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第6話 オリエンテーション

 翌朝、心地のいい朝日と、小うるさいアラームの音で起床した紫苑は、布きれを横にずらし、枕元のベルを止める。身支度を整えたあと、デッキをアクティベートし学生手帳をポロシャツの胸ポケットに入れ、いつも通りの挨拶をして部屋を出ていく。


(講義に必要な物はカードと学生手帳だけ。鞄すら持たなくていいのはありがたいな)


 部屋を開けるとピンク色の謎の草が生えていた。生きているかのように左右に揺れている。


 否、琴音の髪の毛である。


「あはは、偶然ですね。といっても一限から四限まで講義が入っているのは同じなので……こういうこともありますよね」


 嘘だ。部屋を出る前に気配を感じたのでドアスコープを覗いてみるとピンク色の物体が見えていたので、彼女が紫苑を待っていてくれたのは明白である。


「琴音。編入学生の講義は最初、普通入学の学生と違うカリキュラムだろう? どうして待っていてくれたんだ。まだ時間に余裕もある」

「あー……。ばれますよねぇ。朝寝坊しちゃうんじゃないか、とか講義室の場所わからないんじゃないかとか、いろいろ考えちゃって」

「母親かよ……。でもありがとう。君には本当に助けられている。もし困ったことがあったらよろしく頼むな」

「はい、喜んで! で紫苑さん、今日昼って予定入ってます?」

「ん? いや、まだ友人もいないし……学食で一人飯でもって考えていたが」

「だったらまた一緒に食事でもどうです? 今日はパスタフェアですよ」


 琴音の案内で講義室へと向かいながら、紫苑は琴音に訊ねる。


「主席って話は疑っていないよ。だからこそ疑問なんだ。君可愛いし、優秀だし、他に友達沢山いるんじゃないの?」

「うーん……。あのですね。ここの学生って敵対している訳じゃないんですけど仲間意識ってそんなにないんですよ。え、可愛ッ!」


 琴音は顔を赤くするが紫苑は特に気付いた様子はない。


「そいつはたまげたな。チームを作ってダンジョンに潜るんだから協調性はあるものだと」

「いえ、勿論チームになれば全員一丸となります。しかしこの学校は成績で順位が付けられます。上位入賞者には豪華な景品も与えられるので、学友でもあり、ライバルでもあるんです」

「なるほど、だから純粋に友人というのが作りづらいシステムなんだな」

「そうなんです。だから編入生というのはそういったしがらみに囚われていない分、話しやすいんです」


 納得したように紫苑は首を縦に振っている。学生寮から講義室までは徒歩で行ける距離にある。カンカン照りの太陽が二人を照り付けた。もう夏本番の到来だ。白い長方形の建物の入り口まで案内したところで琴音と紫苑は別れた。彼女の講義室は別棟にあるらしい。


 講堂に入るなり、外の熱気が嘘のように、冷房が効いた空間が紫苑を待ち受けていた。それ程広い講堂ではなく、人間もまばらに座っている。紫苑は一番前の席に座り、学生手帳のテキストを開く。暫く時間をおいて、白髪に白い口髭。壮年の講師。紫苑のアパートの窓ガラスをぶち破った山本が入ってくる。


 紫苑は他の編入生の家の窓ガラスも割ったのかな、と想像してしまい少し笑いが零れた。


「さて、編入生諸君。オリエンテーションを開始する。初めまして、じゃない顔もちらほらいるが、一応自己紹介をしておこう。講師の山本だ。今回の編入生用オリエンテーションを任されている」


「早速だが、まずは『失楽園』について話しておこうか」


()()()()()()()。グレートブリテン島・ロンドン。時計塔ダンジョン。虫系統の異形が空をも制圧し、空路でさえイギリスへの接近は許可されていない」


「ハワイ四島パシフィックダンジョン。入口が海中にある上に水棲系統の異形によって、近海を通った軍艦は一つ残らず撃沈されてきた。米国の海軍主力はパシフィックダンジョンの奪還に苦戦していた」


「そして我が国、北海道。死者の蔓延(はびこ)るデッドタウンダンジョン。アンデットが蔓延り、広大な土地を行軍する為の兵站もままならない、不死の兵隊が守る絶望の土地」


「世界はこの三大失楽園を異形戦争時事実上の放棄を決定した」


 プロジェクターには惨憺たる光景の写真が次々と映し出されていく。


「だが、我らの最終目的はそれらの奪還。その為の反逆者(トレイター)だ」


「そして、今現在君達は学生だが、一年生の時は模擬ダンジョンにしかいけない。座学、体力訓練、射撃訓練、その他諸々を一年生のカリキュラムで行う」


「実践訓練は2年からだ。本物のダンジョンに潜る時は我々教師陣のトレイターと4人のチームで低難易度ダンジョンを踏破する。一年の時は学園が用意した簡易ダンジョンに潜ることになる」


