第59話 機械化ダンジョン⑥
空は紅く染まり、機械化ダンジョンの入り口付近からも一番星が西の空に見える。
まもなく太陽は地平線に溶け、夜が始まる。すでに理事長が単騎出撃するという異常事態、管理局にも連絡が届いている。皇、氏家あたりが兵を招集して片洲撃破の準備を整えているだろう。
片洲も頭が悪いわけではないことは理事長としても知るところである。だからこそ。なぜ『ジャミング』というその場しのぎでこの場にとどまり続けているかは不明。故に恐ろしい。
全てを知っていてなお、全てに納得しているわけではない。そんな全知でいて、無力な少女が、世界最悪の汚名を纏いてトレイターの前に立ちふさがる。そんな奇妙な感覚がどうにも不気味だった。
「理事長単身での紫苑君の救出。“イージスプラン”の理念に反するのでは?」
「今更だが、キミは1を聞かずに全を知る学生だったね」
イージスプラン。偶然にも現在紫苑たちが苦戦している神の盾、「イージス」と同じ名前を冠する計画。たとえ世界が滅ぼうと理事長と学園さえあれば世界は再び取り返せる。その理念に基づき、理事長は防衛戦しか行わない。
対外戦力に関しては理事長はいるだけで抑止になる。その為、交戦することは確かに片洲の言う通りイージスプランには反している。しかしこの計画のことを知るのは、理事長を除いて一人もいない。
「我が校最大の汚点はお前にトレイターの資格をやったことだ」
おかしいように片洲はくすくすと笑う。不愉快そうに理事長は眉根を寄せるがすぐに片洲は語りだす。
「いえ。ごめんなさい。あたかもあなたが決めて世界がそうなった。と思っているのが、人類故の傲慢さが表れていてとても、おかしくて」
相も変わらずわけのわからないことを言う人間だが、狂人に取り合っている暇はない。
理事長は対人戦闘特化用デッキで参戦している。歪曲しているナイフ。所謂ククリナイフを顕現させる。それを見て片洲は初めて“予想外”だという表情を見せた。
(あれ? 彼女が顕現させるのはスーパーレアのはず。あれウルトラレアだよね? ……まあいいか。どこかで変数が加わったか)
「いいの? それ抜くってことはどちらかかが死ぬってことだよ?」
「結構。自分のケツは自分で拭くよ」
「あら、負けることは想定外と」
片洲はレイピアを刺突していた。カードを使う瞬間さえ見ていない。いつの間にか手に持っており。いつの間にか、前に突き出しており。いつの間にか、はるか後方の山が抉れていた。
「攻撃力∞。いや、馬鹿の考えた武器だろ、それ」
理事長は跳躍しながら、ククリで片洲の首を飛ばそうとするものの、片洲はレイピアを握っていないほうの手の指二本でそれを受け止め、合気で流す。まるで悪夢。百戦錬磨の理事長が地面に叩きつけられる。
「やはり、世界を変えられるのは支配者だけということなんですね。合点がいきましたよ。理事長」
「勝手に盛り上がるのはやめてくれないかな」
既にあたりは真っ暗で星々が瞬いている。その違和感に気づくのがあと数瞬遅れていたら人類の悲願たる片洲討伐はなされていたであろう。
バックステップで今いる場所から身を引くと同時に光線が天からさっきまでいた場所に降り注ぐ。
「『偽りの夜空』……これも情報にはありませんでしたね」
■『偽りの夜空』結界 コスト500 レジェンドレア
●一時間『偽りの夜空』に閉じ込める
●天の光は全て武器
満天の星空が片洲に向かって飽和攻撃を加えていく。しかし汗一つ掻かずに片洲は軽やかに移動する。時折隙を見てレイピアで星を落としていく。
穿つ。穿つ。一歩下がってまた穿つ。文字通り星の数ほどある攻撃を真正面から突き返し、偽りの星を落としていく。
星の数ほどある砲門が、この天災相手に全く機能していない────
──わけではない。その隙を狙って、理事長は飛び道具やククリで致命打を狙っている。
無限の砲門と、日本最強が合わさってようやく戦闘になるという冗談みたいな状況に理事長は乾いた笑いしか出てこなかった。
■■■ 機械化ダンジョン最奥部
■『正宗』 武器 コスト15 スーパーレア
●相手の装甲を半減したダメージが通る
●異形を倒すたびに、攻撃力と耐久度が1増える
●攻撃力80 耐久度80
正宗は山本の主力武器。しかし彼が一度は手放し、後になって買い戻した剣がもう一振り存在する。
□□□ 一年前 理事長室
「山本教諭。『村正』は本当に買い取ってもよかったのか?」
「吾輩には不要なものですよ」
紅茶を飲みながら彼は理事長と雑談する。口髭を指ではじきながら、腰の愛刀をなでた。
「正直、あの『村正』は買い取りてが見つからないんだ。間違いなく強力なのだが、剣才がないと呪いの装備だ」
「剣才があっても呪いの装備でしょうよ。何です? 『自我を失う』って」
「まあ妖刀らしい効果ではあるな。だが何というか……」
言葉を濁す理事長と、その気まずい間を紅茶に口を付けてごまかす山本。
「勘、ですかな?」
「そうだな。貴方が持っていた方が良い気がする」
