第5話 学校案内
紫苑が丁寧に理事長室の扉を閉めると、琴音が彼に駆け寄っていく。不安そうな顔をしていたが、紫苑がにこりと微笑むと、合格を察したようで、手を上げて喜んでくれる。
「一つ、疑問なんだが……。どうして君は僕なんかの合格を祝ってくれるんだ?」
「なんか、ではありませんよ。特待生入学は、「てんさい」に続いて二度目。設立以来の傑物です。そう理事長に判断されたのならば、貴方を誘った私の益にもなりますし……」
「結構現金な理由なんだな」
琴音は頭のアホ毛を揺らしながら不満そうな顔をする。
「……それだけじゃない、ですよ」
「というのは?」
目を半目にして紫苑を睨みつける。
「え? 僕なんか拙いこと言ったか?」
「……まあ、とにかく。本当におめでとうございます。貴方の入学を嬉しく思います」
(あの時、私は命を諦めたのに、今もこうして生きている。トレイターは死に方を選べない。それでも、スナッチャーなんかに殺されずに済んだんだ。貴方のお陰で)
疑問符を浮かべ続ける紫苑に対し、少し照れくさそうに話題を変える琴音。
「合格した場合の、学園施設の案内は任されています。今お時間は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「では行きましょう」
エレベーターで一階に向かい、人でごった返すエントランスを抜けていく。
「まずこの“時計塔”直下の総合会館。街でいうところの役所に当たります。様々な手続き。編入だったり、退学だったり、休学だったり。そういったことが出来る施設です。困ったときはここを訪れればいいですよ。理事長はさながら市長ですね」
紫苑が頷いているのを見た琴音は気分を良くしたのか、さらに饒舌に語りだす。
「さっき最上階が理事長室、と言いましたが、その上にも人は入れます。この時計塔は見張り台の役目も果たしています。警備委員の狙撃手が常時8名、交代で異形やスナッチャーの襲撃に備えているんですよ」
「要塞みたいな学園だな」
「ええ、ここを陥とすのは自衛隊でも不可能でしょう。今も人が沢山いるのでお分かりかと思いますが、ここはランドマークみたいなもので、待ち合わせに使う人も多いです」
総合会館を囲むように環状道路が敷かれており、その外側には時計塔には及ばないが背の高いビルが等間隔で八つ建てられており、それぞれが連絡通路でつながっていた。
「あれは何だ? デパートみたいだが、それにしては窓ガラスが小さいな」
「あそこは学生寮です。紫苑さんが暮らしていただくのは北西棟の一階ですね。この寮は男女混合で私の隣の部屋が貴方の部屋みたいです。西側の棟は一年生。東側の棟は二年生で分けられています。まず荷物を置いてきちゃいましょうか」
横断歩道も綺麗に総合会館から放射状に伸びており、近くには大量のタクシーが止まっている。列に並びタクシー待ちをしている学生は、殆ど待たされることなく乗り込んでいき、ひっきりなしに車両が入れ替わっている。
「タクシーを使っている学生が多いようだが、ここの学生はそんなにも金持ちだらけなのか?」
「いえ、タクシーは無料ですよ」
「! そりゃ大盤振る舞いだな」
「そりゃそうですよ。……だって」
真面目な顔になり、琴音はアホ毛を動かしながら説明する。
「私達トレイターは、命を削っています」
琴音の身体から鬼気が迸る。
「私もこの間はミスをしました。3 名の命を私の責任で失いました。それでも、1 分間の黙祷が済めば、私は切り替えなくてはいけない」
「祈りもします。悔やみも、悲しみもします。それでも立ち止まることだけは、許されません。そうでなければ、人類は敗北します」
「人の死に慣れるな。よく言われました。でもですよ。慣れでもしなければ、トレイターでは居られないんです」
「すまん。嫌なことを思い出させた……」
「……優しいんですね。普通は『お前のせいで人が死んでいる』と詰られてもおかしくありません」
「それが普通なら、僕は異常でいい」
琴音は目頭が熱くなる。その言葉にどれほど救われたか。紫苑は気付いていな いだろう。本当なら「ありがとう」と言いたかったが、主席入学として、案内人 として、数か月だが先輩として。弱いところを見せたくなかった。
