第56話 機械化ダンジョン③
────へんぜるとぐれーてるはとてもなかよしなきょうだいでした。
────ぎりのおかあさんはまずしさにたえられず、ふたりをもりへとすてにいきました。
────いろいろなてをつかってふたりはかえろうとしましたが、まよってしまい。おかしのいえへとたどりつきました。
────よろこんだのもつかのま。それは、まじょのわなだったのです。ふたりはまじょにたべられそうになり、まじょをだましてかまどのなかにほうりこみ、たおすことができました。
クイタリナイ。
私はこんなところで焼け死ぬはずじゃあなかった。子供たちをもっと食わせろ。やわらかい内臓を。新鮮な目玉を。脂の乗った筋肉を。すべてを犠牲に私はこのお菓子の世界を築いたのだ。それが子供だましの不意打ちで?
見えないからなんだ。口があれば食える。食えば強くなる。強くなれば……。何になる? 私の目的は何だったんだ? 若き頃の美しい姿はとうに失った。王国に見捨てられ、占術は忌み嫌われ、石を投げられた。世界は私を蔑んだ。
ある時、私は羨んだ。子供を抱え嬉しそうに微笑む家族のことを。笑顔でぬいぐるみを抱きしめる子供たちのことが大好きだった。子供には縁のなかった私だが、誰かの幸せのために尽くそうじゃないか。
しからば、作って見せようか。夜な夜な機を織り、綿を詰め。手作りのクッキーとキャンディーを添えて、噴水広場で配ろうか。
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痛い、熱い、苦しい。
私はただ、子供たちに幸せになってほしかっただけなのに。ただ、不思議な力が使える。ただそれだけで熱湯をかけられるほどの罪を犯したというのか? ふざけるなよ。下卑た笑い声も、蹲る私に石を投げる群衆も。玉座に座る愚王も。
全部、全部。
喰い殺す。
■■■年前。 午前0時8分26秒。とある王国にて『グラトニー』出現。近隣の友好国からなる義勇軍を含めた兵士一万四千人強を食らいつくすが、革命的兵器、魔術弾頭を装備した勇士たちによって討伐される。しかし壊滅的打撃を受けた王国は断絶状態となり壊滅。
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────むかし、ハーメルンというまちにたくさんのねずみがすみつきました。わるさをするのでまちのおとなたちは、わなをしかけるもむだでした。
────しかし、あるひ。まちにふえふきおとこがやってきました。そのおとこはきんかとひきかえにねずみをたいじしてくれるといいました。
────おとなたちはそのもうしでをうけました。ふえをふきはじめると、ねずみたちはかわへとすすんでいき、いっぴきのこらず、できししました。
────おとこがほうしゅうをもらいにいくと、おとなたちはしはらいをこばみました。はらをたてたおとこが、ふえをふきはじめると、まちのこどもたちがおとこのあとをついていきました。どうくつへとはいっていき、にどとそとにはでてきませんでした。
ニクラシイ。
ここはまさしく蟲毒の再現だ。使える子供は洞窟内の集落で働かされ、足を怪我した子どもは他の子どもの餌になる。今日食うにも困るだけの資源の少なさに加えて、この洞窟内は瘴気が漂っている。耐性のない子供は、7日で見るも惨たらしい小鬼へと変貌した。
それが笛吹き男の狙いだったらしい。明かりも光晶石位しか存在せず、彼へ納める食料とまだ未成熟な女子。それも一定の年齢を超えた女性は本来の意味で食い物にされる。
武力、権力、知力。その全てを持った人物を笛吹き男の傀儡とするため、今日も洞窟内の集落では殺し合いが発生している。狡猾で老獪でないとここでは生きていけない。
俺には好きだった女の子がいた。もはや耳は尖り、顔は膨れ、その容貌はゴブリンやオーガといった様を呈しているが、俺が彼女を好きな気持ちは未だ変わらず。いつか外に出てまた美しい星空を見るのだと誓ったはずだ。
なのに、なのに。
彼女は俺が殺してしまった。仕方のない話だ。彼女が本気で俺を殺しに来たのだから。5年もここにいてまだまともな思考を、思慮を持っているのは。俺だけだ。
大鉈を振り回し、笛吹き男に切っ先を向ける。もはや涙さえ出ない。そんな自分が。泣きたくても泣けない自分が本当に悔しい。
しかし男は笑ってこう言った。
『大人たちは金貨数枚を浮かすために、君たちのことを見捨てたんだ。わかるか? ワンコイン以下の価値の子どもたち?』
冷静に、一部の狂いもなく俺は男に鉈を振り下ろした。頭蓋が割れ、脳漿が飛び散り、断末魔の笑い声とともに笛が粉々になった。
一斉に洞窟内は沸き上がった。ゴブリンもオークももろ手を挙げて喜んでいる。気分はよくなかったが腹は決まった。俺はこいつらを連れて、ハーメルンの町を滅ぼす。入り口の頑丈な封印を力任せに破壊して、軍勢がハーメルンに迫る。
道中、凪いだ湖があった。洞窟内には泥水しかなく。鏡もなかった。
いつからだ。
いつから俺は“化け物になって”いた?
