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15.紅蓮の炎で焼かれた後に。(2)

「失礼します」


 扉を開けると、病室は個室だった。

 窓際のベットで上体を起こしているアキラとまず目が合う。そして20代前半くらいの黒髪の女性が振り返り、にやりと笑った気がする。


「あなた、この女は誰なの。私という妻がいながら、どうして他の女に手を出すの!」


 えっ、妻、修羅場?

 お見舞いに来ただけなのに。

 部屋を間違えた?

 

 しかしベッドにいるのはアキラに間違いない。

 彼女は何か誤解をしている。


「いや、私はアキラとそういう関係ではなく。単に見舞いに寄らせてもらっただけで。はい、お取り込み中の様なので失礼する」


 混乱して言葉がうまく出てこない。


「やめや、あほ。職場の同僚や。事件の話をしたときにもようけ出てきたやろ。ヨシノさんや」


 アキラは全く狼狽している様子はない。


「お兄ちゃん、分かってるって。昔なつかしの三角関係のもつれごっこをしたいかなと思っただけやで」


 女性は目を細めて笑っている。


「すみませんね。こいつは妹のアカネです。おい、ちゃんと挨拶しなさい」


「はじめまして、アカネです。不束者ふつつかものですがよろしくお願いします」

 アカネは立ち上がり、深々とお辞儀をする。



「はじめまして、同僚のヨシノと言います。いつもアキラ……殿にはお世話になっています」

 少し余所行きの挨拶をする。今更気づいたが、さっきは呼び捨てにしてしまった。


 

「お兄ちゃんから聞きました。今回は大変でしたね。新聞にも大きく出てましたよ。バネッサギルドの支部長が違法薬物で大暴れって。でもヨシノさんには大きな怪我がなくて良かったですね」


 ふと気づくと、アキラの左足にはギブスが付けられており、左手には包帯が巻きつけられている。


「すまない。お兄さんには大怪我をさせてしまった」

 アカネに向き直って頭を下げる。


「いえいえ、そういう意味で言ったんじゃないんですよ」

 アカネは、両手を振って否定する。


「大学の時もよく傷だらけで帰ってきてましたし、こんなの怪我のうちに入りませんよ」


「怪我は本当に大したこと無くて、扱いが大げさなだけなんですよ。明日には退院して、あさってから職場にも復帰する予定ですし。2泊3日の検査入院ですよ。帰りの馬車でも回復魔法を掛けてもらったようで、ありがとうございました」

 アキラもフォローしてくれる。

 

 確かに回復魔法を使ったが、昨日の今日で全快するわけはない。腹部や背中の打撲はまだしも、足のギブスは骨折だろう。回復魔法は自然治癒力を高めるだけで、骨折や内蔵の損傷には効果が薄い。


「ヨシノさんこそ体調は大丈夫ですか?」


「私は大丈夫……です」

 


「なんか固いなー。お二人さん。私、お邪魔ですかねー。ちょっと花瓶の水を変えてきますね」

 アカネがイスから立ち上がり、花瓶を抱えて扉に向かう。


「あ、お兄ちゃんの右手に少し痺れがあるようなので、何なら押さえきれない欲望の処理をお手伝いしてもらって構いませんので。お兄ちゃんのあれって凄いから、昨晩は私が足腰立たなくなるくらい大変だったの」


「下ネタやめや。一から十まで嘘っぱちやろ!」

 アキラがたしなめる。


「あら、お兄ちゃんがお腹空いているかもしれないから、棚のりんごを剥いてあげてくださいって伝えただけなんだけど。昨晩はパンが食べたいって急に言うから、1階の売店まで階段で買いに行くのが大変だったのは本当でしょ。これのどこが下ネタなのか、自分の心に良く聞いてみてね」


「うっさいわ。はよ出てけ」


 アキラが右手で追い出すジェスチャーをする。


 痺れている様子はないが、本当に大丈夫なのだろうか。



「はいはい。あとは若い二人でごゆっくりどうぞー」

 そう言ってアカネは扉を閉める。



 

