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1.キャリアの研修生を受け入れてよろしいか。

 窓口は開いていないにもかかわらず、朝は案外忙しい。

 とりわけ月曜朝は、業務開始を重荷とともに迎える。

 土日の反動という心理的な抑圧。

 そして、土日と月曜の3日分もの大量の新聞記事のおかげで。



『警務省の職員が痴漢で逮捕』

 公務員ネタとはいえ、さすがに痴漢の話までは共有不要か。スルー。


『商務省の魔石流通担当が収賄で逮捕』

 また商務省かよ。あいつら全然懲りないな。カウンターパートがいるかもしれないし、一応イン。 


 次の記事は……。

 


「アキラくん。ちょっと部屋に来てくれるかしら」

 不意に課長から呼び出しを受ける。


 声の主を見やると、上司のミヤコ支部協力課長が、長身の女性と連れ立って執務カウンター内に入ってきた。

 

 初めて見る女性だ。

 腰まで流れる艶やかな赤髪がまず目に付く。腰の細身の長剣にも存在感がある。冒険者達のように鎧装束ではなく、平服で帯剣しているのも目立つ。


 均整の取れた目鼻立ちにわずかに上がった目尻が、肉食の野生動物の印象を与える。

 顔よりも、まず背格好と装備を気にするのは職業病か。


 課長が執務カウンター内に迎え入れたということは、一般人ではないということだろう。



「空いてるイスに座って少し待っていて。後で呼ぶから」

 そう言って、課長は一人で自室に入る。


「わかりました」

 女性は予備のイスに腰掛けて、ギルドカウンター内をきょろきょろと見回している。




「失礼します」

 メモを手に課長の小部屋に入ると、甘い匂いに出迎えられる。


 課長はスカートのままデスクに腰掛けている。行儀が良いとは言えないが、その方が低身長の課長とは話しやすい。

 目のやり場には多少困る。


 課長は丸顔と亜麻色の髪の毛が特徴だ。何よりも身長の対比からすると、課長とあの赤髪、長身の女性とはお笑いコンビのように見えなくもない。



「あ、扉を閉めてくれる」

 セクハラ、パワハラ防止のために基本的に開け放たれている扉。それを閉めるということは、内々の話か。



 

「何でしょうか」

「いいニュースと悪いニュースがあるの。どちらから聞きたい?」

 課長がいたずらっぽい笑みを浮かべながら問う。


「悪い方からお願いします」


「いいニュースはね、支部協力課に増員があること」

「聞いといて悪い方から言わへんのか!」

 つい故郷の言葉で突っ込んでしまう。


 普段は敬語と営業スマイルでごまかしているが、あまりの理不尽にペルソナが剥がれてしまった。

 

「ごめん、ごめん。一度この前振りを使ってみたかったの」


「それで悪いニュースは何ですか?」

「しかも新しく来る職員はとても美人」

 課長が連れてきた、赤髪の女性を思い浮かべる。


 確かに、直属の上司だった係長は育児休業中、さらに上の課長補佐はメンタル不調で離脱中なので、増員は願ってもない。

 遅すぎるくらいだ。


 彼女の整った顔立ちからすると、美人という評価も妥当だ。


 ただ、この初夏の中途半端な時期に、事前の内示も無しに、いきなり職員が追加されるなんて人事を聞いたことがない。

 しかも、課長は頑なに悪いニュースを説明しない。


「それで悪いニュースは何ですか?」


「特に無いわね」

「じゃあ2択で聞くなや!」


「ははは。ごめん、ごめん。アキラくんは厳しいなあ」

 課長の表情に反省の色は見られない。


「冗談はこれくらいにして……」

 ついに仕事の話かと思い、メモの準備をする。


「……ヨシノちゃんを、しばらく面倒みてあげてほしいの」


 何をメモすべきか混乱し、手が動かない。

 いつもは端的な指示で分かりやすいが、今回の課長の発言には情報が乏しすぎる。


「ヨシノさんの面倒ですか?」

 単語を拾って返すことしかできない。

 

