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2.朝のルーチンを任せてよろしいか。

「課長、失礼します」

 帯剣した女性が課長室に入ってくる。


「お待たせー。改めて紹介するわね。この根暗と陰湿を混ぜて3倍濃縮したような男がアキラくん。相手の剣士が名乗っているときに平気で撃ちそうな顔してるでしょ。好きな言葉はコスパ。コスと言えば、コスプレにも興味があり、性癖で言えばロリコンで、妹さんへの欲情を必死に抑えているところ。変態の中では自制心のある方だから安心していいわよ。むっつりスケベだし。でも、手を出してきたら、切り落として剣の錆にしてね」


 まともに紹介する気あんのか。

 ただ、自覚のある点もわずかにある。


「分かりました」


「承諾するとこちゃうわ! 課長のジョークや」

 初対面にもかかわらず、ツッコミを入れてしまう。


「えっ。私の発言に、嘘、大げさ、まぎらわしいは無添加よ」

 課長がわざとらしく驚いた様子を見せつける。


「その言葉が自己矛盾や!」


「アイスブレーキングはこれくらいにして、と。アキラくんは、採用3年目の係長で一応事務官。新卒から支部協力課で3年だから、課の業務や支部ギルドの仕事は大体分かっているわ」

 このような非花形部署に3年もいるということは、キャリアでないことの裏返しだ。


「ヨシノだ。よろしく頼む」


 先輩に対していきなりタメ口か。それとも俺がノンキャリだから舐めているのか。

 ただ、ヨシノが握手を求めて右手を差し出してきたので、俺も右手を合わせる。

 

 手のサイズは女性の標準だが、指の付け根の「剣だこ」が剣の技量を物語る。


「あ、アキラくん。早くもお手つきしちゃった。あと、いま握手のとき、手のサイズからスリーサイズを推定してたでしょ。だから、スリーサイズは上から9……」


「そんなん分かるか! あと、セクハラ情報を開示すんな!」


「推定してたのは否定しないわけね」

 課長がにやにやしている。


 やはり90は超えているのか。気づかれないように目線を胸に移動させると、ゆったりとした服でも豊かな膨らみが判別できる。

 この辺りがむっつりスケベということか。いや、男子なら大体気になるだろ。


「ヨシノちゃんは、敬語が苦手なので、大目に見てあげて。もし敬語を使って使ってほしかったら、バトルで勝利して、負けを認めさせなきゃだめらしいわ。ちなみに、監察部内でも敬語を使う相手は2人だけ」


「恐縮です」


「褒められてへんわ!」

 思わず再度突っ込む。


「そういえば課長に対しては敬語なんですね」


「さっきラップしりとりバトルで勝利したからね」

 課長が誇らしげに笑っている。


 頭脳戦や心理戦のバトルもありなのか。守備範囲が広い。


「私にはのびしろしか無いわ。いま修行中よ」 

 ヨシノが何故か敵意むき出しで俺を見返す。


「ヨシノちゃんは、今年のI種の武官採用で監察部付き。研修生として支部協力課にきているけど、1級監察官で権限強いし、セクハラ、パワハラはその場で訓告まで可能だから気をつけてね」

 俺よりも課長自身に言い聞かせてほしい。


「自己紹介をすると、特技は剣技全般で、趣味は鍛錬。あとは食べ歩き。大学での実習のときから、ギルドにはお世話になっていて、ギル庁に就職できて光栄だ。いつかカウンター内の仕事をしてみたいと思っていた」


 ヨシノが真っ直ぐな瞳で俺を見つめながら言い放つ。


 S級冒険者にまで上り詰めたのに、それに未練を残さずキャリア官僚に転身か。

 俺には眩しすぎる。


「アキラです。よろしくお願いします。とりあえず一緒に業務を担当していきますので。1人で判断せず、報連相をしっかりお願いします」


 相手がタメ口でも、こちらは敬語で話す。そうやって距離感を保った方が気楽だ。


「分かった。ほう・れん・そう、ならまかせてほしい。鳳凰昇天撃、煉獄焦熱刃、双竜衝波斬、どれも得意技だ」


「ギルド内でそんな物騒な技を使わへんわ!」


 前言撤回。敬語で突っ込むのは無理だ。


 ただ、3つとも最上級の剣技で、それらを全て習得しているとは流石の腕前だ。

 

