第7話 必修科目
この学園は一限と二限の間に昼休みがある。基本的に午前に一コマ、午後に三コマの授業がある。そのため授業開始時刻が比較的遅い。理由としては様々な委員の活動がある点と、朝の自主練習を推奨しているためである。
昼食後、琴音と別れた紫苑は歯磨きをした後、先ほどの講堂に戻る。全ての授業が必修であるこの学園で、編入生に対して行われる講義は、普通入学した学生に数週間で追いつかせる為、タイトなスケジュールになっている。
そもそも光るものがあるという理由で編入した学生なのだから、実技や、模擬のいくつかを省かれている。説明に関してもある程度理解していることを前提条件にカリキュラムが組まれている。
紫苑は講義開始前、10分前には講堂の座席につき、学生手帳の電子テキストを開いていた。まばらに見える編入学生たちの何人かはもうすでにグループを作っているようだったが、紫苑は友人を作るのが苦手である。
声はかけたが、当たり障りのない天気の話しかできずに、「あ、そうですね」の一言で会話が途切れたことは彼の今後の人生で黒歴史になること確実であろう。
一番前の長机に座っている紫苑はテキストに目を通しているところで不意に声をかけられる。
「おー。勉強熱心だね! 君。流石は理事長の言っていた逸材だ。努力は時に天才をも打ち破る。感心感心」
快活な声を上げる女性が目の前にいた。黒髪のショートヘアに、女性用スーツを身に着けた妙齢の女性だ。紫苑は軍属だったり、エージェントだったりはしない。だが、それでも驚異の存在感のなさだ。ここまで至近距離まで顔を近づけられて初めて彼女の存在を認識した。彼女が紫苑に敵愾心を持っていたならば刈り取られていた。
「さてさて! みんな着席! 『デッキ構築概論』の講義を始めるよ!」
何人かのグループで話していた編入生は着席し、テキストを開くと同時に始業のチャイムが鳴る。
「初めまして、私は長谷川。正直、時間が無いから、さっそく授業を始めていきますね」
黒板前のスクリーンにはわかりやすくまとめた説明がされており、長谷川という講師の几帳面さがわかる。そこを補足していく形で講義が進められていく。
「まずデッキというものがどういうものか、まぁ入学試験パスしてるんだから心配はないと思うけどぉ、一応シラバス通りやっていくね」
「カードを集めた束、それがデッキ。最大で8枚、これは学園や政府が決めた事じゃなくてカードのルールみたい。何度か大量のカードを集めたデッキでダンジョン攻略をしようとしたトレイターがいたんだけど同時に使用可能なのは一人につき8枚が限界だって事が世界的に知られているんだよね」
「ちなみに普段持ち歩いても8枚が活性化させる限界で、何枚持ち歩いても問題はないが、デッキは8枚。同じくこれもルールだね」
「デッキの変更に関してだけど、アクティベートしたカード8枚でデッキになる。それは24時間経過しないと変更できない」
「例外はある。がそれはダンジョン攻略基礎でやるだろうね」
プロジェクターのスライドが次に進められ、四分割した画面に切り替わる。
「カードの種類は大きく分けて4種。『異形』『呪文』『武具』『装備』これらに該当しない『その他』もあるんだけどそれについての説明は割愛するね。というより規則性が無くて説明が難しいんだ」
「『異形』はみんな知ってる人類の仇敵。化け物どもを使役できる。敵に回すと末恐ろしいが、味方になればなんと頼もしい事か。ダンジョン攻略の上で基本となるのはこのカード。自立型は術者の命令は聞かないから注意してね」
長谷川はホルスターからカードを抜くと角の生えた小鬼。『ゴブリン』の異形が顕現する。もう一度カードを振るとその『ゴブリン』はカードに戻り不活性化した。
「『呪文』は一回使い切りのカード。強力なAOEから回復まで、様々なカードが揃っている。『異形』ほど継戦能力はないが、状況の打開に一役買ってくれる」
「『武具』は説明不要かな? トレイター自身が使用可能な武器や防具。近代兵器がガラクタに思えるほど強力だよ」
「『装備』は自動発動の物が多いね。エンチャントもこれに含まれる。特定の条件下で半永続的にバフを人間や建造物に与えることが出来る」
「とまあこんな感じ」
手品師のように様々なカードの実演をした彼女は話を次に進める。
「でさ、カードゲームなんてやった事ないよって人は、デッキは多ければ多いほど良いって勘違いしがちなんだけれども、現実は逆で殆どのカード“ゲーム”はデッキが少ない方がいい。理由としてはランダムにカードが引かれる場合少ない方がお目当てのカードが引きやすくなるってロジックなんだけど……」
