第9話 破滅的思考
(左腕、骨折。腹部裂傷)
(回復手段、無し)
(爆炎術式、使用。AOE消失。相手に次に大量展開されたら終わる)
(デスドール再充填まで後、二分半。トールマンより逃げ切れる可能性。極小)
(勝算。…………十分だ)
紫苑は腕を振り抜き、カードを顕現させる。左腕が使えないので右腕だけだが、卓越した技術で複数枚の展開を可能にしていた。
■『ボマーフィッシュ』 異形 コスト1 ノーマル
●好きなタイミングで自爆させられる。相手の体力を爆発によって10%削る。
●この異形が破壊されたとき使用者の体力を爆発によって20%失う。
●攻撃力1 体力1
小さな影が巨大な『トールマン』に向かって飛んでいく。
「自傷デッキ……! 自傷アグロか! 『トールマン』シールド展開!!」
ガトリング砲。
ミサイルランチャー。
ビーム兵器。
エナジーシールド。
四体の『バッテリーメカ』を素体にしているので、この四つとも解放されている、最大武装の完全形態だ。紫苑が放つ、爆弾を彷彿とさせるハリセンボンのような魚。ボマーフィッシュの割合ダメージはエナジーシールドで防がれてしまう。しかし、常にシールドは張られているわけではない。爆炎が晴れたところで、次のボマーフィッシュが飛んでくる。
それは超合金のような形状をした、トールマンに着弾し、ミサイルランチャーを破壊する。
(コイツ……死ぬ気か? 一回の爆発で20%体が吹き飛ぶんだぞ?)
自傷デッキは確かに学園の構築済みデッキにあるが、その危険性ゆえに使用する人間は殆どいない。
(基本的に自傷するカードは強い、強いことはわかっているのだが使う人間は少ない)
(これが“ゲーム”ならば話は別だ。しかし、自ら死に近づいてまで効率を取るのは最早狂人の域だ)
(しかし、その火力や物量はリスクをとった分比類なく、コストパフォーマンスも高い)
(機械コントロールに対して自傷アグロ。相性は良くないな。だが、トールマンが健在な限り、君に勝ちはない)
「『トールマン』機銃掃射を……」
そこで身体中爆発痕まみれで、血が滴っている紫苑が笑ったのを、雪菜は確かに目撃した。
「……そうか。もう5回、割合ダメージを食らっている。20%減が5回だからおおよそ今の体力は32.8%」
「計算……早いね。そして今、君はそれに気づいてしまった。不慮の事故ならば“仕方ない”で済むんだっけか」
「では、確実に殺される体力まで自分を追い込んだら、どうなるんだろうか?」
□□□
「勝敗の決め方は降参、もしくは意識不明等の戦闘不能。あとは判定員のドクターストップ」
「時間は15分がスタンダードですのでそれで行きましょう」
「禁止事項は故意による相手の殺害。フィールドからの離脱。これらは即座に敗北となります」
□□□
(こ、こいつ。昨日入学してきたばかりだろ? それなのにもう模擬戦のルールの穴を見つけたというのか。割合ダメージでは例え無限回試行したとしても体力は0にならない。だが、それだけだぞ? 痛みはあるし、出血もする。傷はカードで治せるが……)
(死んだら終わりなんだぞ!?)
一瞬雪菜は、攻撃の手を休めてしまった。しかし次の瞬間、瞬きの間に。紫苑に距離を詰められていた。
「え?」
■『火事場』 装備 コスト50 レア
●5分間の間だけ自分に作用する
●体力が35%以下ならば、身体能力を5倍にする
大振りの拳が雪菜めがけて振り下ろされる。初めて雪菜は自分の死を覚悟した。恐怖から目をつぶってしまう。
一秒。
二秒。
三秒。
何も起こらない。
うっすらと眼を開けると紫苑は笑っていた。そのまま両手で優しく雪菜を押すと、彼女はフィールドの外に出てしまった。
尻もちをついて、愕然とする雪菜の耳に、声高に叫ぶ琴音の声が聞こえてくる。
「最上雪菜、場外! 模擬戦、勝者。月見里紫苑!」
その言葉を聞いた瞬間、紫苑は糸の切れた人形のように仰向けに倒れる。急いで琴音と、彼女が手配した保健委員の面々がカードを用いて紫苑の傷を治していく。
「紫苑さん。無茶もいいところですよ。殺したら反則負け、っていうルールを聞いた瞬間から、ここまで想定してデッキを組んでいたのでしょう?」
「ははは、そうだね。ドクターストップがかかることが一番の懸念だった」
「だが……」
紫苑は一枚のカードをデッキから抜き取る。それは『純銀の盾』。致死ダメージを一度だけ無効にできるカード。
「殺される覚悟はあったよ。雪菜が聡明だったおかげでこれを使わずに済んだ」
琴音は息をのんだ。畏怖と恐怖。そして何よりも心配な眼差しで、紫苑を見つめていた。