「早くも息がぴったりで良いコンビね。これなら安心」

 課長は満足そうに頷いている。

 

 不安しかないわ。


 だが改めて理解した。ヨシノは剣技以外ポンコツで、デスクワークが絶望的。だから、ここに「研修」をしに来たわけだ。

 もはや良いニュースはなく、悪いニュースのみでしかない。


 目を細め、課長に非難の眼差しを向ける。

 当事者はにやにやと笑っている。


「というわけで、無事に自己紹介タイムも終わったし、後は若い2人で業務に戻って大丈夫よ」


「承知しました。腕が鳴ります」

 その腕を使う機会はあまりないと思う。


「……『課長もお若いですよ』とかのフォローを待ってたんだけど。私、まだアラサーだし」

 課長の面倒なところが出てきそうだ。


「まあいいや。とりあえずアキラくんは、新聞クリッピングの途中だったでしょ。それもヨシノちゃんにやらせてみたらいいわ。あとは、依頼の受付と発注の窓口とか。冒険者登録も楽しそう。一度くらいは近くの支部ギルドも見学させてみたらどう? そうそう、財務省から予算要求と増員のレク(注:レクチャー。説明のこと)に呼ばれていたよね。それにも連れて行ってあげたら」


 本音を言えば、全て一人でこなした方が早い。だが、そういうわけにもいかない。


「分かりました。給料分は働きますよ。ただ業務が増える分、残業時間もきっちり付けますんで」

 皮肉を込めて答えて、目を輝かせているキャリアとともに俺は課長室を出る。


 


「ヨシノさん、あらためてよろしくお願いします。それではクリッピングをやってみてください」


「クリッピングとはどんな剣技だ?」


 ズレている。そして、俺の執務机の隣に座る研修生はあいかわらずタメ口か。

 だが、高圧的な印象はなく、武芸者のような口調だ。

 

「クリッピングは、朝の早い段階で、支部ギルドに関係する新聞記事をまとめて、各支部に魔導通信で送信します。要は情報収集と情報共有です」


 ヨシノはふむふむと頷いている。


「ではとりあえず、土曜から今朝までの新聞に目を通して、関係記事をピックアップしてみてください」


「心得た!」


「お願いします。私も新聞記事をダブルチェックします」




 10数分後。

「俺の記事選定は完了だ。いろんなニュースがあるものだな」

 ヨシノが数枚の新聞紙を持ちながら、報告しに来る。


 報連相のうち、報告の言葉の意味自体は知っていたわけだ。


「ありがとうございます。ちょっと見せてください」




「まず、『バネッサ近郊で家畜があらされる』と」

 鋭い爪で切り裂かれるも、何のモンスターかは依然不明で、住民に不安が広がる。


「これはギルドに討伐依頼が来るかもしれませんね。共有記事に追加しましょう」


「やった!」

 ヨシノが満面の笑みを浮かべている。

 


「次は、『商務省のキャリア官僚が勤務中に違法薬物を使用。職場も捜索』」

 またまた商務省ね。折角キャリアで採用されたのに、もったいない。


「面白いですけど、さすがにギルドで勤務中に違法薬物をキメる職員はいないでしょう。これはスルー」


「そうなのか? 監察部の先輩からは、商務省の一挙手一投足を見逃すな、そして隙あらば一刀両断と教わった」


「どう考えても言い過ぎや!」


「そうなのか!」

 ヨシノは驚きの声を上げるが、俺のほうが驚きだ。


 今までヨシノに商務省の役人との接点がなくて良かった。


「確かに、商務省と我々の冒険者管理庁、ギル庁との仲は悪いです。商人の経済活動を所管する商務省からすると、ギルドの採集依頼や収集依頼には権限が及ばない上に、相場を乱高下させるリスクがあるので、ギル庁は邪魔者です。冒険者向け限定とは言え、ギル庁は装備品や消耗品の販売もしていますし」