「……」
金やカードだってかつかつなのに、と山本は内心毒を吐いた。
「控除はしよう。業務命令だと思ってくれ」
「まあ、貴女の勘は馬鹿になりませんからな」
しぶしぶといった形で山本は『村正』を買い戻した。
□□□
■『村正』 武器 コスト20 ウルトラレア
●使用者は自我を失い、敵を倒すことしか考えられなくなる
●攻撃を当てる度に、攻撃力が倍になる
●攻撃力20 耐久度150
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアァアァァァァアァァァアッっ!!!!」
上半身の筋肉は肥大化し、スーツが破れる。普段理知的で落ち着いている山本が見る影もなく、残り六体のイージスへと向かっていく。
「山本……先生……?」
琴音は狼狽するが、ここでさらに彼の後に続いたのは汐と潮だった。
イージスは倒されるごとに残りの機体に強さが累積する。だからすでに数体葬ったとしても微塵も予断を許さない。
イージス数体討伐の疲れがあるとはいえ、紫苑も琴音も動けなかった。それなのに、初のダンジョン参加者の二人が動いたのだ。
「海いけなかったな」
「ま、長野だしね」
他愛もない雑談をしながらも二人はイージスへと歩みを進めていく。強化された残りの機体は『神の包囲網』を展開する。
神の包囲網は温度を持たないレーザーの網。巨竜や巨人さえ身動き一つできなくする拘束魔術。盤面を埋め尽くす包囲網が三人に襲い来るが、そのほとんどを山本が切り裂いて、汐と潮がサポートする。イージス残り五体。
「汐は確か四国出身だったよね」
「そう、香川。潮は、えーと……」
「愛知だよ。お互いさ、うどんとか手羽先とか食いに行って。旨い旨いっつってる未来もあったのかな?」
「……もう、遅いでしょ」
「はは、そうだな。じゃあ遅ればせながら言っておこうか」
「??」
「汐。君が好きだよ。こんな世界で、こんなにも残酷に、これほどまでにあっけなく奪われる命だったとしても。全身全霊で君が好きだ」
「だっさ」
潮は汐の反応が分かっていたかのように笑った。イージス残り四体。
「ダサいかな?」
「うん。ダサい。断りようがない状況で告白してくんのマジで陰キャって感じ」
「はは。なるほど、モテないわけだ」
それを受けて汐も笑った。イージス残り三体。
「おい……お前ら何を言って……」
未だ山本も奮戦中。彼らのサポートがなければすでに、山本は神の包囲網に捕らわれている。代わりに汐と潮はすでに絡めとられている。
「今逆転の目を、僕がいる限り脱落者など……」
「紫苑さん!」
震える声でそう絞り出した紫苑に向かって振り向き汐と潮はまっすぐ彼の目を見つめた。
「これからの人類を宜しくお願いします」
「違う、まだ……。そうだ僕が一回死ねば。いや残機は……」
「紫苑さんッ!!」
潮は語気を荒げた。
「それじゃあ、ダメなんだ。必ず来る。どこかで取りこぼしは」
「一度零れれば、もう迷わない。僕たちは貴方が躊躇しないための礎となる」
そんな、理由で? と紫苑は思ったが、それとは別にわけがあることも察していた。
神の包囲網は拘束技。事実山本や、汐の間の『マナ・ゴーレム』が拘束され破壊時のコスト回復が封じられている状態だ。『マナ・ゴーレム』は自壊不能。つまり破壊するためには……。
その思考に至ると同時に山本も神の包囲網に絡めとられる。と同時に村正を落し、狂化が解ける。
「勝ってください」
「がんばってね」
「……すまんな紫苑君」
三人の体が神の包囲網によって引きちぎられた。紫苑は手を伸ばして叫ぶが、四肢はあらぬ方向にはじけ飛ぶ。
■■■
「お! おわったかしら」
満身創痍の理事長に、しかし、片洲はとどめを刺さなかった。すでに『偽りの夜空』は看破されており、レイピアの一突きで理事長は終わる。
「なぜとどめを刺さない?」
「え? さしてほしいのかしら? まあいいわ。私が教えて差し上げます」
つかつかと歩いてきて理事長の目の前でしゃがみ込む。
「狂言回しが主要人物脱落させちゃダメでしょ?」
「まあもう皇君も来そうだし、私はこれで、きっと彼も育ったよ」
そう言い残し理事長に土を付けた片洲は夜闇へと溶けた。
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何分経っただろう。ダンジョンから生還した紫苑たちは目が据わっていた。
「よかった、無事だったんだね? 山本君は? 後他の……」
紫苑は涙がこぼれないよう上を向きながら高らかに宣言する。
「月見里大尉より報告! 九十九潮一等兵、八雲汐一等兵、並びに山本一刀斎大佐。三名殉職。機械化ダンジョンは制圧、攻略しました!」
理事長でさえ言葉にできない絶望とともに、後にナイトメア級に分類されるダンジョンを踏破した。
お久しぶりです。お待たせしてしまって申し訳ないです。機械化ダンジョン編完結です。ゆっくりとやっていくので皆さまも気を長くしてお待ちください。