 10秒ほど沈黙が部屋を支配する。


「立ちっぱなしもなんなので、イスに座ってください」


 沈黙に耐えかねたわけではないだろうが、アキラがイスを勧める。

 アキラに目線を合わせるためにも、座らせて貰おう。




「ヨシノさんは」

「アキラ殿は」

 二人の発言と名前が交差する。


「どうぞ先に言ってください」


 予想通りアキラが先攻を譲る。

 

「すみません。アキラ殿には本当に妹さんがいたんですね」


 確かに初対面の時に、課長がそんなことも言っていた気もする。課長の発言はどこまでジョークでどこまで真実かわからない。


「ああそうです。7歳離れているので、娘みたいなもんですよ」

 7歳差ということは、高校三年生くらいか。


「ずいぶんしっかりとしているというか、大人びているんですね」

 容姿も発言も。


「うちは事情があって、二人暮らしなので、どうしても背伸びさせてしまったようで、ああなってしまいました。すみませんね」


 事件の日もバネッサでの入院を拒み、頑なに家に帰るとうわ言のように呟いていた。その理由はアカネを一人にしたくなかったからか。


「いえ、ちょっと圧倒されましたが、可愛い妹さんですね」


 アキラがほっとしたような微かな笑みを見せる。普段の職場では見せない兄の顔をしている。

 妹に向けた優しい笑顔に心が少しざわつく。




「アキラ殿は魔法も使えたんですね」

 少し迂遠な発言になってしまう。


「ええ、少しだけ……」


「武闘学部出身で冒険者として活動していたと聞きました」


「昔の話ですよ」

 アキラが言葉少なに答える。


「アキラ殿は冒険者を続ける道があったんじゃないですか?」

 不躾ぶしつけかつ無意味な質問だ。だが、どうしても気持ちを押さえきれなかった。


「大学生4回生の時に母が死んでしまい、ばたばたしていたんですよ。父はしばらく音信不通でしたし。アカネは、奨学金がもらえる東の方の高校に入学することにしました。それで、俺は転勤が少ない事務職の公務員試験を受けて、東の方で採用してくれたのがギル庁だったというだけですよ」


 アキラは扉の様子を気にしている。アカネがこの話を聞くと、自責の念を惹起するからだろう。

 だが扉が開く気配がないと分かると、視線を真っ直ぐ私に注ぐ。



 アキラには冒険者を続ける余地もあったろうに、今の仕事を選択した訳だ。だがアキラにとって、その選択は自己犠牲ではなく、あくまで環境の中で最善を尽くしたということだろう。

