第54話 機械化ダンジョン①
季節は廻り二度目の秋が来る。トレイター学園での最大にして最難関のダンジョン実戦。今度はインスタントダンジョンのようなほぼ安全が約束されているものではなく、オーディンギルドから攻略権限を買い取った本物のダンジョンに学生たちは挑むこととなる。
軍隊で言えば実弾演習が先のインスタントダンジョンだとすれば、これは軍事行動にあたる。当然命の保証などされていない。
「しかし、僕の担当が山本先生だとは、ずいぶんな過剰戦力じゃありませんか?」
「理事長の命だよ。吾輩が君と琴音君の命だけは守るように、と」
機械化ダンジョン。壁や床は近未来的な未知の金属が使われており、出てくる異形は近代火器を装備した機械兵。
攻略班は山本中佐率いる5名のチーム。琴音と紫苑、もう一組の男女。
「そんなに私たちは頼りないでしょうか?」
琴音は力不足を痛感するように山本に問うが、彼は口髭を指ではじいて、答える。
「まさか。学園1位と2位に佐官級講師が付くことは前代未聞だ。間違いなくこのライト級ならば君たち二人だけでも突破できるだろう」
「じゃあどうして?」
「吾輩にもわからんよ」
そう山本は流すが、彼の中には心当たりはあった。
(スイーツダンジョンやケーブダンジョン。明らかに格違いな敵の出現。まるで紫苑君を殺すために……。違う、違和感はそこではない。調整されたかのようにぎりぎりの難易度で敵が出現する。一回だけならば、偶然で済ませていたが、二度あれば三度目の警戒はする。おそらく理事長も……)
「敵機出現!」
前衛を任されていた男子学生はバリアを張って掃射される銃弾よりチームを守る。女学生は爆炎術式を叩き込み機械兵を撃破する。肌焦がす熱が後衛にまで届くが、それで増援は来なかった。
(杞憂、だと良いのだがね)
「さて、実戦の最中だが講義を行おう。ここは機械化ダンジョン。比較的危険度の低いダンジョンではある。だが注意点を二つほど。一つ。機械兵は防御力が高い。生半可な拳銃型武器カードでは装甲を貫通できないことが多い」
山本は煙草に火をつけ、腰にさしてある愛刀を指でなぞる。
「二つ、向こう側は飛び道具を使う。リーチの差が顕著に出るため、ガンナーはこう言った局面で重用される。簡単と言った理由についてだが、まず、異形の絶対数が少ない、数による圧殺ができないと言う点があるな」
「一体一体の質が高い分、数的有利が取れる訳だ。もう一つ、火炎系のダメージに弱い。その点先ほどの対処は及第点だ。通路が狭く入り組んでいるこのダンジョンで爆炎術式を使うとバックファイアで味方を巻き込む可能性があるから注意してくれ」
(機械兵か……雪菜が喜びそうなダンジョンだ)
それからしばらくパーティーは道なりに進んでいくが、丁字路に差し掛かったところで、どちらに進むかを山本から指示される。
「まずは左から行こうか。このダンジョンは数の暴力がない分、慎重に……」
左を向いた山本の体が後ろに引っ張られる。見えない巨腕に掴まれて引きずられるように右手通路に吸い込まれていく。いち早く気付いた紫苑が手を伸ばすが紙一重のところで山本に届かなかった。
(磁力兵ッ!! 剣を放棄すれば……)
「山本先生ッ!!」
男子学生が叫ぶが、続けざまに起こる出来事に足が止まった。
機械化ダンジョン特有の罠。レーザートラップ。赤いレーザーが格子状に通路に張り巡らされ、山本と紫苑たち学生は引き離された。
「お前たち走れッ! これは引き離すだけでない!」
網目状の接死の光線は形を崩すことなく学生たちのほうに移動してきた。
紫苑が首根っこを掴み男子学生を走らせる。琴音と女学生もそれに続き全力で左手通路を駆けていく。
それを安心したような瞳で見つめ。山本は抜刀した。
磁力で引っ張られているにもかかわらず、体勢を変え、その吸引力さえ利用し回転。磁力兵に斬りかかる。
重厚な装甲はバターのように切り裂かれ、爆発する。その飛散する破片さえ。斬り落とし、山本は体を起こす。
「いやはや、そんなに邪魔かね? 吾輩が」
十字路に移動させられ、入ってきた通路の隔壁がおり山本の退路は断たれる。と同時に三方向の通路の隔壁が開き、その先には両肩にガトリング砲を搭載した重装機械兵が弾幕を展開する。
「『鷹の目』ッ!」
山本は超人的な動体視力で、全ての弾丸を叩き落としながら、現状を分析する。
(確信した……)
百の弾丸が迫る。すべて落とす。
(ダンジョンは紫苑君を……)
千の銃弾が迫る。すべて躱す。
(……育てているッ……!!)