一瞬ためた後、スライドを切り替え、そこにはでかでかと文字が表示されていた。
「トレイターには全く当てはまりません!」
「カードは多ければ多いほど良い! だから基本は8枚でデッキを組む事。理由は好きなカードを好きな順番で使用出来るから。それだけ!」
「さて、その大前提を踏まえた上で構築論を話しましょうね。基本的にノーマル、レアしか手に入らないだろうからそこからお勧めのカードを」
■『ゴーレム』 異形 コスト15 ノーマル
●非常に耐久能力に優れた性能を持つ
●攻撃力15 体力100
「時間稼ぎにもってこいのカードだね。ただ状況次第で時間が味方をするか敵になるかはわからないからそこもよく考えて」
■『不死鳥の霊薬』 呪文 コスト10 レア
●任意の異形、もしくは人間一体の体力を50%回復する
「これは割と必須のカード。レアリティの割に効果が凄い。ダンジョンを無傷で突破するのは困難だから、これ一つあるだけで生還率が格段に変わるよ」
「学園が貸与している構築済みデッキでも殆どのものに入っているね。下位互換の……」
■『不死鳥の傷薬』 呪文 コスト10 ノーマル
●任意の異形、もしくは人間一体の体力を30%回復する
「もあるけどこれは30%しか回復しないから代替するのはお勧めしないね」
「それと武器カード。これも最低一枚は入れておいた方がいい。1番怖い死因が数による圧殺だから、銃火器よりも近接武器の方がいい。これは後で述べるコストと合わせて話そうね」
「ではコストの概念だ。あまり私が話しすぎるのもアレだな、学生にも聞いてみよう。コストとは何だと思う?」
「血とかですか?」
「金だったり?」
学生たちは口々に言う。
その回答に紫苑は辟易した。彼と違って、編入学生は筆記をパスして此処にいるはずだ。そんな重要なことも知らずによくここまで来れたと尊敬さえ覚える。紫苑は手を上げて答える。
「時間ですよね?」
「正解だ。よく調べているね。クールタイム、日本語にすると再充填時間と言ったところか。そのカードを使用したらデッキに戻り、カードは不活性化する。また使用可能になるまでの時間がコストだ。例えばコスト10の『不死鳥の霊薬』を使ったら、10分後に再度使用可能になる」
「遠距離武器ならば弾丸が無くなり、デッキに戻ってクールタイムの間使えなくなってしまう。当然現代戦闘でも銃火器の強さは知られていると思うが、近接武器は耐久度が持つまで身を守れる。デッキに最低一枚近接武器を入れておいてくれ、というのはこれが理由だ。まぁチームの編成にもよるが。ガンナーも有用なのは近代戦闘と変わらないね」
長谷川は手を叩き、笑顔を作る。
「では本日の講義はここまで、小テストをやって終わりにするね」
□□□ 対人戦概論
十分間の休憩の後、間髪入れずに白髪に白い口髭を携えた山本が講堂に入ってくる。三コマ目は『対人戦概論』。
「まずこの講義の存在意義から語ることにしようかね。トレイターは本来異形の討伐及びダンジョン攻略、カード収集の為に存在している訳で、対人など想定はしていないわけだ。なのにどうしてこの講義が必須なのか」
「カードは最低レアリティのノーマルでさえ1枚10万から100万の価値がつく。我々トレイターは歩く宝物庫といっても過言ではない」
「そして、政府トレイター、民間トレイターの他に、『トレイター』を狙いカードを強奪する非合法トレイターが存在する。我々は軍属だ。民間にも存在するというのがややこしいがこれはトレイター法でやる」
山本は最初会った時には掛けていなかった眼鏡を着用しており、顔も真剣そのものだ。それはこの講義の重要さを雄弁に語っていた。
「非合法トレイターはトレイターの証である胸章をつけていない。彼らは強奪者と呼ばれる」
「スナッチャー相手にみすみす敗北することは自身の危険の他にも強力なカードが犯罪者に渡る。世間一般の視点から見ても負の部分が大きい」
「よって対抗手段を講じるのが本講義の意義である。トレイター法の講義で詳しくやると思うがこの国から決闘罪は撤廃された。国に認可されていないスナッチャーに襲われた場合、抵抗が許されており、死なせてもお咎めなしだ」
「裏を返せば、向こうも殺す気で強奪に来るだろうから全力で抵抗してくれ」
「そして異形相手の戦いとの最大の違い。向かい合っての決闘などにはそうそうならないという事だ。毒、爆弾、狙撃。そういった暗殺を使用してくる可能性がある」
「それらに対抗するカードも対人用デッキに入っているわけだ」