(彼は、強い。だが、危うい。彼は自分へのダメージもリソースとして考えている。死さえ想定した作戦をたかがランキングを上げるためだけの模擬戦で使用しているのだ。何が彼をそこまで駆り立てる? 生き急ぐにも程がある。あの目、桜島ダンジョンで異形に吶喊した自衛隊の瞳と同じ……)
「紫苑さん」
いつにもまして琴音が真面目な顔をして紫苑に話しかけてくる。
「何だい?」
「もっと自分を大事になさってください。自分の命をもっと大切にしてあげてください」
「これくらい、どうってことは無い」
「そんなことッ……!」
「僕は失楽園を取り戻す。それが異形に無惨にも殺された、僕の家族の弔いになる。そのためだったらどんな非人間的な作戦も立てるし、実行する」
(まだ僕にはカード資産がそんなにない。リスクを取らなければ二回生と互角の勝負に持っていくことさえできなかっただろう。自傷による心理的負荷と、『純銀の盾』による保険。『火事場』による場外。ルール説明の時からこれは視野に入れていた)
(自分の命が大事かだと? もちろん大事だ。それなくして大望の成就は出来ないから。なりふり構ってなどいられない。最初の壁で挫折などいい笑い話だ)
琴音は紫苑の覚悟を見誤っていた。彼は死さえ恐れずに、琴音を助けた。雪菜を仲間に引き入れる為だけに、ここまでのリスクを取った。
(私はこの人を見たことがある)
(厳密には違う。髪の色も肌の色も。失楽園に向かい、散っていった英雄と)
(瞳が、同じだ)
□□□
カードの力は凄まじい。『不死鳥の霊薬』を複数枚使われた紫苑はもうすでに傷は塞がっていた。そんな彼のもとに雪菜が歩み寄ってくる。彼女の紅瞳はまっすぐと紫苑の黒瞳を見据えていた。言いたげな表情の雪菜に答えるように紫苑は話しかける。
「雪菜、君を初めて見て最初に思った事は、その強かさと注意力だ」
「どうして……。会って一言二言しかまだボクたちは話していない……」
「だからだよ。初対面の特待生に模擬戦の申し込み。それは自分の勝ちが見えている人間にしか出来っこない」
「……でも」
「言い方は悪いが、誰かをカモにするつもりの人間は、僕が見てきた限り、注意深さも合わせ持っている。カモに自分がネギを背負っていることに気付かせないためにね」
「……」
「大体の人間性がわかれば対策は立てられる。反則負けを嫌うだろう。例えお咎めなしでもね」
感嘆したように息を漏らし、雪菜は片目を瞑る。
「凄い、ね。完敗だった。ボクもそれなりに強い自信があったんだけど、特待生がどれほどのものなのか思い知らされたよ」
雪菜は手を差し出してくる。
紫苑は彼女の手を握り握手を交わした。そこに話しかけてくるのは、保健委員に撤収の号令をかけた、琴音だった。
「じゃあ最上先輩、これからは協力してくれるわけですね」
「雪菜でいいって。ボクで良ければ。っていうよりそれだけでいいの? 紫苑くん」
「え? 僕?」
「いやあ、だってこんな可愛い美少女がなんでも好きにしていいって言っているんだよ? 例えばおっぱい触らせろとか、お尻に顔を埋めさせろとか色々あるじゃん?」
紫苑は押し黙り少しばかり思案したのち、口を開く。
「……君、もしかして痴女なの?」
「そうだよ! 見て分からない? 麗しい紅瞳に、絹のような白い髪。そりゃあエッチなことだってたくさん経験あるさ」
「エッチな事って言って、最初に出るのが『おっぱい』と『お尻』なんだね。経験豊富なのに」
「何が言いたいの? 男の人がそういうの好きなのは知っているんだから」
「……初体験はいつなの? 経験人数は?」
「あ……それは、中学だったかな……高校だったかな。人数は二桁超えたころから数えていない、よ?」
しどろもどろになりながら答える雪菜だったがそれが強がりであることは誰の目から見ても明白だった。
「ふうん。そう。じゃあ初めてはどこで?」
「そりゃベッドが無ければ……だから、あ! ラブホだよ家の近くの!」
「休憩? 宿泊?」
「え……? あーそうだなあ。あー……」
いよいよ持ち前の知識で答えるのが難しくなってきた雪菜に琴音がフォローに入る。
「やめてあげてくださいよぉ!! セクハラですからね紫苑さん! ダメですよそういうのは!」
「先にセクハラしたの雪菜なんだが……」
涙目の雪菜を琴音が抱きしめている。呆れたように肩をすくめる紫苑を睨む琴音。
「……貴方が理事長や私の胸見ている事知っているんですからね」
「え! 何それ! 紫苑くん胸は小さいのが良いって言ってたじゃん!」
「訂正だ、雪菜。小さい“のも”良いだ」
「むっつりスケベくそ強トレイターじゃん。君」
「蔑称なの? 褒めてるの?」