 どうすればアキラのような確固たる自己を、断固たる覚悟を持って、進む道を決めることができるのだろうか。



 考え事をして会話が止まる。焦点が合わないまま窓の外を眺めていると、急に夕日が目に飛び込んでくる。

 もう夕方か。


 眩しさに目線をを部屋に戻すと、その中心のアキラと視線がぶつかる。

 ずっと見られていたのだろうか。


 見つめ合うのが気恥ずかしく、すぐに視線を逸してしまう。



「そういえば。アキラ殿も言いかけていましたが、何でしょうか?」

 取り繕って、少し早口になってしまった。



「ああ、大したことじゃないんですが……私に敬語になったんですね」


 えっ。そういえば、アキラに対して敬語を使っている。

 いつからだ? 別に勝負に負けたわけでもないのに。


「いや、これは。お詫びとして、今日だけです。私が不用意に毒を口にしたことで、怪我をさせて申し訳ありませんでした」


 立ち上がって頭を下げる。

 今日はこのお詫びが第一の目的だ。遅くなってしまった。


「気にしなくて大丈夫ですよ。あのマカロンはおいしかったですか?」


「サクサクの生地の歯ごたえと、挟んであったクリームの濃厚な風味が絶妙で最高でした」

 今思い出してもよだれが出そうだ。


「それは良かったです。私も本当は食べたかったんですよ」


「そうだったんですか」

 アキラも甘いものが好きだったのか。

 また新たな一面を知ってしまった。


 どうしよう。

 この状況ならどうするのが、正解だ。


 いや違う。『何を決断するか』ではなく『何かを決断すること』が大事なんだ。


「怪我が治ったら一緒にマカロンを食べに行きませんか?」

 少し声が上ずってしまった。

 だが誘うという決断はできた。あとは結果論だ。


 自分の言動を意識すると恥ずかしくなってくる。


「では、ボーナスが出たらお店に行ってみましょうか。アカネもマカロンに興味津々でしたし」


 アカネを含めて3人ということか。

 残念なような、ほっとしたような。


 お茶会のパーティーのようでもあり、前衛後衛を含むので冒険者パーティーにも見えるかもしれない。

 どっちにしても久しぶりだ。



「私がご迷惑をお掛けしたお詫びに、お二人にご馳走しますよ」

 

「お詫びとというか、こちらこそ危ないところを助けてもらってありがとうございました。結局、ヨシノさんの剣技頼みになってしまいました」


「いや、私がマヒさえしていなければ、あんな男に遅れを取ることはなかったし、一度撤退して応援を求めたり、もっと安全に対処することもできたはずです」

 掛け値なしの本心だ。

 

「そもそも今回の業務は研修のはずなのに、イレギュラーの嵐ですからね。課長は何となく危険性が分かった上で、レザーアーマーを装備させたりして、配慮してくれたようですが、違法薬物の製造、使用、暴行、監禁、殺人未遂などなど、キャリアの1級監察官がいたとしても、係長と係員の2人で対応する事案ではないですよ。我々はうまくやった方でしょう」


 アキラが手振りで座るように勧めるので、再度イスに腰を下ろす。


「もはや私もヨシノさんの言葉遣いは気にしていないですが、私への敬語は今日だけなんですね」


 そう今日だけだ。まだ負けを認めたくない。


「そうです。なぜならアキラ殿は私の……」


 私はアキラの何だ。アキラは私の何なのか。

 先輩と後輩、前衛と後衛、同僚。

 2人の関係性はどう表現したらいいのか。


 今度パーティーもある。

 私達は……。



「アキラ殿は私のライバルだから。……ツッコミの」


 自然と言葉が紡がれる。

 だが、自分の気持ちがはっきりしない。この発言は嘘ではないが、正確でもない気がする。

 

 尊敬の念も抱いている。

 嫉妬の炎も燻っている。

 背中を預ける戦友でもありたい。

 強敵と書いて『とも』とも呼びたい。


 自分に無い何かを持つアキラ。その憧憬の帰結として、アキラに隙間を埋めてもらいたいのか、自らで欠けたピースを満たそうと努力するのか。考えがまとまらない。


 ライバルではあるが、その前提として2人でパーティー、いやコンビでもありたい。

 

「ツッコミのライバルですか。人生で初めて言われましたよ」

 アキラは薄っすらと笑っている。


「お前はツッコミやのうてボケ担当やろ!」


 背後で急に甲高い声がした。アカネだ。


 背後を取られたことに気づかなかった。気を抜いていたのは確かなものの、滅多にあることではない。



「あまりにお兄ちゃんのツッコミのキレが悪いので、ついつい口を出してしまった。やっぱりまだ本調子じゃないのね」


 アカネはベッドの横に花瓶を置く。 


「あっ、今から18禁シーンで、『じゃあ、まずはツッコミの基本の型を教えるために、俺のきかん棒をお前の色んなお口に突っ込むで。ぐへへ』という展開が始まるところだったか」

 アカネはウンウンと頷いている。


「ヨシノさん、俺のライバルだったら、代わりにこいつにツッコんでみてください」

 アキラが呆れ顔で促す。



「私のきかん棒をアカネちゃんに突っ込めばいいのか? あいにく棒術は専門外で、今日も剣はあるが、きかん棒とやらも持ち合わせていない」


 病室が兄妹の笑い声で溢れる。


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