「はっきり言っておくが、これは学園のカリキュラムの一環だが、昨年の生還率は教師で99% 。学生は84%。万全の準備を整えて臨んでも死者は毎年でる。これをカードゲームだと考えている人間は今すぐ講堂を出て、家で一人ソリティアでもしている方がいい」


 真剣な顔で学生たちを見つめる山本の視線に、紫苑は近くにいた編入生が生唾を飲み込む音を聞いた気がした。それを見て一転、山本は笑顔になる。


「脅すのはこれくらいにしておこう。君達学生には構築済みデッキが貸与されている。しかし、何らかの事情によりカードを持っている学生に関しては、より良いデッキを作ってくれ。そもそも、全てのカードを政府や教師も把握しているわけではない。だからどのデッキが正解なのか、という質問に関しては明確な答えがない、と言っておこう。セオリーはもちろんあるが」


「次に軽井沢特別教育機関。トレイター学園の施設について説明をしよう。まずは学生寮。男子寮と女子寮に分かれてはいない。人類はその数を異形によって一時期3割ほど激減させられた。だから不純異性交遊禁止などと平和ボケした事は言えないのだよ。……まぁ教師が言うことではないのかもしれないが、無責任には子供を作らないでくれよ。特に女性トレイターは(みごも)っている時にはダンジョンには潜れないからね」


「あとは防犯設備だな。警備員も全員がダンジョン3回以上の踏破経験のあるトレイターたちだ。カードという、ピストルがおもちゃに思える兵器を君達は持っているのだから、彼らも当然強権がある。犯罪に手を染めた際、即座にカードの放棄、投降がなされない場合は現場で処理できる権限を持っている。壁やガラスは爆弾でも破壊はできないが、貴重なカードは自分で管理する事をお勧めする」


「そして、この学園は普通の大学みたいに取りたい講義を好きなように取れるわけではない。命がかかっているのに『教えてもらっていないので知りませんでした』で済む問題ではないからな。トレイターとして自分の命はもちろん、チーム全体の命をも背負っている。一つでも単位を落とした時点で原則退学だ。厳しいと思うかもしれないが、これは寧ろ学生の事を考えてだ」


「模擬や座学程度で挫折するならば命が危ない。日本らしい平和的な理由だろう?」


 山本は偽悪的に微笑み、冗談なのかそうでないのか判断に困る態度をとる。


「では質問のある方は挙手をしてくれ」


 しばらくの沈黙の後、一人の編入学生が手を上げる。


「質問です! 異形に対して核兵器は使用しなかったのですか? 彼奴(きゃつ)等には通用しないのですか?」


「結論から言おう。核は効いた」


「でも綺麗な水爆。核物質を撒き散らさないものしか使用していない。人類領地を取り戻すのに、10万年の汚染が残った焼け野原を奪還したとしても本末転倒だ」

「それに異形の最大の武器はその数だ。核で吹き飛ばしても、ダンジョンから無限に湧いてくる。殆ど意味をなさなかった」


「だから『カード』を用いてダンジョンを踏破する。それ以外に人類領地を奪還できる方法はない」


「他に質問はないか?」


 その後いくつかの質問に山本が答え、打ち止めになったところで、彼は話を切り上げる。


「ではオリエンテーション終了だ。次は昼休みの後デッキ構築概論の講義がある。遅れず出てくれ」


「遅ればせながら編入生諸君、トレイター学園にようこそ。これから2年間精進して、是非プロのトレイターになってくれ」


■■■ 昼休み 食堂


「オリエンテーションはどうでしたか?」


 カルボナーラをフォークでくるくると巻きながら琴音は紫苑に訊ねる。紫苑は肩をすくめて答える。


「随分と厳しいことを言われたよ」

「そうでしょうね。仮にも今は軍属です。カードゲームが好きだから入学しましたなんて言ったらはっ倒されますよ」

「違いないね」


「今朝、友人は作りにくい、と言いましたが。ここでは友人は作れば作るほど有利になります。運が良ければいらないカードを格安で譲ってもらえる事もありますし、デッキに不必要な物を交換する事もできます」


「そうか、友達作りはちょっと苦手だな」


 イカスミスパゲティを食べながら、紫苑は答える。


「トレイター学園SNSはもうダウンロードしましたか?」


「いや、何だそれは?」


 紫苑は食べるのをいったん止めて、琴音の顔を見る。


「すみません。説明し忘れていました。本当理事長、意地が悪いにも程がありますよ」


 琴音は理事長の“課題”に対して呆れ顔をする。


「講義情報からカードのネットオークション。学園内の友達とも話し放題、チャットし放題のサービスです。学園から支給されたスマートフォン。昨日言っていた学生手帳ですね」