■■■年前。 午前2時4分39秒。ハーメルンの街に向けて『オーガチーフ』率いる軍勢が侵攻。火を放ち、毒を井戸に流し、ナイフや斧で大人たちを惨殺。大人たちは早馬を走らせ最も近くにある帝国に救援を呼ぶ。しかし翌朝。帝国軍兵が見たのは惨憺たる殺戮の現場だった。
生存者、0名。
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「ヘンゼルとグレーテルにハーメルンの笛吹き男?」
「そうです! 詳しく話す時間がありません。『赤い糸』は?」
「まだ駄目だ! その前に『蟹工船』で支配者になりそうなのはいったい誰だ?」
「『蟹工船』は童話ではありません。しいて言うならば監督の『アサカワ』かと」
レーザートラップにて前進を余儀なくされている琴音達一行は紫苑の到着を待たずしてボスの部屋へと足を踏み入れることとなった。
紫苑は相も変わらず『アサカワ』を演じ続けていることで絶望的な数の『蟹光線』から時間を稼いでいた。
■■■ 機械化ダンジョン最奥部
そこは大広間だった。直径40mほどの円柱状の木製の部屋で、周りの壁には等間隔に甲冑が並べられている。部屋の中央では、同じく西洋甲冑を着た体高2mほどの機械兵が立っていた。
「ターミネーター?」
拍子抜けであった。汐も潮も、あろうことか琴音さえも。そのいで立ちを見て「安心」してしまった。
ターミネーターは文字通り終わらせるもの。大仰だがその名の通り、ライト級でよく見かける新米トレイターの登竜門。数多のルーキーを終わらせてきた。機械兵と同じく物理攻撃にはめっぽう強いが、魔術、エネルギー攻撃に対しては『爆炎術式』一枚で攻略可能な、いままでの地獄に比べたら天国の様なダンジョンの主。
失血によって意識がもうろうとする潮は蟹光線を召還し両腕に装備してある光線銃をターミネーターに向ける。
人は悪いことが立て続けに起こると、次にいいことが起こることを信じて疑わない。
10回連続でコインで裏が出たのだから、次は表が出る。
サイコロで20回連続で1が出たのだから、次は6が出る。
ここまで道中ドミネーターやあらゆる罠があったのだから……。
『ボスくらいは簡単なんじゃないだろうか、と』
■■■ 半年前 雪菜の部屋
「雪菜ってほしいカードとかあるの?」
「なんだい藪から棒に紫苑くん。ボクの誕生日プレゼントでも用意してくれるっていうのかい?」
「そもそも雪菜の誕生日知らんわ」
うんうんとうなり雪菜は言葉を絞り出す。
「あー、あれかな。『イージス』」
「ん? あったかな? そんなの」
マイナーだからねえ、とグラスを傾けながら雪菜ははにかんだ。すでに琴音は寝息を立てている。
「ボクみたいな機械デッキ使用者の憧れなんだけどイージスって言う異形が居てね。ボクの先輩、ミダースギルド所属の人なんだけど以前そいつに敗走してきた」
「その人の階級は?」
「佐官クラスだったと思う。あんまり覚えてないや」
「こいつのタチの悪い点として、初心者トレイターの登竜門である、ターミネーターと姿が酷似している所だね。彼の話だとターミネーターと違う点はアイランプの色が赤紫な点。ターミネーターが赤だから偽装がしやすい」
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「琴音ぇ!! 攻撃を中断させろォ!!」
「え?」
琴音が『赤い糸』で返答するのとほぼ同時だった。蟹光線の放った光線は跳ね返され潮の肩を貫き彼は後ろにもんどりうって倒れ込む。
「そいつは『イージス』。全くの別物だ。そいつに対する魔術攻撃は跳ね返される……!」
アイランプが赤紫色に光り中央の甲冑はぎこちなく動き始める。
「ハタラケ……カスども。モット……稼げ、カスども」
汐は潮の救護に向かい、それを守るように立っている琴音の頬に一筋の汗が伝う。
「……漁船からイージス艦とは、ずいぶん出世しましたね。アサカワさん」




