第1話.水溜りからダンジョンへ
ずっと書いてみたかった現代ダンジョンものです。お楽しみいただけましたら嬉しいです。
俺、水城遊海は重たい足取りで自宅アパートへの道のりを歩いていた。
今日の面接で50社目。未だに内定は無し。
長年のコミュ障のおかげか就活は絶不調。
自分でも呆れるしかない。
とりあえず、今日はもう何も考えたくない。
コンビニ飯を食ったらさっさと寝ようと思いワンルームに帰ると、そこには大きな水溜りがあった。
「うわ!? 何だこれ!?」
水溜りはご丁寧にベッドだけを避けるようにして、カーペットも何もない剥き出しの床に広がっている。
「浸水……?? なんで!? どこから!? というか修理とかいくらかかんのこれ」
頭に咄嗟に過ぎるのは浸水の処理費用のことだった。
こういうのってクソ高い金額かかるんじゃないの!?
俺、保険とか入ってないんだけど……!?
とりあえず水を拭かなければと、手近にあったバスタオルを掴んで水溜りに押し付ける。
すると、バスタオルごと俺の腕がぬるりと水溜りを突き抜けた。
そう表現するしかないような、変な感触だった。
「うわわっ!?」
俺はバランスを崩してそのまま水溜りに突っ込んでしまう。
水しぶきも水音も上がらなかった。
ただ、深い水の底に沈んでいくような感覚がある―、というか本当に沈んでいる。
『す、水中~~~~!?』
沈んでいく水中で、俺はハッキリと声に出して驚いた。
世界中にダンジョンが突如出現し、生活に当たり前に溶け込んだ時代。
ダンジョンの出現と共に、一部の人間には「スキル」と呼ばれる固有能力が発現した。
なお俺のスキルは『水中活動』だ。
水の中でも普段と変わりなく活動が出来る能力。
でも、それだけだ。普段の俺はと言えば何の取り柄もない無職。
少しくらい水の中に潜れたからって、とくに何も出来ることはないのだ。
もし俺に他のチート能力も出現していたら、海底ダンジョンを制覇して一躍有名に!?
なんて夢見たこともある……が現実はただのニート。
……って、言ってる間にも、
『この水溜り、どこまで深いんだ!?』
俺は水中に落下し続けていた。
『上に泳いでいけば戻れるのか……? でも、この先に何があるんだ?』
少しずつ好奇心が湧き上がる。
危険かもしれないが……まあいい。どうせ戻ったってお祈りメールを貰う生活が待っているだけだ。
俺が就活失敗したって心配してくれる人は誰もいないし、失うものはとくにない。
『よし』
俺は意を決して水の中を泳ぎ出した。
始めは濁ったターコイズブルーしか見えなかった視界が、徐々にクリアになっていく。
細かい泡がいくつも目の前を立ち昇る。
視界が開けた時、そこには未知の空間が広がっていた。
『す、すげえ……! 何だ!?』
見下ろす先に、淡い白に発光する砂がどこまでも広がっている。
その砂に埋もれるようにして、古い遺跡のようなものが建っているのが見えた。
あそこに行ってみよう。
水中は、不気味に静まり返っている。
静寂の中を泳ぎながら、遺跡の入口らしき場所へ辿り着いた。
『ん?』
そこには、何か白いものがいた。
白くて、サッカーボールくらいの大きさの……まるっとした何か。
近づいてよく見ると、おもちゃのクジラのような形状をしている。
『ピ……キュィ……』
『え!?』
その”何か”が、俺に向かって声のようなものを発した。
生きている……のか!?