「そうそう。もう少し説明するわね。私と一緒に入ってきた女性は見た?」

「はい。帯剣してましたね」


「彼女はヨシノちゃん。今年度の冒険者管理庁の新規採用者」

 冒険者管理庁は冒険者ギルドを所管する組織で、通称ギル庁。名前が長いので、俺達職員はたいていギル庁と呼んでいる。


「I種の武官で試験区分は剣技。だから帯剣が許されてるわ。東都大学武闘学部では主席で、公務員試験の成績も最上位クラス」


 I種職員、つまりキャリア採用か。激務に心身を捧げ、超速の出世を得るエリート。胸の奥がかすかに痛む。


 キャリアの試験に受かるだけでも才媛だ。

 しかもキャリア試験の合格者は各省庁で更に個別の官庁訪問で面接や実技試験を経て採用されるので、実際にキャリアとして就職できるのは試験合格者のうちの一握りだけ。



「東都大学武闘学部だと学生の間から実技の実習としてギルドの依頼を多数こなして、卒業生のほとんどは冒険者になるものだと思っていました」


「そうね。東都大の武闘学部の学生と卒業生は、ギルドでもお得意様だからね。彼女も学生時代にS級まで上がったらしいわ」


「学生時代にS級とは尋常じゃないですね。いくら東都大といえども、数年に一人出るか出ないかでしょ」


「稀有な存在だったのは確かね。『暁の一閃』の通り名は聞いたことあるわよね」

 噂では聞いたことがある。

 ソロでS級となった赤髪の剣士だと。


「なおさら冒険者を続けるのが既定路線じゃないんですか?」


「惜しむ声は大きかったようよ。ただ、何事にも原則と例外があることをアキラくんは知ってるわよね」

 課長は微笑みつつ、俺を見据える。


「そもそもギル庁がキャリアの武官を採用してたのを知りませんでした」

 俺は少々話題を転換する。


「前衛職だけね。ただ、毎年採用してるわけじゃなくて、良い人がいれば採用するという方針で、2、3年に1人くらいの採用らしいわ」


「そんな優秀なキャリア様が、なんでこんな支部協力課のような端牌はじぱいの課に来るんですか? 普通は官房とかの勤務でしょ。特に若いうちは」


「それは私が若くないということかしら?」

 確かに。

 俺の言い振りでは、ミヤコ課長もキャリアだから、支部協力課にいる時点で若くないということになってしまう。


「何事にも例外はあるということで」


「そう。私もヨシノちゃんもその例外ということ」


「そろそろ、その例外的事情とやらを教えていただけますか」


「あまりに早く出世しすぎて、見た目の成長が追いつかないまま課長を襲名しまして。それで若さの秘訣は半身浴とホットヨガを……」


「そっちやのうて、聞きたいのはヨシノさんの事情や!」

 いつまでも課長のペースに乗せられるわけにもいかない。


「あら、マニア垂涎すいぜんの極秘情報なのに。残念」


「私はコンサバなので、ヨシノさんの情報を教えて下さい」


「やっぱりヨシノちゃんが気になるわけ。隅に置けないわね。スリーサイズは上から9……」


「何でそんなん知ってんねん!」

 確かに気になる情報だが。


「冗談はこれくらいにしてと」


「それ、さっきも聞きましたよ」


「厳しいなー。月曜朝のアイドリングじゃない」


「アイドリングのし過ぎで、私の堪忍袋がオーバーヒートで焼ききれる前に、本題に入ってください」


「はいはい。ヨシノちゃんも、他の事務官や技官のキャリアと一緒に研修を受けてたわ。今月、官房の監察部に正式に配属されて、デスクワーク半分、実地調査半分で働いてたのよ。で、彼女、戦闘以外のセンスが皆無だったの」

 ひどい言い草だ。


「監察部の仕事の中で、違反冒険者の鎮圧や威力偵察なんかでは活躍してたんだけど、報告書の作成や内部調整はてんでだめ。あと、監察案件でも多いのは、セクハラ、パワハラやお金がらみじゃない。そういうのも全部暴力で解決しようとするらしいわ」


