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第51話 凶兆

「キミたちと会うのも随分久しぶりに感じるよ」


 翔太が予約した居酒屋は主にお好み焼きを看板商品にしている店舗だった。そこに急遽参加した雪菜であったが、翔太と雪菜の外見から年齢確認で店員と一悶着あった。もう雪菜は慣れているのであろうか、店員に確認される前に免許証を取り出していた。


 一方翔太は身分を証明できるものがなく、紫苑が理事長に確認し、彼が二十歳を超えていることをスピーカーモードにして店員に聞かせることでようやく入店できる運びとなった。後ろに並んでいる他の客から無言の圧力をかけられたことは想像に難くない。


「それで、また新しく女の子が入ったんだ。五十嵐(いがらし)ちゃん? 紫苑くん……キミは……」

「勘違いしないでよ雪菜。まず僕はハーレムを作ろうとなんかしていない。それに五十嵐は男だ」

「へえ……ま、いいや。酒は心の栄養剤だよ。ボクも気を許せた人たちと飲むことは少なかったからね」


 そう感慨深げに語る雪菜だったが、しかし、彼女は心ここにあらずといったように感じた。隈はもともとあったが、一層ひどくなっている。


「雪菜先輩。体調がすぐれないのだったら、お酒はほどほどにした方が良いのではないですか」

「琴音ちゃん、ボクから唯一の楽しみを奪おうっていうのかい? 随分残酷になったねえ」


 雪菜はカラカラとウィスキーのグラスを傾け、ちびちびと飲んでいる。


「まあ、楽しい話は後に取っておいて、まずは愚痴でも聞いてくれない? 会計はボクが持つよ」


 □□□


「実際、ボクが課長になったんやってテイのええ左遷やで。優秀なエンジニアを失えへんように現場から遠ざけようってな」


 雪菜は相当ストレスが溜まっていたのであろう。次から次へと湯水のように愚痴が湧き出てくる。


「役員報酬はつくけど管理職やさかい残業代は出えへんしな。まあ、金払いがええのは否定せえへんけど、時給換算してみたらえげつないことになってんで」


 一層酒を呷るスピードが上がっていることに金城さえ、雪菜の肝臓が心配になってきたところで、雪菜は表情をガラッと変えた。


「かんにんな。ぼちぼち楽しい話、しよか」

「わかりますよ。僕も上下関係が厳しい世界にいたことがあるので、理不尽というものには慣れていますけれど、それでも納得できないことはありますよね」

「おお、五十嵐君、話わかるやん。どや、もっと飲め飲め。それにしても酒強いな、君」

「あ、ありがたくいただきます」


 そこでノンアルコールを飲んでいた栞が席を立つ。


「私、お手洗い行ってきますね」

「おお、『姫』もトイレとかするんやな」

「下の話の冗談はいけないよ雪菜」


 紫苑が雪菜を諌めたところで店内に怒号が響き渡る。


「おい! つまみ一つでいつまで待たせんねん! ワイらはこの国を守ってやっとるトレイターやぞ!」

「いいで、すぎやん。もっと言ったれ、言ったれ」


 店内が一瞬で凍り付く、トレイターは世界の防衛機構であると同時に、暴力装置だ。暴れ始めたら止められる存在は同じトレイターしかいない。


 そこに立ちむかったのは翔太だった。


「よく、そんな幼稚な頭脳で就職できましたね。強いカードをもったら自分が偉くなるとでも思っているのですか?」


 心底軽蔑した瞳でその迷惑客を一蹴したが、火に油を注ぐ行為に他ならない。そのトレイターたちは翔太の胸章を見て鼻を鳴らして馬鹿にした。


「二等兵? 学生やん。こんなお嬢ちゃんでも一丁前に噛み付いてくるんやな。将来に期待ってとこや。ワイらは曹長。階級が上の人間の言葉は素直に聞いておくとええで」

「じゃあ僕の言うことは聞くんですね?」


 翔太の後ろから現れた紫苑は怜悧な声で、それでいて重みのある言葉で彼らに警告した。


「またガキやん……。 !? 大尉? 嘘やろ胸章偽造は重罪やで」