「では部屋にお邪魔しますね、金庫や空調の説明もしたいですし」
■■■ 一週間前 理事長室
「琴音君、私が言いたいことはわかるね?」
「はい、申し訳ありませんでした。私の不注意で編入生の二人を戦死させてしまい……」
「いいんだ。主席入学だから、と。入学して間もない人間一人に警護を任せた責任は私にもある」
「……」
「それに結果だけを見れば、むしろプラスじゃないか。スナッチャーからカードを奪い、尊い尊い人命二人で48枚もカードを入手できたんだ。君の仕事ぶりには落胆したが結果は上々ではないか」
「そ、そんな言い方は……!」
「不満かね? そしてそれを口に出せる立場にいると思っているのか?」
「……ッ!」
「今回の君の功績は、“彼”を発掘できた。それだけだ。だから、罰も与えないし、校内ランキングにも一切変更はない。ただ、君は“彼”がいなければ、カードをスナッチャーに強奪されていたんだ。そこはしっかり受け止めて反省してくれ給え」
「……」
「反論が無ければ退室してくれ給え。私は仕事がある」
■■■ 学生寮
「凄いな、どれだけ金かけているんだよ」
「理事長が惜しみなく、私財を投入しているうえに、国からの助成金も莫大ですからね」
そこは一般的な学生寮が刑務所に思えるほど立派なものだった。空調は完備。厳重な金庫に、防弾、防爆ガラス。セミダブルのベッドに、備え付けられたデュアルコアの最新パソコン。自習用テーブル。トイレに風呂、洗濯機まで一部屋に一台ある。
「金庫に関しては、虹彩認証とパスワードの二段構えです。それでも貴重なカードは持ち歩いてください」
「そんなに治安が悪いのか?」
「滅多に起こりませんよ。でも物が物です。常にカードを護れるようにしてください。カードの管理。これはこの学園で生活していくうえでの最低限のスキルです」
「成る程、肝に銘じておく」
「では次に、食堂ですね。もうお分かりかもしれませんが、この学園は時計塔総合会館を中心に放射状に建てられています。学生の利用頻度が高いものは中心に近いですね」
紫苑は何枚かのカードを金庫に入れ、次の案内先へと向かう。
■■■ 食堂
学食もまた立派なものだった。ガラス張りの中心に穴の開いた円柱上の建物で、中庭には緑が溢れている。その光景だけでも紫苑は高級ホテルを想像するが、屋内はもっと凄まじい。ビュッフェ形式で好きな物を好きなだけ食べてよいとのことだ。
「学食に関しては無料です。というよりこれは入学案内パンフレットに書いてあると思いますが、ほとんどの施設は無料で利用できるし、入学金以外の学費もかかりません。特待生なのでそれも免除ですね。防衛大学の派生校なのである程度は当たり前なのですが、一つ有料な施設が存在します」
■■■ カードショップ
カードショップにはショーケースに並べられた大量のカードと、大勢の警備員がいた。当然ガラスは防爆仕様で簡単に突破できるものではない。その警備の厳重さが、このカード群の価値の高さを表している。
「カードショップです。より良いデッキを作る為に自腹で購入しないといけません。まぁスーパーレアのカードはそうそう入荷しない上に数千万円の値段がつけられますから。ウルトラレア以上のカードが並んだという話は設立より4年無いそうです」
「ノーマルでも十万から百万円。レアならば数百万円するので、そうそう利用はできないでしょうけど。と、あれ? これは知ってましたっけ?」
(改めて聞くと法外な値段だ。いや、人類の命運がかかっているこの切り札ならばそれでも安いものなのだろうか)
「うん、知っている。でも説明ありがとうね」
恥ずかしそうに癖っ毛を弄る琴音。手で押し込んだ髪の毛が反発し、桃色のアホ毛がぴょこんと跳ねた。
「まぁ、学生がそんな大層なカードを手に入れられるわけではないですが、シミュレーションルームで既知のカードを使った模擬戦闘ならば出来ます。データベースで調べてみるのも可能ですよ」
■■■ 契約室
