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第49話 萎縮

 あのエキシビジョンマッチから紫苑は一人で学園内を歩くと、一回生からは元気よく挨拶をされるようになった。人だかりに彼が通ろうものならモーゼの如く、人の波は割れ、紫苑の歩く道ができた。


 しかし紫苑はその『眼』故にわかってしまう。一回生は尊敬の感情より、恐怖を紫苑に向けていることを。


(そうだな。あそこまで残虐に人を殺せる人間相手に敵対はしたくないだろう。ましてや仲間になんてなりたくないか)


 紫苑は自嘲気味に笑いをこぼして群衆の中を歩いてゆく。


(だが、()()()()()


 紫苑は時計塔に足を運び、その一階部分の窓口で手続きを済ませ、踵を返して、学生寮へと歩みを進める。


「月見里先輩。おはようございます!」

「お疲れ様です!」

「何かお手伝いできることはありますか?」


 不愉快だった。一回生の怯えた瞳と、それとは真逆の彼を称賛する声。もとより彼の悲願は異形戦争以前の平和な世界を取り戻すこと。長いものには巻かれろとよく言うが、彼に挑戦することのない二回生も、畏怖の対象にしている一回生も。


(あれで、僕のことを避ける程度の覚悟ならば、死地に連れて行っても足手まといだ)


「誰も僕を超える気概を持つ人間はいないのか……」


 誰にも聞かれない声量でそうつぶやくと、寮へと戻るためにタクシーに乗り込んだ。環状道路の桜は八分咲きといったところだろう。タクシーの窓からそれを頬杖を突きながら眺めていた。


 目的の場所につくと運転手に礼を言い、寮に入っていこうとしたところで紫苑は一人の少女に呼び止められる。


 ブロンドのウェーブのかかった髪をセミロング程度の長さで切られている少女は、紫苑に話しかけてくる。


「紫苑先輩ですね?」

「ああ、そうだが。珍しいな。僕のことを下の名前で呼ぶ人間は。一回生か」

「はいそうです! なれなれしかったですか?」

「構わないよ」


 見たところ中学生くらいの顔だちをしている彼女は、紫苑が二回生に上がってから初めて物おじせず紫苑の瞳をまっすぐと見据えてきた。


「……僕のことが怖くないのか?」

「え? まあ確かに“あれ”を見せられたら誰でも委縮しちゃいますよね。でも僕はそんなことはありませんよ。すごくかっこよかったと思います」

「あんな弱い者いじめが、か?」

「ええ、スカッとしました!」


 紫苑は具にその少女を観察すると女学生が付けているはずのリボンがないことに気づく。


「お前、男か」

「そうです。僕の名前は五十嵐(いがらし)(しょう)()。以後お見知りおきを」


 恭しく頭を下げる翔太。所謂男の娘という奴だろうか。


「この後時間ありますか?」

「何の用だ?」

「お茶でもいかがですか?」

「鍛錬の時間がある。その後でもいいなら」


 翔太はにっこりと微笑み、肯定する。


「はい、構いませんよ。お待ちしております。あ、これ僕の連絡先です」

「ああ、終わったら一報入れる」



 ■■■


「迷いが見えるな」


 山本先生に剣術を教わっているときにふいに紫苑はその言葉を告げられる。もうすでに彼の鍛錬は真剣同士の打ち合いになっており、お互いを間違って死亡させないために『純銀の盾』をデッキに入れて剣戟を行っている。


「迷い、ですか?」


 紫苑は訝しげに目を細めて山本を見るが、山本は眉根を寄せて険しい顔をしている。


「もしやと思うが、自棄になっていないかね?」


 核心をとらえた質問だった。紫苑は二の句を告げなくなってしまう。はっきり言って図星だったのだ。


正門(まさかど)に敗北してから、だな。君の剣筋が変わったのは」

「流石、お見通しなのですね」


 お互いに刀を納刀し小休憩に入る。紫苑はお茶を飲み、山本は煙草に火をつけた。


「負けた。というのは本来成長の糧になるからむしろ財産となるものだ。ただし続きがあればの話だがね」

「ええ、殺し合いに続きはありません。ただラッキーで、命をつなぎとめただけです」


 山本はゆっくりと紫煙を吐き出した。


「いいじゃないか。ラッキーで」


 今度は紫苑が眉を顰める。しかし、山本は考えなしに発言しているわけではないこともわかった。


「戦場で生き残るのは、力の強いものでもない。知力が高いものでもない。より高級なカードを持っているものでもない」


 山本は気だるげに話をつづけた。


「運がよかった。それは生存の第一条件だ。他の要因はその確率を上げてくれるものに過ぎない」

「し、しかし」


 紫苑は言葉を返そうとするが山本に手で制止される。


「わかっているとも、納得できないよな。運なんてもので生き残ったら、今までの研鑽は、努力は、苦労は何だったのか、と思いたくもなるさ」


 山本は二本目の煙草に火をつける。


「でも、そんな努力家が喉から手が出るほど欲しかった、幸運を手に入れたんだ。これはどれだけ金を積んでも買えやしない」

「繋いだ命を次の命に繋ぐ。これは生き残った者の責務だと思うが?」


 紫苑は熟考している。顎に手を当て、しばらく無言の時間が続いた。


「そうですね。生き残る確率を上げるための鍛錬、ですものね。研鑽したからと言ってすべてが勝利につながるわけではない。ならば……」

「敗北は財産なわけだ。生き残ってさえいればね」


 紫苑は両方の手のひらで自分の頬を叩き根性を入れなおす。立ち上がり、真剣をもち鞘から抜く。


「では、この拾った命、人類のために使いましょう。続き宜しくお願いします」

「もちろんだとも。少し頭を冷やすと良い」


 再び広場では剣戟が繰り広げられる。


 ■■■


「えーとここだったかな」


 紫苑は翔太に指定されたカフェの前で立ち止まっていた。窓から中を覗き込むと、花も恥じらう可憐な少女、もとい少年が手を振っていた。それに軽く手を上げると、扉を開け中に入っていく。


