第57話 機械化ダンジョン④
「身一つで台風を止めに行くようなものです」
ミダースの先輩はこういっていた。
「カードが何になるっていうんですか。あんなものビニール傘ですよ。ビニール傘」
どうも、この人は台風に嫌な思い出があるらしい。風雨に異様なほど嫌悪感を示す。
「『イージス』あれが出てくるダンジョンには何を報酬に出されてもいきたくないです」
貴重な『イージス』からの生還者。その一人は後にこう言った。
「あれが神の盾ならば、神は相当臆病らしい」と。
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「撤退だァ! 撤退しろ琴音!! 汐も潮も全員に撤退命令を!! 山本先生は置いていく!!」
「……奇遇ですね、紫苑さん。私もレーザートラップで致命傷を負ってでもそうすべきだと。一瞬前までは判断していました」
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「紫苑くん。『イージス』が単純に魔法反射だけのドミネーターならば、せいぜいヘビー級の範疇に収まっていた」
雪菜は酒が入るも方言は出ない。それだけこの会話は真剣に話しているのだと、酩酊する紫苑にもわかった。
「ドミネーター……。支配者か。その言葉の意味を今一度問いただしたくなるね。支配者は、統べる者、故にドミネーターだ」
雪菜が一気に瓶ビールをラッパ飲みする。深い溜息の後に出た言葉は、今の紫苑にとってみれば最悪の呪い。
「『イージス』は、群れる」
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潮が凶弾に貫かれ、紫苑からの帰投命令が出されるまでの数瞬。その間に最奥部は異常な変貌を遂げていた。壁に等間隔に並んでいる甲冑。それらすべてのアイランプが赤紫色に灯り、動き出す。入り口付近にいた二体は確実に侵入者を死に至らしめるため、壁となっていた。
『イージス』総勢9体。
「潮っ!!」
汐が潮に駆け寄り、回復呪文を使うが全快には至らず彼女の肩を借りてなんとか立ち上がる。その表情は怯えを通り越し、絶望だ。考えてみれば無理もない。
そもそも実戦演習。その初回がこれだ。ライト級で実際のダンジョンがどういったものなのか実感するためのインストラクトがこれだ。
しかし不思議なことに汐も潮も闘志は未だ灯っていた。
「……カニ」
「カニ……。取れ。モットとれ」
「カニ、カキアツメロ」
「カニ」
「カニ」
「カニ」
「カニカニカニカニカニ……」
「……五月蠅ぇよ」
『イージス』が攻撃態勢に入る直前、“彼”が間に合った。
「てめぇらが北海道をめちゃくちゃにするから、蟹が捕れねえんだろ。ベーリング海にでも行ってこい」
『冥王の剣』で中央のイージスを両断し、英雄が現れる。
月見里紫苑、最奥部に現着。負傷者一名、行方不明者一名。
機械化ダンジョン『蟹工船』残存兵力3名。
■■■ 機械化ダンジョン 深層
磁力兵。磁性金属を吸引するその能力ははっきり言って汎用性が高い、とはお世辞にも言えない。磁石というものは金属ならばなんにでもくっつくわけではない。鉄、ニッケル、コバルトといった電子の数が規定個数の金属にしか作用しない。この『カード』で作られている金属類にどれだけ既存の物理法則が当てはまるのかはわからないが、少なくとも山本の『正宗』は吸引された。
(いやはや、完全に吾輩は眼中になし、といったところかな)
山本の右目からは流血しておりすでに眼球はなかった。機械兵の放つ弾幕射撃、その全てを防いでいた。防いでいたつもりだったが、そのただ一発が急に弾道を変更した。一般的に銃弾には密度が大きく安価な鉛が使用されることが多いが、その弾幕の中に一発だけ、『鉄』でできた銃弾があった。
それを磁力兵が軌道を変え、山本の脳天を狙ったが、彼の実戦に基づいた戦闘センスによって眼球一つの損耗で済んだ。
精神的な障壁。
今まで山本は弾幕でも止まらなかった。すべてを切り落とし叩き落とし、前進する彼を御することなど何人たりとも叶わなかったのだから。