強化アクリル板で区切られた小部屋と、大量の監視カメラと集音機。それぞれの小部屋にはテーブルと複数の椅子。そしてサングラスと黒スーツを着た保証人と呼ばれる人間がいた。
「カードが有り余るという事はないとは思いますけど、自分のデッキには入らないけど有用なカード、そのまた逆もあるでしょう。それらを交換や売買するのは自室ではなくこの施設を利用してください。第三者の目がない所で、盗った盗られたの問答があると面倒臭いですからね」
「設立四年だろ? この学校。理事長はどれだけ先見の明があるんだよ」
「それは学生間でも謎のままです。年齢だって、40を超えている計算なのに、あの美貌。理事長異形説が出てきたこともありましたね」
「可能性は大いにあるな」
紫苑と琴音は冗談を言いあい、笑いながらも次々と施設を巡っていく。
□□□
講義室。図書館。体育館。射撃場。何処をとっても完璧なまでの設備が整えられており、入学金1000万が山本の言っていた通り、カードを持ち逃げするためだけにこの学園に入る輩を振るい落とすものだというのを紫苑は実感した。間違いなくこの学園で二年間過ごしたならば、それ以上の費用がかかるだろう。
「陽も落ちてきましたね。明日から編入生は授業が始まります。時間割は自室のパソコンで見られますし、学生手帳からも確認できます。遅刻には本当に気をつけてください。一個の落単で退学ですからね」
彼女の説明は分かりやすかったが、紫苑にとって、聞きなれない単語が一つ。
「学生手帳? なにそれ?」
「え、理事長から説明は無かったのですか? 貸与デッキは?」
「いや、琴音君に任せるとしか」
琴音は再度頭を抱える。
「ああ、山本先生の言っていたことがわかりました。本当にまだ入学試験は終わってないということですね。これも理事長の差し金でしょう」
(そして、私に対しても、汚名を返上しろと、暗に言っていますね。どうすれば良い? 考えなくては……。飛行系の異形は持っていないし……)
「貸与デッキは理事長から直に渡されます。編入生はそうなっている習慣です。しかしそれより問題なのが学生手帳。電子デバイスでテキストや身分証明にも使うのでこれなしだと出席と見なされません」
「どこで発行できるんだ?」
「役所、総合会館一階ですね。しかし、役所は19時に閉まります。ここからだとタクシー使っても間に合いません」
しばし顎に手を当て考えていた紫苑は、閃いたように両手を合わせる。
「琴音、音のしない武器はあるか?」
「? ええ、旋律の剃刀が……一枚、デッキにアクティベートされています。それがどうしました?」
「あー、あのかまいたち出すやつね。良かった。今の僕のカードだとどうしても爆音が出てしまう。それは避けたい」
琴音は困惑している。彼がなぜそのような話題を出すか皆目見当もつかないからだ。
「な、何を言って……」
「貸して欲しい」
「構いませんけど……」
「じゃあ琴音はタクシーで来てくれ。僕は先に逝っているから」
紫苑は一切の躊躇なく、借り受けた剃刀で、自分の頸動脈を斬り飛ばす。鮮血が噴き出て、床に崩れ落ちるのを見て琴音は悲鳴を押さえるので精いっぱいだった。
■『リスポーン』 呪文 コスト5 ノーマル
●致死ダメージを受けた場合、このカードを使用した場所に転移させる。
■『純銀の盾』 装備 コスト45 スーパーレア
●致死ダメージを受けても、体力が1残る。
●耐久度1
■■■ 学生寮 紫苑 自室
『リスポーン』はアクティベートした状態で自室で使用してある。本来死亡した遺体を安全な場所に呼び出す呪文。ダンジョン内で死亡した際、カードの紛失を防ぐだけで、死なないと効果を発揮しないこのカードは強力なものではない。『純銀の盾』が無ければ。
自室に倒れている紫苑はゆっくりと起き上がる。切り裂いた頸動脈を確認し、傷が塞がっていることを確認したのち、安堵と共に息を漏らす。
「いてて、やっぱり死ぬのには慣れないなぁ」
そのまま総合会館に向かい学生手帳のデバイスを発行してもらう。スマートフォンのような形状をしているそれは、日程確認。緊急アラート。学生教師間での連絡やデータベースへのアクセス権も搭載した近未来デバイスだった。
