君は誰かの願いならなんでも叶えられる
例えば、誰かの願いをなんでも叶えられる魔法のような力があるとして
『欲しいですか?』
甘い話や美味しい話はあるか。代償を疑う。
『お金などは必要ありません。私はソレをあげたいだけの神様』
信じる力があるなら叶いそうなこと。
誰かの想いは、姿形・魔法にでも化けそうなくらいのこの世界で。おそらく、太古からできてしまうリアリティある魔法。
自分の願いを叶えるものじゃない。誰かの願いを叶えるもの。
頷いた彼に魔法を添える、暇で意地悪な神様。
◇ ◇
キュッキュッ
「ふ~~っ」
喫茶店でコップやお皿を磨きながらため息を零した、老店主のアシズムさん。どことなくホッとした感じではあるが、嬉しそうになる。
一方で、サンドウィッチを頬張りながら不満そうな顔になる青年、広嶋は隣に置いてある野球バットのケースに手をかけようとする素振りを見せつつ
「ムカつくな~、アシズム」
「そう思う?私は嬉しいんだよ。まったく」
「お前がずっと抱えてろよ、世界の平和のためにはそれが良かった」
「私にだって自由と楽しみをくれないか。まったく、困るねぇ」
誰だって、誰かの役に立ちたい。そんな気持ちがわずかにあって、熱くなって、勘違いな恋が生まれたりもする。その残留思念の負が積み重なって出来上がってしまった能力。
そんなの抱えたら、誰だって神様を誇れるんだから、なんとか外したかった。誰かに譲渡しなければ……そーいう相手を探すのにも一苦労していたのだから、現れた上で渡せてホッとする。
アシズムの皿洗いも終わって、広嶋に向かい合って労いを込めて
「報酬に奢りだよ。好きに頼んでくれよ」
「お前の店を潰しても足りねぇよ」
「ははは、そう言わないでくれ。せめての気持ち。久しく感謝を忘れてしまってね」
「2日程度のことで何言ってやがる」
アシズムが誰かに渡したかった傍迷惑なモノ。それを手に入れてしまった男はどうなってしまったか?
◇ ◇
自分の願いではなく、誰かの願いを叶えられる。
そんな夢を見てしまった。
「今の俺は、魔法のランプを持ったみたいな気分だ」
魔法を手にする。能力が身に付く。
それを察知するのは、自分に全能感があるのだと自覚する。今、走るだけで、時速1000キロの速度を出せるような身体の高揚。深海の暗さ重さにも耐えられて、むしろそこで光り輝けそうな強い精神力。
彼は人間でありながら、神様であると自覚・自負・当然と思うようになる。
そんな彼が持つ能力。
”自分の願いではなく、誰かの願いを叶えられる”
まさに聖人。
これは世界で起こる争いを止められるほどだ。
自分自身も自覚すること。
だから、彼は仕事仲間の一人にこの力を使ってあげる。使用制限も、使用回数もない。なぜなら自分は神様。世界を救える者。
「なぁ、俺にできることはないか?」
「そうだな…………。仕事したら?」
…………。
能力は発揮させられる。
誰かの願いを叶えられる。自分は彼の願いに従って、仕事をする。
まったくなんて素晴らしい力に、こんな願いをするんだ。
じゃあ今度は女の子に聞いてみる。可愛い子に声をかけよう。今なら自信に満ち溢れている。
「俺にできることはないかな?なんでもしてあげるよ」
「えーっと…………。あたしに関わらないで?」
…………。
能力は発揮させられる。
誰かの願いを叶えられる。自分は彼女の願いに従って、関わらない。
「あれ?おかしいなぁ……」
自分は確かに万能になって、誰かの願いを叶えている。
それなのになんだか虚しい気持ち。それでもめげない。落ち込んでしまうと、力がどこかに行ってしまいそうだ。
もうこうなったら、手当たり次第だ。
「俺にできることはないかな?」
「では、静かにしたらどうでしょうか?」
こうして静かになる、自分。
「君の願いを俺はなんでも叶えられるよ。俺にできることはないかな?」
「怪しい話はいいんで、帰ってください」
怪しい話はしていないんだけど、帰る自分……。
そこは話に乗って、1000万欲しいとか願ってくれたら、お金を差し出せるのに。周りは欲がない。いやいや、自分を信頼されていない?
こうなったら誘導的な願いを言おう。自分は誰かの願いにタダ乗りしたいだけなんだ。
出会い系を使って女の子を呼んで見て、今度こそ使おう。
「ここに立派な新築ができる。俺は君にプレゼントできるんだが、君が俺に願ってくれたらきっと叶う。どうだろうか?俺にできることはないかな?」
さぁさぁ、新築を買いたいと言うんだ。絶対に俺は誰かの願いを叶えられる。
「まぁ、素敵!こんな立派な新築を買うんですぅ?」
これまでにない反応。女性は喜んだ。
ちょっとズルをしたかもと、内心焦ったが
「結婚しましょう!」
「やったぜっ!」
「ご購入ありがとうございます!」
「お金はこの人が全部出してくれます!」
「……あれ?」
これまでもこれからも。能力に間違いはない。俺は確かに新築を購入した。俺がローンを組んで新築を買っていた。未来の嫁は何も金を払わなかった。
結局、自分が死ぬまでやっていただけだった。新築のローンの返済をし終えるまでは、この力は使用不能になっていた。叶えている最中に、別の願いは願えない事を知った。
こんなにも素晴らしい、誰かの願いを叶えられる力は……。
こんなにも誰からも信用されず、自分自身を救えることもない悲しい力というものだった。
「……ま」
可愛い女と結婚して、3人の子供を作って、立派な新築を手に入れただけでも、素晴らしい生活を手にできたのは確かなのかな?自分自身を救えないと思うのは、その時思っただけのこと。
こんなに壮大に語ることもないが。良き人生ではあったよ。