万の死を潜り抜け、前進する。
■■■ 左手通路 学生組
「無理だな」
紫苑は目の前に展開されている網目状の光線に指をあてる。蒸発音とともに人差し指は弾けた。
「琴音……回復を頼めるか?」
「はい」
この緊急事態でも落ち着いていられるのは学生ながらに格違いのダンジョンに挑んできた二人だからこそである。しかし残りの二人はそうもいかない、多く見積もっても実戦演習での死者は一割。当然死の覚悟をしてきているわけもない。
しかし死ぬ危険がないとも思っていなかった。
「ど、どうするんですか? 紫苑さん! 先生ともはぐれて。そ、そうだ。このレーザーも死ぬ勢いで突破したらどうですか? 外と連絡が取れれば……」
「……それは僕に一回死んで、『純銀の盾』で復活。この状況を潜り抜けて増援を呼べと?」
紫苑の眼光が鋭くなる。それだけで男子学生は生きた心地がしなかった。大尉の称号はお飾りでついているものではない。と震えたのち謝罪の言葉を絞り出そうとする前に、紫苑が大きくため息をつく。
「いや。自分たちが助かるために一回死ねってのは、まあ。合理的だ。僕も一案には上がったさ」
「まず考えてほしいんだが、この網目状のレーザーはなぜここで止まっていると思う?」
「え? 分断させるのが目的なのでは?」
「それは違いますね」
琴音が前方通路を警戒しながら振り向かず男子学生の愚答に答える。
「いや、全部間違っているわけではありません。紫苑さんが言いたいのは、なぜ殺しに来ないのか、といった点でしょう?」
「そうだ。琴音。これはダンジョン概論で罠について説明があったと思うが、基本罠は殺すために設置されるものだ。こんなレーザーは前例が……僕が知る限りではない。そしてこの道は見える限り一本通路。向こうから同じ罠が迫ってきた場合、なすすべがない」
「え、じゃあ拙くない? 急いで次の分岐路まで……」
「急くな。僕が言いたいのは、こんなものが使えるならばそもそもインフェルノ級、いや失楽園級でも人類に勝機は一切ない。ということだ。ただのライト級ダンジョンでこれならば」
二人の男女は絶望に染まった顔でへたり込んでいる。
「この障害一枚を突破することは、死ねば助かる。一回だけはな。ただ相手の気持ちになって考えることが重要だ。『誘導したけど逆走しますね』『はいそうですか、だったら殺します』になってもおかしくない」
「相手の気持ちって……いったい誰の?」
紫苑は再生した指を折り曲げ感覚を取り戻しつつ、振り向き答える。
「ダンジョンのだよ」
「は?」
奇特なものを見る目で紫苑を見るが、それを異に返さず、彼は考えていた。瞑目して顎に手を当てる。
(分断……ありがちだな。確かに生存率はガクンと落ちる。特に本物のダンジョンが初めてのこの二人を置いて僕が救援を呼びに行けば、殺されるだろう、ダンジョンに。目的が分からん。もしこれがゲームならば攻略法があって当然だ、そうでなければ破綻する。しかしこのダンジョンが支配者の牙城ならば、ありとあらゆる罠と異形を駆使して殺すべきだ)
「今は異形が近くにいない、レーションと水分補給をしておいてくれ。我々だけでこのダンジョンを踏破する」
紫苑の号令でいくらか落ち着きを取り戻した二人は、人生最後になるかもしれない味気のない食事を水で流し込んでいた。
「さて……僕も……」