しかし、今回。余りにも狡猾で『予定調和』な構成に山本は進軍が遅れていた。
全てが、彼の為にある。
他のすべてはその材料に過ぎない。
言葉は通じなくともダンジョンが言いたいことは分かった。
山本が隠れれば、異形は深追いせず。紫苑の援軍に行こうとすれば、全霊でもっての時間稼ぎをされる。今彼は曲がり角の壁を背に、座り込み呼吸を整えていた。
(吾輩は、一度も自分を主人公だと思ったことは無いのだがね)
■■■ 新潟県 50余年前
山本一刀斎。これは芸名でも源氏名でもなく彼の本名である。生まれた時から剣の道へ進むことを義務付けられた彼には。天賦の剣才があったわけでもなく。
紫苑のように、神がかった目を持つこともなく。
ただただ凡人だった。
昭和の時代にしても前時代的な、9代続く剣道場の長男として彼は生を受けた。
物心ついたころから木剣を握っており、戦後復興間もないその時に、生産性のない人間は人間扱いをされず。一刀斎は年齢が二回りは違う、他の門下生相手から一本とれるまで、食事を与えてもらえなかった。
5歳のころは1本とるまで。それからは年齢を重ねるごとに同じだけ日ごとのノルマが増えていった。
父は剣以外の話をすることは無く、足さばき、間合い、呼吸。生涯その全てを剣に捧げていた。学校にも行かせてもらえず、友人もいなく、当然色恋の話など一つもない。だが、井の中のカエルが、大海を知らないように。ほかの「普通」の人間がどのように暮らしているか知らない一刀斎にとってさしたる苦痛でもなかった。
凡人である彼に比べて、彼の父は天才であった。他の流派との親善試合でも一太刀みれば、その動きやからくりが分かり。弱点を克服したうえで、同じ技を相手に返したその剣技は『鏡返し』と呼ばれていた。
天才には凡人の気持ちはわからない。なぜできないのかを、父は一刀斎の努力不足だと一蹴した。
凡人には天才の気持ちはわからない。剣の頂点ではどんな世界が待っているのか。頂より俯瞰することで自分が今これほどまで熱心に打ち込んでいる『剣』に価値を見いだせるのだろうと。
端役の自分でも、少しだけ自分を好きになれるかもしれない。
そこから朝から晩まで木剣を振り続ける生活が1年たち、2年たち、10年たち、15年たった。一刀斎の成人の日。
一刀斎は、父を殺した。
試合は一方的だった。一方的に一刀斎が打ち付けられていた。これが真剣ならば100は死んでいる、それでも彼の父は実の息子を殴打することをやめなかった。あばらが軋み、内臓が悲鳴を上げ、血反吐を吐いた。
半歩前に体を寄せる。一刀斎渾身の『鳶返し』それは、初めて父に見せた技だった。下段からの切り上げから突きに派生する『燕返し』の進化系。
当然『鏡返し』で返される。
しかし一刀斎は『それを、返した』木剣は父の右目に突き刺さり、脳に到達し、絶命した。
初めて父に届いた彼の剣は、父の命を奪った。父の死に顔は満足しているようで、母は一刀斎の勝利に狂喜した。
『俺は父が憎かったのか?』
あの日以来ずっと考えていたことだが、わからなかった。確かに虐待だが、彼はいろんなことを教えてくれた。とはいっても剣術に限るが。父の遺体は母と二人で埋め、その日は今まで食ったこともない寿司だった。いつもブロッコリーとササミで肉体を作ることのみを第一に考えていた彼にとって、その食事が涙する程美味しかったのを覚えている。
それから数年、一刀斎は剣道の道に進むこととなった。ようやく井戸から海へと出た時。彼はその海がとてつもなく小さなものだとわかってしまった。凡人の一刀斎に勝てる剣士は誰一人おらず、日本一にあっという間に王手をかけた。
ここで、一刀斎はまたも過ちを犯す。自分に匹敵する剣士の防御できていない部分に突きを入れてしまったのだ。父から受け継いだ『鏡返し』返し』で。
罪状は過失致死。これを機に山本一刀斎は表舞台から姿を消すこととなる。
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(ああ、確かに凡人の人生だ)
「唯、まあ。君たちの掌の上ってのは、どうにも癪だね」
山本は、普段使わないもう一振りの剣を手に取った。