 大学の時代からギルドを利用していたのならば、ギルドの機能については理解しているだろう。


「そしてギル庁からみると、商務省はいちいち難癖を付けてくるし、省より格下の庁だからと見下してくる。商務省とはいつも権限争いで鞘当さやあてをしています」


「ほう、そこからつば迫り合いに発展し、刃傷沙汰になるわけか」


「ものの例えや! 普通の役人は剣自体もってへんわ」


「それもそうか」


「商務省に着目するのはいいんですが、この記事はあまりにギル庁の業務と遠いのでスルーしましょう」


「委細承知」

 威勢はいいが、本当に中身を理解してくれたのだろうか。




「次にいきましょう。『満月草が不足。ポーション類の製造に支障のおそれも』。これは採集の依頼やギルド内のポーションの在庫管理に跳ねるかもしれませんね。インで」


 満月草は各種の回復薬や解毒薬の原材料となるので、影響は小さくないかもしれない。


「満月草には精神高揚作用と筋力増強効果もあるので、森林地帯でのクエストの時によく食べていた。緊急の解毒に用いることもあった。昔は独特の匂いとえぐ味に抵抗を感じてたんだが、段々と癖になってきて、今では家に常備している。知り合いにも布教中だ。そのまま食べるだけでなく、肉に振りかけて香草焼きにしてもうまい」


「食レポは望んでへんわ。というか、お前の買い占めが原因ちゃうやろな」


「えっ。店頭に出ている満月草は全部買うときもあるが、倉庫のものまでは手を付けてないし、違うよな?」


「俺に聞くな!」


 ヨシノが少し戸惑った顔をしている。

 とはいえ、さすがに一般人が一店舗で買った程度で、市場全体で不足にはならないだろう。


「各ギルドにも備蓄分はあるだろうが、補充できないといつまで持つだろうか」


 もしも本当にこいつが原因やったらどうしよう。




「私が気になった記事はこんなところだ」

 ギル庁との関係度ではなく、自分の興味関心でピックアップしてないか?


「ありがとうございました。色々な意味で面白い記事を選んでくれて」


「いつでも任せてほしい」

 俺の皮肉は通じていないようだ。

 

「ヨシノさんが選んだ記事の他には、例えばこれ。『全身毛むくじゃらの男が保護。本人は記憶喪失と主張』。城壁内の治安なら警務省が主担当ですが、モンスター関連ならギルドも関係するかもしれません。詳細がよく分かりませんが、これもインにしておきましょう」


「ほう。アキラは毛むくじゃらの男が気になると」


「俺の趣味嗜好みたいな表現をすんな!」


「もちろん人の好みはそれぞれだ。『みんなちがって、みんないい』の精神だ」

 これ以上突っ込む気力もない。


「最後はこれですね。『通信省の行政文書が流出。幹部に減給処分』。通信省は魔導通信ネットワークの整備や維持を所管していますが、管理体制は大丈夫ですかね。ギル庁でも情報流出はたまにありますし、文書管理の再警告のために、インにして、皆さんに共有しましょう」


「なるほど」

 ヨシノが珍しく殊勝に頷いている。


「入庁のときの研修でも、文書管理やコンプラの関係は講義やテストがありましたよね?」

 不祥事の度に研修が積み上がっていく。新人向けの研修も例外ではない。


「大丈夫だ。いま思い出した」


「全然定着してへんやんけ!」


「剣技とは、できないことを繰り返し修行して、身につけるものだ」


「何か良い話風に言ってるけど、単に忘れてただけやろ!」


「前向きなのが私の長所だ」


 未来だけではなくもう少し過去を省みてほしい。

 それにしても、前評判どおりの大型新人だ。


 育休中の係員といい、病休中の課長補佐といい、相変わらず俺の配属運は無い。

 あるいは不幸の星が付いているのか。

 今回もポンコツキャリアの研修生を引くとは、貧乏くじには大当たりだ。



「記事の峻別は大体終わったので。各ギルド支部への魔導通信を準備しましょう」


 そう言いながら、ヨシノに機器の操作は無理だという予感があった。

 予感が確信に、確信が真実に変わるまで5分もかからなかった。


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