 異音の言葉に嘲笑するが、紫苑は言葉を発さない。まっすぐと彼らの瞳を見ているだけだった。


「どこのギルドですか? 連絡させていただきますよ」

「生意気言うてるんちゃうで。ガキが大人舐めてっと痛い目見……」

「やめとき」


 迷惑客の中でも一番冷静なトレイターがつっかかる仲間を手で牽制した。


「こいつン目。人を殺している。これ以上問題起こすと死人が出る」

「話が分かる方もいて、安心しました。居酒屋では平和的に飲みましょうよ。僕も楽しい席に水を差したくはないので」

「ああ、悪かった。ほら、お前らも謝らんかい」


 そのトレイターのおかげで、一触即発の場は収まった。一礼して二人はみんなのテーブルへと戻っていく。


「おお、五十嵐くん、意外と男らしいとこあるんやな」

「男らしいも何も、男なんですが」


 雪菜もけらけらと笑って、事態の深刻さをあまりわかっていないようだった。


「彼らは『ミダース』の人たちなんですか?」

「いや? わからへん。そうかもしれんし、ちゃうかもしれん。うちは人数多いからなあ」


 雪菜はこんな緊張状態なのに空気を読まずに新たに焼酎を注文していた。


「ま、仕切り直しや。飲みなおすで!」

「ほどほどにしとけよ」


 ■■■ 翌日 東京


 朝から新幹線に乗り込み、東京へ赴く一行。成績上位者は四大ギルドからのスカウトが既に来ている。ミダースもそうだったが、『オーディン』も『アルテミス』もチームSを丸ごと保有しようとしていると理事長に聞かされていた。


 多少以上に有利な条件を付けてくれるとも聞いていた。それぞれのギルドは水面下でどうやって歴代最強の月見里紫苑を自分のギルドに誘い込めるか。彼が食いつく甘い果実を育てていた。


 しかし、すべての大型ギルドは給金かカード報酬といった果実しか用意していなく、紫苑は肩を落とすことになった。彼にとってそれは手段であり目的ではない。大金持ちになることも強いカードを手に入れることもそれを到達点にはしていないのだ。


 だから彼が交渉の席に着いた時いの一番に発する言葉は。


「御社の目標を教えていただけますか?」


 だった。本来企業側から学生側にされるであろう質問は、紫苑の圧倒的実力と覚悟によって逆転していた。


 もちろんその場を取り繕うように「異形への早急な対策を」だとか「スナッチャーを殲滅するために」とか「カード資産を集め日本の守りをより強固にするために」とかいう優等生な回答しか得られなかった。


 つまるところ()()()()。これ以上生活圏を異形に奪われないために尽力していることが分かった。確かに立派な目標だ。彼らの奮戦によってかろうじて世界は世界の形を保てている。地球の支配種族を人間たらしめているのは、各界功労者の文字通り血の滲む努力のたまものなのだ。


 だが、足りない。


 彼の理想に大きく足りない



「失楽園級へのアタックの予定は?」


 本来その質問は失笑さえ起らない。小さな子供がスーパーマンになるのだと目を輝かせて言うのに対し、現実的な否定をしない親のように。


 しかし並のトレイターだったら力不足だと取り付く島もない返答をされるが、トレイター学園史、()()()に強い紫苑に対しては真剣に対応された。


「去年のイギリス本島、『時計塔ダンジョン』攻略に使われた兵力を知っていますか?」


 オーディンの社員は物腰柔らかに語りだす。紫苑はそれに対して、抑揚なく答えた。


「航空母艦3隻。巡洋艦15隻。駆逐艦25隻。中将クラスのトレイターが3名。少将クラスが9名。トレイター累計50名強の精鋭部隊です」

「流石、良く調べていますね。結果ももちろんご存じですね」

「壊滅。トレイターは全員殉職。ダンジョンの入り口にたどり着くことすらなく」

「はい、それが答えです。あなたは群を抜いた逸材ということは重々承知です。しかし、その空母師団を超えるだけの戦力は残念ながらありません。あったとしてもそんな貴重な戦力を死地に向かわせることは致しません」


