第55話 機械化ダンジョン②
──ああ。こんなに走ったのっていつ振りだっけ?
「汐ちゃん! 次の通路! 左確認して。私は右。異形が少ないほうに進むよ!」
(あたしって昔から団体行動とか苦手だったな。体育祭とか文化祭とかは大学の彼氏いるからパスっていってふけてたし。本当は彼氏なんかできたことなかったんだけど。いかにも私が思うギャル風なかっこして。きっと本物の陽キャには陰で馬鹿にされていたんだろうな)
「琴音ちゃん! 敵影、なし! ハァ……ハァ……」
「こっちは磁力兵二体! そのまま走って!」
(誘導されている……ッ!! この感じ……ケーブダンジョンの知性を持ったオーガと同じ……。少なくともライト級では絶対にない!)
磁力兵は銃弾を撃ってくるが琴音の『防衛の旋律』によって阻まれる。しかし不可解なことに彼奴等は深追いをしなかった。
(追ってこない……? やった。助かッ……)
瞬間、汐は琴音に突き飛ばされる。受け身の技術自体は授業で習っていたので、すぐに体勢は立て直したが怒りよりも先に困惑が勝る。しかしそれは間を置くことなく戦慄へと変わった。天井に張り付く白銀の甲殻類。
「か、『蟹光線』」
ダンジョンの道中に現れる二体目のドミネーター。ドミネーターの道中出現はヘビー級でも報告件数はほとんどない。本来蟹光線はそんなに驚異のドミネーターではない。なぜならば隠密性能を持つという特性がダンジョンの最奥部に待ち受けるというシステムとこの上なくミスマッチなのだ。
しかし、奇襲に特化すればそれは脅威の一言に尽きる。高難易度ダンジョンの行軍は数日がかりで行われることも少なくない。その休息時間を奇襲性能に秀でたドミネーターが襲ってくるとなればプロのトレイターでも撤退を余儀なくされる。
そう。本来ならば撤退をすべき盤面なのだ。それをレーザートラップで分断され、誘導され、奇襲されている。
挙句琴音は汐をかばい、右肩を貫かれている。
まさに。
(悪夢だ、これ)
カチカチとなる蟹光線の威嚇音に萎縮してしまっている汐は武器カードを顕現するのも忘れて震えている。
「琴音、踏むぞ」
「はい」
虚空から出現した紫苑が琴音の肩を踏み台に跳躍し、天井の蟹光線に向けて『冥王の剣』で斬りかかる。しかし、この機械化ダンジョンではまともに撃破数を稼げていないだろう。そこまで育っていないと思われた。
しかしその剣は蟹光線の命に届いた。寸前まで琴音と「赤い糸」で会話していたのだ。「仔山羊ループ」で限界まで剣を育てていた。
蟹光線はバチバチと火花を散らしながら、床に落ちる。靄のように消えていき、残ったのは金属片と一枚のカード。
「ドミネーターを倒せば、カードは確定ドロップ。そこは変わっていなかったようだ」
「紫苑! あんた、あいつは?」
「落ち着け、向こうの蟹光線ならば倒せたよ。彼も生きている」
「でも、あんたがいなかったら、一人じゃここまで……。道だって入り組んで……」
「向こうの蟹光線もカードを落した。飛び切り優秀なのをね。その異形は彼がアクティベートして護衛につけている。道も琴音とのテレパシーで伝えてある。その前に琴音に回復カードを使ってあげてくれないか? 僕のデッキには枠がなかった」
「ッ!! ご、ごめん。ちょっと冷静じゃなかった」
即座に汐は『不死鳥の霊薬』を琴音に使用するが、蟹光線から受けた傷はすぐには回復できない。紫苑は先に二人を行かせながら、男子学生の救援に向かう。
琴音たちが通ってきた通路を戻り、三叉路にでるとそこにはカードから召還した『蟹光線』を引き連れた男子学生がいた。左腕は『蟹光線』に食いちぎられ、包帯で止血こそしているものの回復カードが足りない。
本来、ライト級ダンジョンの攻略は短くて4時間、長くて半日程度で終わるものだ。故に回復を捨てたデッキ『速攻型』で組むのが定石だ。故にヒーラーが汐一人しかいない状態となってしまっている。