閉庁ギリギリに来た紫苑に良い顔はされなかったが、仕事ならばしょうがない。丁寧に説明を受けた後、半ば追い払われる形で総合会館を後にした。外に出ると琴音がタクシーで到着したところだった。
「ここまで想定して?」
恐れさえ見えるその顔に若干の罪悪感を覚え、頭を掻きながら紫苑は答える。
「いや、わかるわけないよ。理事長の考えなんて」
「限られた8枚。限られた選択肢。最も汎用性に長けた構築にしているだけだ」
「空から異形が襲ってくるかもしれない」
「下水を通ってスナッチャーが侵入してくるかもしれない。不安は尽きない」
紫苑の黒瞳がまっすぐと琴音を見据える。
「逃走の選択肢なんて最初に出る。別段不思議なことではない」
琴音は体が震えるのを感じた。
(これが、特待生。覚悟が違う。時間短縮の為に一度死ぬなんて。わかっていてもできっこない)
深呼吸して冷静さを取り戻した彼女は微笑みながら提案してくる。
「夕食一緒に学食で食べませんか? 寮から食堂までは徒歩圏内ですし」
「……」
「あ、いえ。強制じゃありません。生活必需品ならば、一定金額まで、コンビニで交換できますので、そちらで買って自炊している学生も……」
一瞬沈黙した紫苑の空気に耐えられなくなったのだろうか。すぐさま別の提案をする琴音。
(なんでこの子はこんなにも自信がないんだ? こんな美少女、ご飯を一緒に食べに行くのにも、寧ろ僕の方からお願いして頼むべきだろう。小柄で小動物のような愛くるしい見た目。反して主席入学の話が嘘ではない、と思えるほどに、微かに宿る闘争心とその迫力)
「いや……。飯の時間まで拘束するのは悪いかな、と思って」
「なあんだ。安心しました。だったら大丈夫です。びっくりしますよ? ここの食堂の豪華さを見たら」
「それは楽しみだね。そういえば朝から何も食ってないな」
■■■ 同刻 東京 池袋 スカルローバー池袋拠点
「因果は巡る糸車、カラカラ、カラカラ。カラカラと」
戦車の主砲でも傷一つつかない、エンチャントされたシャッターは“彼女”が腕を一振りするとバラバラになって崩れ落ちた。
「ま、まじか……。『天災』だッ! 兵隊を集めろ!」
悪党とは言えスカルローバーもプロといっていい。しかし反応が遅れた。銀髪のセミロングで、蒼眼をしている日本人離れした見た目に動揺したわけではない。彼女の悪意に晒され、一瞬硬直した。それが命取りとなる。見張りは二人とも蛇のようにしなる銀色の攻撃で既に事切れていた。
一階でポーカーをしていた構成員は、即座にカードを展開。対人特化の銃火器。呪文、異形で対抗する。
『天災』が一歩。全ての銃弾は弾き落とされる……どころか跳ね返し、発砲者の心臓を見事に貫く。
『天災』が二歩。迫りくる爆炎も雷撃も、凍気も全て彼女に切り裂かれる。
『天災』が三歩。大量に召喚された異形は、全て対人専用のスピードに特化したステータスを持つ小型獣異形。全方位から、同時に襲い掛かるも、彼女が一振り、手を振ると、その全ては迎撃された。全ての異形は地面に崩れ落ちカードに戻っていく。
「狂人が……! お前もスナッチャーだろうがどうして……」
カードを使いきったスカルローバー構成員が言葉を発するも、それに何の興味も示さず彼女の銀のレイピアが脳天を貫いた。
■マルカリアンのレイピア 武器 コスト10 レジェンド
●このレイピアはどんなものでも貫通できる
●このレイピアは実体を持たないものも切り裂ける
●攻撃力∞ 耐久度999
「今日は貴方が死と出会い。明日も楽しく殺し合い。人が勝つのはあり得ない」
「ありったけの銃弾を打ち込め! もう池袋は放棄する!」
「あらあら、遊んでくださるの? こんな出血大サービス。至れり尽くせり嬉しいわ」
『天災』は嬉しそうにくるくると回り、踊るように全ての銃弾を跳ね返していく。レイピアの細身の刀身は蛇のようにしなり、うねり。意思を持ったように彼女の身体にたった一撃さえ入れることはさせなかった。
「でもまだ私。一枚しかカードを使っておりませんよ」
『天災』 片洲晶子 単独にてスカルローバー池袋拠点を制圧。