「ああ、琴音のお陰でなんとかなったよ。でもまだ使いこなせていなくてね……」

「簡単ですよ、説明するので学生手帳見せてください」


 ものの五分とかからずにそれをダウンロードしてデバイスを紫苑に返却する。


「今日の四限終わりに一緒に理事長室に行きましょう。文句言ってやりますよ」


「特待生の紫苑くんだよね?」


 不意に後ろから声が掛けられる。振り向くと、ぼさぼさの白髪に紅瞳。所謂アルビノだろう。眼鏡をかけたちんまりとした少女が立っていた。琴音も小柄だがさらに小さい。


「そうですけど」


「すげー、ボクは最上(さいじょう)(せつ)()。この学園の情報屋。学年は2回生」


(情報屋……なんて本当に居るのか。フィクションの世界でしか見たことが無いな)


「さっそくSNSの交換をしてくれないか? 設立以来二人しかいない特待生とお近づきになれる機会なんてそうそうないよ」

「どうして僕の事を?」

「琴音ちゃんは有名人だし、紫苑くんも噂になっている。スカルローバーを撃退、しかも手持ちデッキなしでという快挙はもう耳の速い学生は聞きつけているよ」


 紫苑は先ほどの琴音の「学友でもありライバルでもある」という言葉を思い出した。若干の警戒を覚えながらも、自称情報屋と繋がれる益の方が大きいと判断し、承諾した。


「いいですよ。色々教えていただきたいですし」


「ボクに敬語使わなくて良いよ。琴音ちゃんも、紫苑くんも(せつ)()って呼んで」

「わかりまし……わかった」


「今日講義終わりは暇?」


「ごめん、どうやら理事長にデッキ貰いにいかなくちゃいけないみたい」


 思わずオーバーリアクションだろ、と突っ込みたくなるほどの反応で雪菜は大声を出す。


「デッキをお持ちでない! 流石、自前のカード無しでスカルローバーを殲滅したという噂に違わない」


「ちょっと、尾ひれがついているな。運が良かっただけだ。それに殲滅はしていない」


「興味深い情報ありがと! じゃあその後でいいよ。ボクの連絡先は琴音ちゃん知っているよね」

「はい。最上先輩」


「だから雪菜でいいって。それが終わったら模擬戦をしよう。君に勝てれば一気にランキングが上がる。もしボクが負けたら何でもいうことを聞こう」

「ランキング?」


 聞きなれない単語に頭を悩ます紫苑だったが、琴音に補足説明をされる。


「ほら、朝言ったあの成績の順位の事です。紫苑さんは特待生枠ですからね。この学園では模擬戦やテストの成績で序列が決まるんですよ。上の順位には特権が与えられる。つまり色々と我儘が通るんです。SNSからも見れますよ」


「今紫苑さんは、15位ですね。まだ一回も戦っていないのにこの順位は破格ですよ」


「琴音は?」

「3位です。一応、一学年主席なもので」


 流石主席、と称賛する思いもあったが、紫苑はその上にも二人いるという事実に震えた。


「わかった。雪菜。もし僕が勝ったら全面協力してほしい。友人になってくれないか?」


「え? そんな事でいいの? 「カードを全部よこせ!」とか「その身眼麗しい女体を好き放題させろ!」とかじゃないんだ」


(雪菜はそんな覚悟まであったのか。半分は冗談だろうが、相当腕に自信があるらしい)


「いや……。別に、この学園で目指すのは個としての成長ではなく、群としての躍進だと思っているからね。それに……」


 よく言えばスレンダー、悪く言えば幼児体系な雪菜の身体を見て紫苑は呆れた顔をする。当の本人は気付く様子はなく、疑問符を浮かべている。


「それじゃあまた後でな、琴音ちゃんから紫苑くんに連絡先教えておいて。じゃ、ボクはこれで」


 先に食事を終えた雪菜は席を立つ。小食なのか、携帯食料を一本食べた彼女は手を振りながら去っていく。


「情報屋の最上先輩。話には聞いていましたが彼女を仲間に入れるともっと捗ります。絶対勝ちましょう! 私も観戦しますので!」

「プレッシャーかけないでよぉ……」


 やる気満々の琴音と、弱気な紫苑。彼はイカスミスパゲッティの所為で口腔は真っ黒に染まっていた。


「これから午後の講義ですが、その前に寮戻って、歯を磨いてきたほうが良いかもしれませんね」


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