■『感知石』 装備 コスト10 ノーマル
●自分に殺意が向けられた場合、音で知らせてくれる
●耐久3
「非常にリーズナブルで汎用性の高い暗殺防止のカードだ。ダンジョン攻略時はそこまで有用ではない、殺意なんて常に向けられているからね」
山本はおどけたように肩をすくめる。それを見て何人かの学生は笑いを零すが、紫苑はまったくもって笑えなかった。絶望的な殺意の奔流。それを北海道で嫌というほど味わったからだ。
「だが普段過ごすデッキではこれを一枚は入れておいてほしい。自動防御や反撃まで出来る高レアリティカードもあるが、それは資産に余裕ができた時に検討してくれ」
「そしてこのスナッチャー。国としても撃滅することを主においていてね。撃破した敵のカードは奪って問題はない」
「警察官も現在は全員がトレイターだ。政府トレイターの公務員だから、通報するのも当然の権利だが、到着までスナッチャーが待ってくれるわけでもないし、その場合カードは警察に押収され、国に送られる」
「民間トレイターの中にはスナッチャーを狩るためだけの組織も存在するらしい。カード目当てにね。たしか『アルテミスギルド』だったかな。これらは正式な呼称ではないが狩人と呼ばれているみたいだね」
「で、ともかく対人戦は経験あるのみだ。学園内の模擬戦闘で訓練を欠かさないでくれ」
「そしてトレイターは軍人として扱われる。君達は二等兵だが、我々教師陣は少尉以上だ。階級が上がれば部下を率いる責任と権限が与えられる。中には権限を放棄して自由奔放にやっている者も居るが」
「階級が上がれば、社会的信用も高くなる。大部隊を任せても良いようになるため、悪い事ではない」
「最も大事な事。これを言わなくてはいけない」
「全世界指名手配犯。『天災』片洲晶子。こいつだけには気を付けてくれ。抵抗もするな」
学生が疑問を口にする。
「天才? 指名手配のスナッチャーに褒め言葉を?」
「いいや、災害。天災だ。1年前彼女は管理局職員だった。元階級は大将。管理局は彼女たった1人で、大将2名を含む警備チームを全滅させられ、当時保有していたレジェンドレア2枚を奪われた」
「この世界において対人戦は数的有利が顕著となる。使えるカードが8枚しかないからな。……だが彼女は群れない」
「まさに天災。災害だ。台風のように家屋を吹き飛ばし、落雷のように人命を奪い。地震のように万人に恐怖を与える。これは言いにくいのだが、日本政府トレイター『管理局』でさえ、対処の目処が立っていない」
「自然災害の如くトレイター達の前に現れ、殺害し去っていく。もはやスナッチャーですらない。奪わないのだからな」
「生徒諸君はこの女性を見かけたら即座に逃げろ。とにかく逃げろ。友人だろうが恋人だろうが見捨てて逃げろ。そして通報しろ。異形と違い民間人は襲わない」
プロジェクターには銀色の髪に蒼い瞳。吸い込まれそうな美貌。しかしその瞳は何を考えているかわからない。人間を虫程度の存在にしか見ていない冷酷さが見える。見ているだけで本能が警鐘を鳴らす覇気があった。しかし、紫苑が思ったのはそこではない。
(彼女、どこかで……?)
「辛気臭い話はこれくらいにして、楽しい話もしよう。対人戦を極める主な動機」
「年に一度、お祭りのようなもので学生トーナメントが開催される。そこで上位に入ったものには政府からウルトラレアカード、スーパーレアカードが贈られるので是非参加してほしい。これは強制ではないし、死の危険もない。これ目当てで学園に入学するものも多数いると聞いているよ。さて、講義は終了だ」
□□□ ダンジョン攻略基礎
本日最後の講義。担当するのは石橋という強面の中年男性だった。
「では最初にダンジョンとは何かから説明しよう。ゲームをやっているものは馴染み深い言葉かもしれないがダンジョンとは語源は英語。地下室や地下牢を意味する。派生して異形犇く迷宮のことだ」
「形は様々で、洞窟のようなものから古代神殿、近未来的なものまで。統一性は無い。そしてダンジョンそのものは核でも破壊できなかった。当初は入り口を崩落させて封印する案もあったが。悉く失敗した」
「歴史の授業でやったかもしれないが、軽井沢の低難易度ダンジョンが世界で最初に踏破されたダンジョンで、その軽井沢の「軽い」を転じて、『ライト級ダンジョン』と呼ばれ、世界に存在する殆どのダンジョンはライト級だ」
「ボクシングの階級みたいだろ? そこから難易度が上がるたびに……」
「ミドル級」
「ヘビー級」
「となる。ここまでが主に今まで人類が踏破したダンジョンだ。そしてこれより上は数えるほどしか踏破の記録が残っていない」
