第58話 機械化ダンジョン⑤
■■■ 機械化ダンジョン 入口付近
基本的にダンジョン攻略をする際には、そのダンジョンの入り口付近、地上とダンジョンの境目。すなわち門の前には武装したトレイターが数名配備される。これはダンジョン挑戦者がデッキをダンジョン攻略用にチューンして潜ることと、そこから戦利品を持ち帰ること。この二つに起因する。
言ってしまえば、ダンジョン攻略後のトレイターはスナッチャーにとってカモであるのだ。
例にもれず機械化ダンジョンにも15名の学園関係者が非常事態に対応するため配備されていた。これは過剰戦力で、新米トレイターが一皮剝けるためのこの演習に三個分隊の兵力が投入されていることは通常ではありえない。
しかし、紫苑の潜るダンジョンには必ずと言っていいほどイレギュラーが付きまとう。故に理事長の命でこれほどまでの警備の厚さになっていた。
そして紫苑や琴音にも知らされていなかったことだが、山本は『SOSカード』というものをデッキに忍ばせていた。もしまた危険が訪れた場合、すぐに増援と学園からの人員補給ができるように。
そのSOSは確かに外にいるメンバーには伝わっていた。それも一時間以上前に。
その救難信号を聞きつけ、外部班が救援に向かおうとしたところ、一人の女性が紛れ込んでいた。
いつからいたのか、出現を悟られずに『片洲晶子』。その人物はダンジョン入り口に立っていた。
スカルローバー、大阪クラン、教団。とそのスナッチャーの三大派閥に、『単騎で』肩を並べる、通称『天災』
その存在を知らぬ者はいなかったが、『それでも』彼女の姿を認識したと同時に全ての待機メンバーは彼女への脅威度を上方修正した。
知識として彼女が化物なのは、今や学生でさえ知っている。
足りない。大きく足りない。自分たちが全霊をもってしても彼女を躱してダンジョンに行くことすら能わない。
「あらあら、皆さまこんにちは。今日は天気がいいですね。殺し殺され、殺人日和」
ダンジョン外ならば、通信機器は使用できる。彼女が舐め腐っているうちに連絡を試みるも、不通。片洲のデッキに『ジャミング』が入っているのは即座に分かった。
本来『ジャミング』はそこまでレアリティの高くない、ノーマルカードだ。ただでさえダンジョン攻略には使えないのに、対人戦に限った話でも、自分も連絡が取れなくなる。よほど腕に覚えがないと採用しないカード。
地を蹴っていたのは10名。その他5名は『ジャミング』の射程圏外まで逃走し、理事長に緊急事態を告げる。言葉を交わさずとも歴戦の講師陣はお互いの意図をくみ取った。
時間にして48秒。片洲はカードはおろか剣も銃も、異形さえ使わずに、10名の精鋭に土をなめさせた。
死亡者6名、昏倒者2名、かろうじて意識が残っているのが2名だけ。その両名は生まれつきの筋凝縮体質。華奢な少女に見えるが、全身が筋肉の塊であり、それにカードでの上昇効果が乗れば、敵なし、だったはずだ。
「貴方たちは強い。でも、私のほうが、もっと強い」
片洲は手の甲で頬についた返り血をぬぐいながら、膝をつくトレイターに追撃はしなかった。
(どれだけの身体向上呪文を使えばここまでになれる……!?)
彼女らが片洲に思ったことは、身体強化の重ね掛け。それによってこの猛攻を防いでいるのだと確信していたがそれは大きな間違いである。
片洲は『ジャミング』を除いて、カードを1枚たりとも使用していない。
単純に技量の差である。
少女は駆ける。栗色のサイドテールが後ろに揺れ、再び元の位置に戻るまでの刹那の時間。片洲の懐に入り込んだ。遅れざまにもう一人の少女が地を蹴った。栗色のショートの髪が遅れてついてくる。
2人の少女の階級はどちらも少佐。長谷川、山本、石橋等のトップクラスの教員には劣るものの、純粋な身体能力と格闘技能で、若くして学園からは重用されていた。
その手練れの二人がタイミングを合わせられなかった。わけではない。あえて“ずらした”。初撃を防がれても二撃目は致命傷となる。
一人目は体勢を低くし貫手を放つ。バフが乗ったそれは厚さ1mの鉄板を貫通する。ゴーレム相手でさえ撃破する一撃を片洲は回避しなかった。
必殺、それでいて回避をしない。すなわち死を与えることができるという状況に。彼女は困惑した。
何も人の命を奪うことに呵責を覚えたわけではない。
────このままではこちらの勝ちだぞ、と。
何が起きたのか、知ることができたのは僥倖にも、時間差での攻撃を仕掛けたからであった。一人目の少女がはるか後方まで吹き飛ばされる。と同時に二人目は、攻撃を中止し、後ろに跳んだ。
「ッァア……! り、凛凛! なぜ攻撃をやめたッ……?」
「爛爛……。こ、いつは……ッ」
爛爛は口の端から血を流しながら膝をついている。
片洲は口角を上げながら、拳を前に突き出し、人差し指を向けていた。
爛爛はわからなかったが、凛凛は片洲の攻撃を確かに特定した。
「ジークンドー。寸勁か……」
「あらま。凄い。ではもう一つはわかるかしら?」
勁。それは波として衝撃を与える中国武術。そして理論上極めれば、どれほどの強固な皮膚や鱗で覆われても、内臓器官に深刻なダメージを与える。
片洲はデコピンをしただけであった。それなのに爛爛の内臓は攪拌され、即座に治療を受けなければ致命となる威力を生み出した。
「まあ、ただのデコピンですよ。何の戦略的価値もない、ただの手遊び、そうでしょう?」
凛凛は片洲から距離を取りながら、彼女の領域に入らないよう細心の注意を払っていた。
(デコピンで寸勁。確かに格下相手の威圧程度にしか使えない……)
一層凛凛の視線が鋭くなる。
(と、いう考えにしかたどり着けないほどに下に見られているのか? 私たちは? 指での寸勁。すなわちどんな体勢からでも装甲無視の打撃が飛んでくるんだ。組みと投げ、それから絞めも封じられている。勁が急所に入れば即座に死亡だ)
片洲からの追撃はない。ただただ、番人のようにダンジョンの入り口を守っているだけだ。
(勁のタネは割れた。だが、まだ疑問はある。爛爛の貫手が当たったと思ったら、無傷でカウンターをされていることだ。そんなカードがあるのか?)