油断、慢心。壁を背に着けているが故の失態。ダンジョンの壁は基本どんな攻撃でも破壊できない。だがそれが網目ならばどうだろう。
「紫苑さんッ!! 後ろ!」
それは、いた。蟹のような甲殻類を想起させる多重間接に小型のレーザー銃で武装した、足音のしない機械化異形、アサシンロイド。通称『蟹光線』。ライト級ダンジョンの支配者。
男子学生がレーションを放り投げて使った、『バリア』その一枚の壁が紫苑の命を繋ぎとめた。
女学生は即座に異形を召還するが蟹光線に次々と撃破される。『爆炎術式』に手を伸ばすも、ここは曲がり角の一本道。爆風の逃げ場がない。
(あーしが紫苑君ごと、吹き飛ばしたら。いや、つーか彼死んだら終わりっしょ。あーまじ、どうしよ)
女学生は琴音に手を取られて走り出す。ここの通路は網目の隔壁をはさんで一本道。レーザー光線の速度は秒速30万キロメートル、曲がり角までいかなければ安全地帯にいる蟹光線に狙撃されて終わりだ。このバリアが継続している十数秒で曲がり角まで行けなければ、ハメ殺される。
(蟹光線? ドミネーターがダンジョンを闊歩しているのか? いや、まさか……)
「雑魚敵でドミネーターでるのか?」
『赤い糸』
運命を共にするこのカードの使い方は紫苑も研究してだいぶわかるようになってきていた。その能力の一つが『意思疎通』。心の中で電話を掛けられるテレパシーに似た能力を持つ。それによって学生二人を逃がしたつもりだったが、男子学生は残っていた。
「お前も速く走れ! 琴音だってそれなりに強い! 僕も『赤い糸』で追いつける!」
「ダメです……。このバリア一枚だとおそらく持たない。もう一枚切る必要があります」
(バリアは術者が動くと効果が切れる。もっと高位の防御呪文ならばいいものはある。しかし彼が持っているものじゃ仕方がないのか……)
「二人だ」
「え??」
男子学生は困惑するが、すぐに紫苑は言葉をつづける。
「二人で蟹光線を撃破する。お前とならできるはずだ」
「~ッッ!!」
■■■
──僕はモブだ。
朝曲がり角でパンを加えた転校生とぶつかることもなければ。魔法の才能が認められ、魔法学校への入学が決まるわけでもない。
蜘蛛に噛まれてヒーローになることもなければ、家族が惨殺されてヴィランとなることもない。
いたって普通の身長体系、テストの点も平均。彼女は高校時代に一度いた。手をつなぐ程度のことしかせずに、自然消滅。物語にしたら何も面白くないただの有象無象。
だから、異形戦争が起こって、この上なく不謹慎だが、僕はワクワクした。非日常が日常を侵食し、誰も彼もが英雄になれる世界。実力があるものが活躍し、歴史に名を遺す争乱の時代の到来に。
結論から言えば結局、モブのままだった。トレイター学園でも強さは中の下。スナッチャーの急襲でも避難せざるをえなかったモブトレイター。一線級の化け物は、様々な偉業を成し遂げ、学生ながらに教師レベルに強くなった。隣の彼のように。
劣等感すら抱けなかった。尊敬と畏怖。度が過ぎた天才には妬みさえわかないのだとその時初めて知った。
きっと物語だったら、主人公の強さを際立たせるための太鼓持ちや、やられ役がぴったりな僕だ。それでも僕は。
■■■
「やりましょう。全力でサポートします」
彼が必要としてくれるだけで十分だ。