「どう考えても、ギル庁というか公務員に向いてませんよね」


「『剣技があれば何でもできる』が口癖らしいわ」


「ダー!! 才能を活かすには冒険者になった方が良かったんじゃないですか?」


「その辺りの動機は本人に聞いてちょ」


 

「で、ヨシノちゃんに戦闘以外の経験を積んでもらうために、この支部協力課で研修することになったというわけ」


「これ、増員じゃなくて、負担の押し付けですよね。何で監察部で研修しないんですか?」


 キャリアの幹部はいつも机上の空論で、足元のドブさらいはノンキャリや支部に丸投げだ。


 やっと理解できた。

 いいニュースが増員で、悪いニュースはその増員がポンコツということだ。 


「なぜ支部協力課かって? 美貌と人望を兼ね備えたミヤコちゃんを擁するここ支部協力課に、白羽の矢が立ったというわけで」


「投げたさじが運悪く当たったんでしょ」


「うまいこと言うわね。まあ、支部協力課にはギルド支部との関わりのほかに、一応ギルドの窓口も運営業務もあるから、ここで研修するのは自然な流れよ」


 俺は苦虫を噛み潰した気分になる。


「支部協力課は、各支部ギルドの業務を支援して、統括することが本務ですよね。ギル庁本店の窓口業務は当課の本務ではなく、押し付けられただけでしょ」


 5年前、複数のギルド支部における窓口業務の怠慢が新聞と国会で問題になって炎上した。その対応策の一つとして挙げられたのが、ギル庁本体に窓口を設置することだった。


 それ自体は一定の意義があるが、実行の段階になって、全ての関係課が『自分の所掌ではない』として、消極的権限争い(注:組織間の仕事の押し付け合い)が行われた。


 デマケで揉めに揉めた結果、一番力の弱かった支部協力課に業務が落とされたと聞いている。



「それはそうだけど、当課の所掌事務に窓口の運営って規定してあるからねえ」


 確かに、今更、所掌の変更を要求することもできないし、そうすると窓口での研修を担当しない訳にもいかない。

  

「分かりました。給料分は働きますよ。というか既に決定しているんですよね」


「そういうこと。官房の監察部に籍を置いたまま、支部協力課で研修する扱いよ」


「何をやらせればいいですか?」


「アキラくんの業務を全部やらせていいわよ。あと、窓口業務は色々と経験させてあげて」


「困ったら、美貌と人望を兼ね備えたミヤコ課長に相談して」

 自分で言って気に入ったようだ。


「行き詰まったら、粗暴と陰謀も併せ持つミヤコ課長を頼ります」


「4翻。もう少しで満貫確定ね」


「藪から棒も加えてください」


「これで5翻。満貫だわ。キリもいいし、顔合わせをするから表のヨシノちゃんを呼んできてくれる」


「分かりました」

 きびすを返し、扉のノブに手をかけようとする。


 その時、課長から声が掛かる。


「最初は負担もあるだろうけど、良い子だから面倒見てあげて。それに……」


 課長の眼差しが鋭くなり、瞳の奥に淡い光が宿る。美貌の課長もあながち誇張ではない。


 ポンコツである上司の局長を操り人形にしたり、うまく宥めすかしたりして、曲者の多い支部ギルドを仕切る手腕には評価も人望も付いてくる。

 俺を馬車馬のように働かせつつも、家庭の事情には配慮してくれる。


「ヨシノちゃんとアキラくんは、相性いいと思うよ。きっと良いコンビになれるわ」

 その根拠が気になりつつも、曖昧な笑みを浮かべただけで、俺はノブを回して扉を開ける。


「あっ、でも手は出しちゃ駄目よ。まあ二人とも大人だし合意があればいいのか。ただ、アキラくんは意気地なしの童貞で、安牌アンパイみたいなもんだからねえ」

 背後から聞こえる声は黙殺する。


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