呆れ果てる様に紫苑を見つめる琴音だったが、見てしまった。彼が片手でデッキケースの中でクールタイムが明けたカードを並べ替え、もし仮に今、奇襲されても戦えるように常に戦闘態勢を取っている。
他愛のない雑談中でも、いつ殺しの場に変貌するかわからないという覚悟をもって彼はここにいる。
「納得いかないが、雪菜の髪撫でてもいいか?」
彼女の髪はぼさぼさで先ほど形容したように絹の様ではなかった。だがそれがかえって触り心地がよさそうで触ってみたいという欲求はあったのだ。
「なに? 変わったフェティッシュをお持ちなんだね」
「動物みたいで、ずっと触ってみたかったんだよね」
「いいよ、心行くまで撫でるがいい」
腰に手を当て薄い胸を張りどや顔する雪菜を撫でる。
「おお、これは結構触り心地が良い。ずっと撫でていたくなる」
「素直に喜んでいていいものなのか、わからないね」
□□□
「さて」
紫苑が心行くまで撫で繰り回した後、雪菜は手を鳴らす。
「じゃあさ、じゃあさ。さっそくデッキ構築パーティーしようよ! ボクの部屋に集まってさ!」
「うん。それが目的だったからねえ」
「いいですね。私も参加していいですか?」
「勿論、琴音ちゃんも」
すでに陽は落ちて真っ暗だ。三人はタクシーに乗って、雪菜の寮。北東棟、一階の部屋まで移動していく。その間も様々な趣味やデッキの話をした。そうしていたらあっという間に雪菜の寮についてしまった。
□□□ 雪菜の部屋
一言で表現するならば汚部屋だった。ゴミは至る所に散乱しており、脱ぎっぱなしの衣服もそこら中に落ちている、足の踏み場もない程の散乱具合だった。わざと部屋を汚そうともここまでの惨状にはならないだろう。三人は足で適当なものを避けて部屋の中に入っていく。
「汚いけど座って。まずボクはブログ更新しないと」
「さて、と『新進気鋭の大型新人。最上雪菜を打ち倒す!』見出しはこんなもんでいいかな」
「これは?」
「ブロマガ。サブスクで学園の最新情報をお届けしている。月額1980円。情報は速度と正確さが命だからね。これで結構稼いでるんだよ、学園で800人くらい加入してるから。あ、君達2人は無料で見られるようにしておくね」
「ありがとうございます」
「月に約160万? そんなに稼いでんの!? 一芸あったら身を助けるんだな。ああ、ありがとう。助かる」
紫苑は改めてこの部屋を見渡す。カーテンも閉め切ってあり薄暗い。電灯も光量を絞っているようだ。それでも汚いという情報だけは伝わってくる。
「にしても部屋汚いな、なんだこれ……パンツ?」
水色のリボンがついた下着がソファの背もたれに引っかかっていた。
「あのー。下着出しっぱですけど」
「あー、べつにいいよ。見られても。気にしないし」
そこで雪菜はパソコンと向かい合う手を止めて、笑いながら首を後ろに向ける。
「もしかして欲しい? 売ろうか? 980円で良いよ」
「安いな!」
「安いって、どこかで買った事あるんですか? 使用済み下着」
ジト目の琴音。紫苑をまるで汚物を見るような眼で見てくる。
「ないない! 誤解だ! 言葉のあやだ!」
必死に否定し、何とか信用してもらえたようだ。
「これだけ汚なければ、探せばカードの一枚二枚出てきそうなものだが」
「ボクのカードは全部金庫に入れてある。デッキは別だけどね。紫苑君もカードの管理はちゃんとしておくんだよ。っと」
ブラインドタッチで本日の情報を載せた後、紫苑達の方に向き直る。
「『トールマン』かっこよかったでしょ! ボクのお気に入りのカードなんだ!」
「ロマンあるデッキだね。でも、もう少し安定性が欲しいよね。バッテリーを破壊するアグロと当たると途端にしんどい」
「まあ、このデッキはダンジョン攻略用のをちょっと弄っているだけだからね。対人特化ではないんだ。そして、『バッテリーメカ』を『バッテリーロボ』に変えたら強くなるんだけどお金が足りないんだ」
「まあそこはおいおいじゃないか? 正直僕はまだダンジョンには潜った経験はないが、機械デッキは完成度高いと思うぞ」
「私のデッキも見てもらえますか? 旋律デッキなんですけど……」
明日は休日なので、夜遅くまでデッキ構築の相談に熱が入っても問題ない。「ああでもない」「こうしたほうが良い」「資産的に難しいか」と様々な意見が飛び交った。
一段落ついたところで、雪菜はゲーミングチェアにもたれかかりながら、仰々しく芝居がかった様子で話し始める。
「さて、君は幸運な事にボクという情報屋を仲間に引き入れた。昔から戦争は情報ひとつが戦局を左右する値千金なものだ。それがなんでも出てくる魔法のランプ。最初の願いは一体何だろうか?」