「潮!! 琴音たちは向こうに行った! クールダウンが明けるまで最奥には進入する……」
ブゥン……と赤い光線によって男子学生、もとい潮と紫苑は両断される。
疑問が、困惑が、激情が。そのどれもが視覚情報から脳に到達するまでの数瞬。紫苑は声の限り叫んでいた。
「走れェ!!!!」
またも分断。
二人は別方向に向かって走り出す。潮は出血によって朦朧とする意識を奮い立たせながら、琴音のほうに向かう。紫苑は『赤い糸』のテレポートを使えば間に合うが、まだ再充填できていない。走って別の迂回路がないかを探していた。
そこで先ほど後回しにしていた感情が噴出した。
「畜生ッ!! 殺せただろ!! 一度ならず二度までも!! レーザーを壁から直接僕たちに放てば終わっていた。遊んでいるのか!! 弄んでいるのか!?」
紫苑の激昂を聞き入れる存在はいなかった。
■■■
「蟹光線……ッ!」
「違う。これは僕の護衛だ、紫苑さんと分断された」
「潮……腕が……」
「汐、霊薬は残ってる?」
「うん、最後の一枚」
短く会話しながらも琴音のクリアリングにて着々と奥へと迫っていくが、山本が話していた通り手数は少ない。
しかし、後ろからカメのようなスピードで進んでくるレーザー障壁のせいで前進を余儀なくされる。鈍色に光るダンジョン外壁や床は次第に変化を見せていた。
奥に進むにつれてぼろぼろになってゆくのだ。ぼろきれの板の様な壁になり破壊を試すも見た目に反して頑丈だ。
琴音はふと足に冷たいものを感じた。
「水……?」
■■■
「なんていうかあれだよな」
紫苑は開けた空間に出た。既にこちらも壁や床は木の板となっており浸水している。
前方には漁船が一隻。沈没船といったところだろう。なんとも不可思議な光景だが紫苑はそんなことに関して、もはや関心は抱いていなかった。
「僕、割と蟹飯は好きだけど。……岩場にびっしり張り付いている蟹はきもいな」
その数、おおよそ30以上。ドミネーター複数が出てきている時点でヘビー級を越えていたが、この光景を見てインフェルノ級だと判断した。
「アサカワ……さん。イシダがウミおちました」
「アサカワ……さん。もう、ムリです。リク。カエリタイ」
「キョウ、スコシモ、カニ。とれない。アサカワさん。ゴメンナサイ」
「サァ。ジゴクさ。いくで」
「……もう喋る程度で驚くことは無いよ。君たちが何を言っているかは知らないけど」
(紫苑さん!! わかりました!! 現状が!)
琴音から『赤い糸』を通じて伝言が来る。
「それはこの局面を打開するものかい? もう蟹光線は銃口をこっちに向けている。100門以上はあるんじゃないかな」
紫苑はすでに百の策を考えそのすべてを棄却した。いかに蟹光線の脅威度が低かろうと、単独でこの数を相手取るのは不可能。大将率いる特化チームが、何部隊もの先遣隊を犠牲にして得られた状況から初めて、勝負になるレベルの物量差。
紫苑が搭載している爆炎術式でも楽観的に見積もって3体を撃破するのが精いっぱい。すでに諦めていた。だから最後に、琴音を同じ運命にさせないために『赤い糸』の破棄を口にする直前だった。
「怒鳴ってください!! 最悪な現場監督のように。休んでいるんじゃない! と」
紫苑の琴音のもとに跳べるまではあと一分。この数の蟹光線相手にしのぎ切るのは不可能だと後ろから迫るレーザーを恨めし気に見ながら棒立ちしていたが。紫苑は琴音の言葉に従った。
「お前ら休むな!! 早く働け!!」
瞬間。すべての蟹光線は頭を押さえ、震えだした。
「……ど、どういうことだ。琴音」
(著者。小林多喜二。作品名『蟹工船』)
(私たちが今まで潜ったダンジョン。あれらは全て物語です! 同じくこれも!!)




