が壁に突き刺さる衝撃派で、スイレンさんが尻もちをつく。

 さっきまで猫を被っていた女の子はどこに行ったんだというくらい派手な舌打ちをして。


「キュ……キュイイイイイ……!!」


 ういろうの体が発光する。

 ブレスを撃つ時の動作で、光が集められ一気に質量を増した。


「ひ……い!?」

「え!? 待て、ういろう!!」


 ういろうは明らかに怒っていた。

 攻撃してきた相手に今にもブレスを浴びせようとしている。


「ういろう! 落ち着いてくれ、向こうはもう戦意喪失してる!」

「キュ……イ?」


 俺の呼びかけに、徐々に光が弱まる。

 壁際に縮こまって震える相手に敵意が無いのを確認すると、ようやく戦闘態勢を解いたようだ。


「あ、あの……ごめんなさ……ごめん、なさい……」


 スイレンさんは縮みあがった体勢で何度も謝罪の言葉を口にしていた。


「良いですよ……とは今の状況じゃ言えませんけど。良ければ事情を教えてください。どうして、ういろうを利用してまで目立ちたいと思ったんですか?」





 ういろうが放った殺気は、中層までの境目のモンスターを完全に遠ざけていた。


 ダンジョンの壁に背を預けたまま、スイレンさんは話し始める。


「わたしの家。探索者の家系なんですよね。ダンジョン黎明期からずっと。家族や親戚はみんな、ダンジョンで何らかの偉業を残してます」

「名門……てことですか?」

「まあそうなりますね」


 スイレンさんは自嘲気味に笑う。


「わたしも物心ついた時から魔法の才能はあったし、期待されてたワケですよ。実際成果は出せたと思ってました。17歳でA級探索者になれましたし」

「じゅ……!? 凄い事じゃないですか」

「ううん。違ったんです。わたしの活躍は、A級探索者の姉のキャリーあっての成果でした。わたしはそれを自覚していなかった。自分だけが天才だと思い込んでました。その結果、単身でダンジョンに乗り込んで酷い目に合いました」


 言葉を切って、大きく吐息を吐き出す。


「……そこからあっという間に、実力の見直しがされて。B級探索者にランク落ちしたのが今のわたしです」


 かける言葉がなかった。かといって、沈黙を続けていいのかもわからなかった。

 何か言わなければと、対人経験の乏しい頭から言葉を捻りだす。


「で……でも、ランクはまた上げることが出来るし……!」

「”また”なんて、あるワケないじゃないですか……! わたし、失敗したんですよ!? もう取り消せないんです! 天才なんて調子に乗って、本当は、落ちこぼれだったんです……!」


 スイレンさんが涙を押し殺した声で反論するので、思わず俺も声に力が籠る。


「取り消せないなんて、誰が言ったんですか!」

「だ、誰がって……世間の常識でしょう?」

「世間ではB級だって充分すごいです。なのになんで、落ちこぼれなんて言うんですか?」

「……家族、が、両親が……お前は落伍者だって……」


 子供に向かって、そんな酷い事を言える家族がいるのか。


「だから、わたしは家を出ました。生活のために探索者の活動は続けました。姉と組まなくなって、色々な人とチームを組んだら、チームメイトの態度とか色々で……わたしはどうやら”可愛い”んだって、気づきました。強さで認められることが駄目になったのなら、可愛いを極めるのも悪くないかなーって、思うようになったんです」


 スイレンさんは無理矢理に笑みを作った。


「人に可愛いって認められるためにも、競争が必要なんですね。どれだけカワイイって思われたか、どれだけ目立ったか、全部数字で判断されます。いっぱいの”いいね”が欲しい……! だからバズるためなら、利用できるものは利用しなきゃって……!」


 震えていたスイレンさんの声が、ふっと消え入りそうなほどに微かになる。


「……それがなかったら、今度こそわたしは、何の意味もなくなっちゃう」


 気づけば俺は、手のひらに爪が食い込むほど、拳を強く握り締めていた。


「そんなことで意味がなくなる世の中なんて……クソすぎますよ……」

「……ふふ。でも残念ながら、クソなのが現実なんです」


 現実がクソなのは、俺もよく知っていた。

 でも、スイレンさんの抱える苦しさの根本は、俺にはきっとわからない。


 俺はスイレンさんみたいに名門でも天才でもない。最初からずっと、社会の期待の外にあった。

 だから、人の期待を外れて生きる時、それがどんなに苦しいものかという実感がない。

 

 俺からスイレンさんに言える事はないのだろうか?


「……こんな話、聞いてくれてありがとうございます。今日は沢山迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」


 スイレンさんは深々と頭を下げていた。


 ダンジョンの奥、何かが咆哮する声があった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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