「……選択肢が多い、というのも考え物ですね。私の反射が“何かのカードかもしれない”という確証が得られない。そうなれば千日手。私としてもあまり面白くない」
(なぜ、攻撃を反射できたか、それがカードではない、と片洲は言っているのか? ブラフ? いや、それならば遊ばない。だったら反射は……)
「反射?」
凛凛は息をのむ。
「クラブマガッ……!!」
「正解」
クラブマガは条件反射を利用した軍隊格闘術。
ナイフで刺されそうになれば、通常視覚情報を脳で処理し的確な判断を下したあと、末端神経に指示を出し、防御、もしくは反撃行動に出る。
しかし、片洲の反撃はその処理を省いている。致死の攻撃が迫れば、脊髄反射で反撃に移る。故に彼女の防御は無敵を誇る。
寸勁も自動反射もあくまで理論上可能というだけだ。実戦でそれらを組み合わせてトレイター十数名に対応するなど、机上の空論である。
しかし、彼女ならそれができる。凛凛も爛爛もそれを認識した。と同時に、弱点にも気づいた。
クラブマガが反射をするならば攻撃をしなければいい。自分たちの役目は時間稼ぎ。このまま距離を取って……。
「……とでも思っているんでしょう?」
「は?」
片洲が凛凛に向かって歩いてくる。
「私は右のローを打ちます」
意味が分からない。自分から攻撃するならば、クラブマガの反射は怖くない。しかもご丁寧にローキックの宣言までしてくれている。ならば左膝で止められる。舐められるのは癪だが、上等である。
片洲は宣言通り、右のローキックを打った。打撃音は一発。しかし足は顎“にも”入っていた。眼球が上を向き凛凛はうつぶせに倒れ込む。唖然とそれを見つめていた爛爛だが。
「彼女は選択を間違えていませんよ」
片洲は凛凛の名誉を守るために爛爛に説明する。
「私は右のローを打ちました。彼女は左膝で防御しました。私はその“防御に反射して”、右ハイへと切り替えました」
(つまり……こういうことか。クラブマガでの攻撃反射と防御無視。そこから放たれるのは装甲貫通の発勁)
「はは、私たちは本当に『天災』と戦っていたんだな」
「ご理解いただきありがとうございます。それでは……」
片洲が顔色を変え、後ろに跳ぶ。直後、凛凛と片洲の間で轟音が響き、土煙が立ち上る。
「おや」
片洲が心底嬉しそうに顔を歪ませる。
「重役出勤ですか?」
「ああ。私ほど地位もあればな」
機械化ダンジョン前、理事長、現着。
■■■ 機械化ダンジョン 最奥部
「カニさ、とれ」
「カニさ、とれ」
「カニさ、とれ」
満身創痍、死屍累々、四面楚歌。絶望的状況を表す言葉は数あれど、そのどれもがインパクトに欠けるほど、『蟹工船』でのドミネーター戦は無常だった。
欠員こそ出ていないものの、「アサカワ」は的確に滲み寄り、魔法は反射される。そのため使用できず、紫苑が唯一のダメージディーラーとなっている。
三体目の「イージス」を撃破したところで、手持ちのカードがすべて不活性状態に。
ここから数分、6体のイージス相手に空手で対応しなくてはいけない。
まるで蟹工船で命を対価に蟹を取るように、命を削って、奮戦する。
紫苑は預かり知らぬことだが、偶然にも理事長の現着と同時に。「彼」も上から降ってきた。
黒い刀で、イージス一体を落下と同時に撃破。
「……迷子センターに連絡しようかと思いましたよ」
「ははは、この年で迷子とは門下生の笑いものだな」
機械化ダンジョン最奥部 山本一刀斎 合流