 □□□


「難しい顔してるな兄貴。なんかあったのか?」

「いや、そうだな。ちょっと考え事をしていただけだ」


 バス移動している最中に鬼塚は紫苑のことを心配していた。誰もが思っているように、『失楽園』奪還は絵空事。奪われた土地は切り捨てて、今ある安寧を享受するのが一番聡いと案に言われて失望していたところだった。


 ■■■ 管理局


「うちならばその望みはあるかもしれませんね。失楽園奪還はここの最終目標だ」


 高級そうなロングソファに紫苑、琴音、鬼塚、栞、翔太の5人が座っている。オーク材のテーブル越しに対面している二人の中年男性は管理局のトップだった。


 一人は金城(かねしろ)管理局長。元々は民間の兵器製造会社だったが、政府から認可を受けた彼は政府直轄の兵器産業を作り上げた金城(かねしろ)(おう)()の父である。ばつが悪いと理由だけで王俄は管理局のインターンシップには不参加だったが、局長は空元気に笑っていた。


「娘が学園に行くって言ったときは彼女の考えを尊重するのが親の務めかと思ったのですが、もっと真剣に考えてあげるべきでしたね。無責任に良いカードだけを持たせてそのうち挫折するだろう。と思っていましたが、現場の過酷さは死が当たり前の世界」


 局長は悲しそうな眼をしてしばし目を伏せる。無言の時間を心地悪く思ったか無理に笑顔を作って顔を上げる。


「王俄が世話になっているのは理事長から聞いています。娘に直接謝罪ができないのは悲しいですが、本当にありがとうございます」

「局長、インターンなのでそういったプライベートは後回しのほうが良いのではないですか?」


 金城の父は隣にいる鼠色の長身の男性に公私混同を注意された。それを受けて管理局のトップは頭を掻きながら笑った。


「そうだった! 君の紹介がまだだったね。知っているだろうが彼は氏家(うじいえ)(せい)一郎(いちろう)。異形戦争当時、あの地獄を身一つで国民の救助に向かったまさに『英雄』だ」

「よしてくださいよ。局長。私は別にそんなつもりでやったわけではありませんよ」


 謙遜の色はない。本心から英雄と呼ばれることに誇りを持っているわけではなさそうだ。


「おいおい、謙遜も過ぎれば嫌味になるぞ」

「そういうことでしたらお好きに解釈してください。……。君たちはチームSの面々だね。卒業式以来かな、月見里君」


 真摯に氏家は紫苑の瞳を見据える。


「覚えていてくれましたか。ありがたいです」

「私らの最終目標は先ほど申し上げた通り、失楽園の奪還です。民間ギルドではダンジョンを宝のどっさり詰まった金鉱脈のように考えている所も多数ありますが、ここは政府直属機関。どうかご一考ください」

「ありがとうございます」


 紫苑と氏家は握手をして、その会談と呼べるかも怪しい雑談は終りを迎えた。


「そうだ、お二人とも出身は東京なので?」


 紫苑の唐突な質問の意図が汲みかねるように、局長が訝しげに答える。


「そうだが、何か?」

「いえ、変なことを聞いてすみません」


 ■■■ 某県某所


 月光が彼女の病的に青白い肌を煌めかせる。屍の山の上で指揮者のようにレイピアを振りながら歌っている、人間一個体にして災害に例えられるほどの冒涜的な略奪者。


「因果は巡る糸車。カラカラ、カラカラ、カラカラと」


「シナリオは順調に進行中。彼は五里霧中に疾走中」


「はてさて、私の役割は全うしましょう。でも、まだまだ実は青い。熟れるまでは我慢。それまでは、歌いながらでも時間をつぶしましょう」


 なおも彼女は舞い続ける。






「テラーとしての役割を」


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