 店内は明るくファミレスの様な雰囲気だった。以前要と話したところとはいくらか格式が低く、それでいて大衆受けをするリーズナブルな料理が提供されていた。


「貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」

「いや、たまには頭を冷やせと、師匠にも言われたしね」


 紫苑は翔太と同じ、メロンソーダとボロネーゼを頼み、一息ついている。


「では、さっそく本題に入りますね」

「……飯食い終わってからにしようか。まだ僕のスパゲッティ出てきていない」

「あ、自分都合でした。すみません。それまで僕の話を聞いていてください」

「ああ、いいよ」


 目を輝かせて、身を乗り出す翔太は語り始める。


「先輩はすごいです。すごいという言葉さえ陳腐になるほどとてつもないです!」


 彼の口から出たのは賞賛の言葉だった。次から次へと湯水のように賛辞があふれ出してくる。


「まず特待生入学。まだ自分のカードを持っていないのにスナッチャー複数人を一人で撃破」

「そして、入学してすぐに上級生を打倒し、コネクションを築く」

「インスタントのミドル級ダンジョンでも『グラトニー』を撃破」

「学園攻防戦でもスナッチャー連合軍を撃退」

「そして学内最大派閥のチームS結成」

「極めつけはスカルローバーボスとの交戦で生き残る」


 他にもありとあらゆる功績を述べていくが紫苑が満足することはなかった。その間にボロネーゼを食べ終わってしまっていた。


「よくいろいろ知ってるね」

「はい! ファンなので! むしろその評判を聞きつけて僕はこの学園に入学したといっても過言ではないです」


「それで? おべっかで得をしたいってわけではないんだろう?」

「少しあたりです」


 翔太は頬を掻きながらばつの悪そうな顔をする。


「すこしその気持ちはありましたね」


 彼の目が真剣な顔つきになる。


「僕をチームSのメンバーに入れてくれないでしょうか?」


 紫苑は瞠目した。いや、普通に考えればそれが自然だったのであろう。このほとんどの一回生が自分を畏怖している状態で、コンタクトを取ってくるならばそれが一番納得できる。


「条件がある」


 翔太はつばを飲み込んだ。まさか紫苑に決闘で勝てと言われるのか、はたまた金を要求されるのか。


「死の覚悟はあるか?」


 なんだそんなことか、と翔太は安堵した。その程度のことで地獄だった今までの生活から解放されるならば願ってもない言葉だったからだ。


「ありますが、どう証明したらいいですか?」

「ここじゃ拙い。会計して外に出るぞ」



 □□□  裏路地


「ロシアンルーレットだ。これは実銃。五連式リボルバー。これに実弾を一発だけ入れる」


 レンコンの中身を見せ空なのを証明すると一発だけ装填して銃創を回転させる。


「そして君のデッキに『純銀の盾』を入れる。と、()()()()()()。デッキを貸してくれないか」


(なるほどね……。先輩が宣言する、ね。つまりこれはどこまで僕が彼のことを信頼しているか、を試しているわけだ)


「そして、銃をこめかみにあてて好きな回数引き金を引いてくれ」

「はい」


 紫苑から銃を受け取りこめかみにあてた翔太は迷いなく引き金を引く。


 一回。不発。


 更にもう一度引く。


 二回。不発。


 連続してさらに二回引く。


 三回四回、不発。


「おお、なかなか度胸が……」


 紫苑の言葉を遮るように最後の引き金を引いた。破裂音とともに火薬が炸裂する。


「……空砲ですか。結構甘いんですね」


 翔太は汗一つ書いていない。


「ふむ、申し分ない。いいだろう今度の集まりで君を紹介しよう」

「ありがとうございます」


 ■■■ バイトリーダーの部屋


 すでに保健委員の治療によって身体的な傷は完全に回復している。しかし深刻なのは心の傷のほうだった。今までさんざん見下していた仕事のできない難民程度に、これほどまでの屈辱を味わわされたのだ。腹で茶を沸かせそうなほど彼の腸は煮えくりかえっていた。


(難民がたったの一年弱でウルトラレアさえ持っている? おかしい。おかしいだろどう考えても)


 歯ぎしりをしながらも彼はベッドの上であおむけで寝ている。いまだに初めて味わった“死”の感覚が抜けていない。


(何か犯罪に手を染めたに違いない。そうだ。そうだ。きっとそうだ。間違いない)


 爪で顔を掻きむしり、血が流れるのさえ気にしていない様子だ。痛みならば心のほうがもっと痛い。心の鎮痛剤が欲しいところだった。


(そうだ、これは正当な奪還だ)


 彼の瞳には狂気が宿る。口からは不気味な笑い声が部屋全体に響いていた。



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