「ナイトメア級」
「インフェルノ級」
「失楽園級」
「となる。これはダンジョンに挑戦して逃げ帰ってきた者の話や侵攻してきた異形の被害度からつけられている」
「ナイトメア級以上のダンジョンは常に少将クラスのトレイターの指揮のもと防衛線を張られている」
「と、まぁ高難易度のダンジョンに向かう機会は近くはないだろうからこれはガイダンスだと思ってくれ」
「そして、どうしたら“踏破”なのか。ダンジョンは今の所確認されているだけで例外なくコアとそれを守護する、ダンジョンの長の様なもの。支配者が存在する。ドミネーターを倒してコアを砕けばダンジョンは崩壊を始める」
「これを打倒できなければダンジョンは攻略できない。がそれより前に異形に殺されたら元も子もない」
「よって本講義はダンジョンでの生き残り方を教えるものだ。まず、荷物は多くない方がいい。食料と水は必須。通信機器はダンジョン内では使用不可だからいらない。それともちろんデッキだ。あとは護身用の拳銃」
「基本的に日を跨ぐ大規模行軍は行わない。ナイトメア級以上は別格だが」
「速攻戦が推奨される。デッキもアグロ(速攻で勝負を決めるデッキタイプの事)で組むのが定番だが、息切れが怖い。よってミッドレンジ(中速のデッキの事)やコントロール(デッキはコストの重いカードで組まれ、粘り強く戦うデッキの事)の使い手も重宝している。これはチーム間で話し合って決めてくれ」
「まぁこれはデッキ構築概論でやるだろうからサバイバル術について教える」
「よく遭難時に野生動物の血を飲むという描写が映画にはあるかもしれないが、異形相手には絶対にやめろ。毒を持つ種がいるためダンジョン内のものは口に入れるな」
「どうしても飢えがきた場合、チームで1番戦力の低い人間を殺してその血を飲み、肉を食べろ」
後ろの方から笑う学生が数名。その声を聞いた石橋は鬼の形相をする。
「学籍番号381 401 402。今の私の話が冗談だと笑ったな。即座に貸与しているデッキを置いて学園を去りなさい」
「聞こえているか? 名前を呼ぼうか? 私の授業の単位はやらん。退学だ」
学生たちは謝り倒して、なんとか石橋が撤回する。
「冗談でもなんでもない。ダンジョンはライト級から命の危険が伴う死線だ。全滅したらカードはダンジョンに還元される。この国が、世界が。何人もの命を捧げて漸く手に入れた切り札は。例え誰か1人でも生きて持って帰ってくれた方が良い」
「プロのトレイターは人間性を捨てている。昨日まで仲良く釜の飯を食っていた同僚が、当たり前のように異形に噛み殺され、切り殺され、潰し殺されるんだ」
「それでもカードだけは持ち帰らないといけない。遺体を持ち帰りたい、弔いたい気持ちもあるだろう。一矢報いたいとも心から思うだろう」
石橋の口調に熱がこもる。彼自身同じような経験があったのだろう。
「その全てをかなぐり捨てて、人類の反逆の為にカードを拾い、情報を持ち帰り、ダンジョンの攻略に命をかけている。未来のために忸怩たる思いで敗走を重ねているんだ。肝に命じてくれ」
先ほど笑った学生たちは石橋の熱弁にあてられたのか、再度深々と頭を下げる。
(これが、実戦に向かった人間の言葉か、含蓄がある。千の理論を並べ立てられるより、一の経験にこれほどの説得力があるとは……。僕もいずれは……)
「そしてデッキは8枚でしか組めないと言ったが例外があってね。ダンジョンで死者が出る。もしくはダンジョン内で手に入れたカードはその時点から使用可能になる」
「だからチームで同系統のデッキを使うことはメリットにもなる。死者が出た場合そのまま生存者のデッキに加わるからな」
「だが多様性が失われてさまざまな状況に対応できないという欠点もあるから一概には言えない。これは模擬ダンジョンで研鑽すればいい」
「では基本的な山岳、砂漠、極地での生存術についてでも話そうかね。当然ダンジョン攻略にも流用できる」
□□□
一日目全ての講義が終わり、伸びをしていた紫苑のデバイスにメッセージが届く。送り主は琴音。時計塔前を待ち合わせ場所にして、理事長に直談判しに行こうとの内容だった。
短く返信を送り、紫苑は総合会館まで歩いてゆく。今日教わった知識はデバイスにメモしてある。それを後でノートに書きだし、より精進しようと心に決めた。
────大量の犠牲が出た。トレイター達は地獄を見てきている。それでもカードを未来に繋いでいる。そして繋いできた反逆のバトンを受け取り、失楽園を奪還する。それこそが神が自分に与えた使命なのだと確信して。