『……ピキュ!』
『あ……えーと、大丈夫、傷つけたりしないよ』
目線をそらしてゆっくり近づく。猫の警戒心を和らげる方法として、どこかで聞いた知識だ。
果たして効果があるのかはわからないけれど。あと相手は猫じゃないし。どちらかと言えば猫に捕食されそうな外見をしている。
『おまえはここに住んでるの?』
『ピ……』
丸っこいクジラのような外見をした生き物が、つぶらな瞳でじっと俺を見る。
やがてその全身がふるふると震え出した。
『ピキュイィィ~~ッ』
『うわ!?』
クジラは感極まったようなリアクションで俺に飛びついてきた。
肩口にぐりぐりと丸い額を押し付けてくる。
『ど、どうしたんだ……?』
『キュイキュイッ』
もしかして今までずっと一人ぼっちだったから寂しかったとか?
そうだとしたらめちゃくちゃ可愛いな。
撫でてみると、その額は陶食器のようにつるつるとしていた。
しばらく続けていると、撫でられた箇所が淡く発光し始めた。
『キュイッ!』
『おお? 嬉しいのか?』
反応を見るに嫌がられてはいないみたいだから、俺はしばらく謎のクジラとの触れ合いを楽しむ。
ずっとここでのんびりしていたい、なんて気持ちも浮かぶ。
でも、俺のスキル『水中活動』は、睡眠中だけは発動できないという欠点がある。
つまり眠るためには水中から外に出ないといけないのだ。
帰りのことを考えたら気が重い。
でも。
『はあ……おまえは癒されるなあ』
『キュイ~ッ』
これまで生き物との触れ合いの機会がなかった俺は、謎のクジラにすっかり癒されていた。
ころんとしたフォルムと感情豊かな瞳がとにかく可愛い。
『なあ、お前ってモンスターなの?』
『キュイ?』
『俺に免許があればなあ。連れて帰りたいよ』
ダンジョンに入場するのもモンスターをテイムするのも、現代は厳しい規制がかけられている。
ダンジョン黎明期に無謀にダンジョンに飛び込んでいって、命を散らした人の数が洒落にならなかったからだ。
あれ……もしかしてこの遺跡って、もしやダンジョンなのでは?
それとも水中ごとダンジョンの一部!?
入ってしまったのは事故で不可抗力だから罪にはならないと信じたいけども、じゃあモンスターが出る可能性もあるってことか!?
いや聞いたことはあるよ。
自宅の庭に、突然ダンジョンが現れちゃいました、的な話は。
でもそんなのレアケースすぎて真偽不明の都市伝説だったし、水溜りが入り口になるなんて聞いたことないし想像もつかなかったし!
決して俺の危機管理能力がゴミというわけでは……あるかも……。こういうところがお祈りされちゃう理由なんだろうか。
とにかく今は反省と自己分析をしている場合ではない。
『ごめん、俺、帰らないと』
『キュ、キュイ?』
『また来る……とは言えないのがしんどいな』
ここがダンジョンだとしたら呑気にお散歩できる環境ではないだろう。
そもそも、俺が水中活動スキル持ちだから良かったものの、そうでなければ水溜りに落ちた時に命を落としていた。
そう考えると途端にぞっとする。
『癒しをありがとう、元気でな』
『キュ!? キュイイィィィィ~~ッ』
俺がクジラからそっと手を離すと、クジラは急に唸り声を上げ始めた。
『な、なんだよ、そんなに怒ってるのか!?』
『キュイ……イイッ!!』
クジラの身体から激しい光が迸る。眩しさに思わず目を瞑る。
おそるおそる瞼をひらくと、そこには全身に鰭の生えた巨大なドラゴンがいた。
『は!?』
『ギュイイィィィィ~~~~ッッ!!』
ドラゴンは俺の背後に向かって閃光のブレスを発射する。
何が起こったかわからず一瞬、意識が固まる。
我に帰って慌てて振り向くと、槍を持ったゾンビのような下半身魚のモンスターがボロボロになって浮かんでいた。
『おまえ……今の攻撃はこの魚ゾンビに?』
『ギュウン』
『俺を助けてくれたのか……』
ドラゴンの身体から再び光が漏れ、身体が縮んでいく。
『キュイッ!』
そのシルエットはドラゴンから、小さな丸へ。
光の消えた場所には、謎のクジラの姿があった。
かわいい。
いや、何だったんだ、さっきのは……?
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